第9話 雪音と天音がやって来た!

翌週の月曜日。1限目は週初めのHRの時間である。

毎週月曜日の1限目はHRに充てられており、

その週の行事や連絡事項の通達が行われる。

早苗実業学校高等部での生活も3週目に突入。

先週から色々な部活の見学会も始まった。

まあ、俺は既に軽音部に入る事に決めてるがな…。


チャイムが鳴ってまもなく、

鈴音先生が教室に入ってくるのと同時に、

2人の見知らぬ女子生徒も入って来た。

教室にどよめきが起こる。


「最初のHRで話した通り、今日から2人の女子転入生が

このクラスに加わります」

鈴音先生はそう言うと、黒板に2人の名前を順番に書いた。

【如月雪音】【如月天音(あまね)】

【あれ、確か先生も姓は如月じゃなかったっけ?え?双子?

それにしてもちっちゃ!肌白!雪ん子みたいな可愛い娘だな…】

【それに2人ともどことなく鈴音先生に似てる様な…】

俺がそう思っている間に鈴音先生が話し始めた。

「それでは早速2人の紹介をしたいと思います。

皆さんから見て右側が如月雪音さん、左が如月天音さん。

2人はいずれも3月生まれ、見ての通りの双子です。

雪音さんがお姉さん、天音さんが妹になります。

では、雪音さんから自己紹介をお願いします」


鈴音先生に促されると、如月雪音がゆっくりと口を開いた。

「如月雪音です。不束者ではございますが、何卒よしなにお願い致します。

東京の大きな学校に来るのは初めてなので、少し緊張しています。

得意な分野は歌謡音曲、裁縫、運動関係はあまり得意ではありません。

不慣れな事が多く、皆様に御迷惑をお掛けする事と思いますが、

良い友達が沢山出来ればと思っています」


雪音はそういうと、深々とお辞儀をした。

何ともはや、びっくりするくらい可愛い上に綺麗な声、

今時珍しい古風な礼儀正しさである。


それに感心している間に、元気の良い大きな声が教室にこだまする。

「姓は如月、名は天音。如月天音と申します。皆々様、以後お見知り置きを」

おお~と教室がどよめく。まるで昔の武士の名乗りの様なきっぷの良さだ。

「周りからは、よく竹を割った様な性格と言われます。

実際曲がった事は大嫌い。得意な事は武芸全般。

それと雪音姉様にあだなす輩は、速攻で成敗します」

おお~とまたもや教室がどよめく。

「我ら姉妹は見知った者でも見間違えるくらい良く似ておる様なので、

当面は間違えない様に髪型を変えておきます。

この馬の尻尾、じゃない、ポニーテールがわたくし天音、

そうでないのが雪音姉様と思って頂ければと…では皆の衆、よしなに」

天音は溌剌とした通りの良い大きく透き通った声でそう言うと、

こちらも深々とお辞儀をした。


「それでは2人は女子生徒の列の後ろ、空いている席に座って下さい」

鈴音先生がそう言うと、2人はそれぞれの席に移動する。

「この2人は山梨から初めて東京に出てきていますので、

皆さんで色々教えてあげて下さい。仲良くするのですよ」

鈴音先生の言葉が終わるか終わらないかの内に、

男性生徒のひとり、織田信長が質問した。

「如月姓という事であるが、確か鈴音先生も如月姓であったはず。

この2人と鈴音先生は、親戚か何かであるか?」

それを聞くと鈴音先生は答えた。

「御疑念はごもっともですね。親戚も何もこの2人は私の娘です」

「で、あるか……って、ええ~!!!!!」


教室が今日で一番どよめいた。

「鈴音先生って、子持ちだったの?」

俺は思わず大きな声で質問した。

「左様。正真正銘、この2人は私の娘です」

「て、3人とも同じくらいの歳にしか見えないんだけど、

先生って、いったいいくつ…」

「最初にも申し上げた通り、女性に歳を聞くのは失礼です。

少なくとも皆さんよりは大分年長でございますよ」

「さ、左様でございますか…」

俺も言葉使いが妙になってきた。

「左様です」

鈴音先生はそう言うと手をパンパン叩いた。


「はい!静かに。いつまでもガヤガヤしていたらHRが終わりません。

積もる興味と質問があるでしょうが、それは後程この2人に直接尋ねて下さい。

学校の食堂の使い方とか、自動販売機の場所、トイレの場所、色々わからない

事があると思うので、みなさんで協力して教えてあげて下さい」

「は~い」

みんなが声を上げた。


「おっさん、あのふたり目茶目茶可愛いじゃん」

後ろから岡本が声を掛けて来た。

「おめーなんかじゃ高値の花だな。すぐに妹に成敗されるんじゃねーか?

それから俺はおっさんではない」俺は答える。

「まっことべっぴんでめんこいでごわす」

前の席の権兵衛も、関心した様にうなずきながらふたりを見つめている。

俺は権兵衛に向って言った。

「おい山本の旦那。ごんのひょうえだと言いずらいから、

これからはごんべいでいいか?」

「ごんべい…でごわすか?」

「そう、ごんべい」

「ごんべいでごわすか…」

権兵衛はしばし瞑目し、遠くを見る眼つきで答えた。

「じつはまっことの呼び名は、ごんべいなのでごわす」

「ええ~、そうなの?」

「左様…じゃが、ごんべいではあまりに田舎者の様な響きでごわすと

思うてな…。」

【なんだかこいつも変な言葉使いになってきやがった…】

「いいじゃん。ごんべい。俺は好きだな」

「左様でごわすか…」


権兵衛はまた暫く瞑目してから答えた。

「まあ~、良かばってん。」

「おし、それならこれからごんべいな!改めてよろしゅう!」

俺は手を差し出し、権兵衛と握手した。

気のせいか、奴の眼は潤んでいる。


そんなこんなでこの日のHRは終わった。

クラスには白い雪ん子みたいな可愛らしい少女が2名加わった。

聞きたい事は多々あるが、これから長い付き合いになる訳で、

まあ、おいおい聞いていけば良いかとも思った。

「大橋氏は鼻毛を抜かれた。如何にもものうげであった…」

後ろから岡本章のつぶやきが聞こえる。

こいつ懲りんやつだ…。

さて、次の授業は…【数学1A】。

うむ、これは中々気合がゐるな…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る