第26話 真田の郷にて…

結局その夜は夜中の2時半過ぎまで星を観望した。

流石にみんな眠くなって来た為、その後全員で歩いて旅館に撤収し、

眠りに就いた。翌朝の朝食は9時半までだった為、

9時前に緒賀ちんにたたき起こされた。

「おい、だらしないぞ、とっとと起きろ。飯だ!」

眠い眼をこすりながら、緒賀ちん、アレックス岡本と食堂に向かう。

メニューは味噌汁とごはんに漬物、それにアジのひものに温泉卵という、

典型的な温泉の朝食である。

丁度鈴音先生と如月姉妹が朝食を終え、食堂を出ようとしていた。

「鈴音先生とその娘達。この後ひとっ風呂浴びてから、

観光にでも行きますか!」緒賀ちんが声を掛ける。

「良いですね。そうしましょう!」

それを聞いた鈴音先生が明るく答えた。

「では、支度が出来たら声を掛けますね。11時くらいになると思います」

鈴音先生の言葉を聞いた俺たちは、とりあえず急ぎで朝飯を掻き込んだ。


その日は朝の11時過ぎに車で出発し、最初に上田の街並で買い物、

昼食は名物の信州蕎麦を頬張り、腹を満たした後は史跡巡りでも

しようと言う話になって、まずは上田城に向かった。

ここは有名な真田一族の拠点となった城である。

かなり立派な門がしっかり残っており、昔の堀もそのままである様だ。

実に堅固な城構え、ここを攻めた徳川軍に甚大な損害が出たのも

わかる気がした。


「昔と比べて、随分と変わってしまったのですね…」

鈴音先生が遠い眼をして城跡を見つめている。

「鈴音先生は昔の上田城を知っているんですか?」

俺が質問すると鈴音先生は、

「そうですね…。強者どもが夢の跡…。真田昌幸さんが大声で

下知する声を思い出していました」

と、答える。先生はさりげなくもの凄い事を言っている。

「鈴音先生は真田昌幸に会った事があるんですか?」

俺が更に聞くと、

「ええ、表裏比興の者と恐れられた頭の切れる方でしたね。

当時としては大柄な美丈夫で、男らしい武将でもあられました」

「いつでも良いのでもっと詳しく教えて下さい!」

「ええ、そうですね…」

鈴音先生は心ここにあらずという表情をしている。

余程色々な想い出があるのだろう。


その後、真田の隠れ湯温泉の傍にある真田氏歴史館に車で移動する。

ここは上田城を築城する以前に真田氏の館があった場所で、

その館を再現している他、真田幸隆を始め、

歴代真田氏の貴重な遺物が多数展示されている。

ここには長篠の戦いで戦死した真田信綱、昌輝兄弟の首を

運ぶ時に使ったと言われる血染めの布が展示されており、

それを見た鈴音先生は、暫くしゃがみこんで涙ぐんでいた。

「母上、大丈夫ですか?」

雪音と天音が心配そうに介抱すると、

「大丈夫です。少し昔の悲しい想い出が蘇ってしまっただけです」

鈴音先生はそう言って立ち上がるとハンカチで涙を拭き、

血染めの布に向かって両手を合わせ、暫くの間こうべを垂れていた。

【聞きたい事が山ほどあるけど、今はそのタイミングじゃないな…】

鈴音先生の様子を見て、俺は思った。


そこを出た後は歴代真田氏のお墓にお参りし、これまた温泉宿の

傍にある真田氏本城跡に向かった。

真田本城は真田昌幸が1585年に上田城を築城するまで、

三代にわたり真田氏の本拠地だった山城で、

「砥石城」や「矢沢城」などの支城とともに「真田の郷」を取り囲む、

自然の地形を生かした要害だったらしい。

標高は890メートルもあるが、自動車道が整備されているので、

城の入り口まで車で行ける。

当時の建物は既に存在していないが、郭の遺構は良好に保存されており、

その細長い構造を眺めると、かつての面影をしのぶ事が出来る。

鈴音先生はそこでも暫くの間涙ぐんでいた。

どうやら真田一族とは深い繋がりがあった様だ。

趣き深い史跡探訪を終えた俺たちは、真田の隠れ湯温泉に戻ると、

もう一度温泉を堪能し、それから昨日と同じ豪華な夕餉を再び堪能した。

いやはや、こんなに旨い料理が食べれるとは夢にも思わなかった。

その後は暫く休憩して、昨日と同じく星空観望しようとしたのだが、

夜になって厚い雲が出て来たので、その日の星空観望は中止になった。

代りにもうひとっ風呂浴びて、その後は男部屋にみんなで集まり、

ゲーム大会と相成った。俺とアレックス、如月姉妹はトランプ、

緒賀ちんと鈴音先生は、日本酒をちびりちびりとやりながら、

旅館にあった将棋を指し始めた。


「鈴音先生、俺っちはこれでも王将棋っていう結構強い将棋ソフトで3段っすよ!」

最初緒賀ちんは偉そうにそうのたまわっていたが、

鈴音先生に続けざまに3連敗。

「嘘だろ~~鈴音先生、強すぎっス!」と頭を掻いている。

その後緒賀ちんと鈴音先生も入れて、全員でポーカーをやった。

このポーカーも結局緒賀ちんのひとり負けで、

その後暫く「うが~~!」と雄叫びながらやけ酒を煽っていた。

11時過ぎに女性陣が部屋に戻ったので、やけ酒を飲んで眠り始めた

緒賀ちんを置いて、俺とアレックスはもう一度温泉に行った。

露天風呂浸かりながら空を眺めると、いつの間にか晴れ渡っている。

昨日と同じ数えきれない星々をしみじみと眺めながら、

おれはアレックスに言った。

「本当に最高だった!絶対また来ような!」

俺たちふたりしかいない露天風呂で、

俺とアレックスはそれから暫く語りあったのだった…。


その翌朝、真田の隠れ湯温泉を出る前に俺たちは全員で写真を撮った。

隠れ湯温泉をバックにそれぞれ思い思いのポーズを取り、全部で3枚、

女将さんに頼んで撮ってもらった。

そしてこの3枚の写真は、俺の一生の宝物になったのある…。

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