討伐士の少女は笑いたい

ZE☆

プロローグ

 魔物討伐に於いて視野角の狭さは、同時に死を意味する。

 一つ目に翼を取って付けた様な姿の魔物が五体、こちらに気を取られて寄って来るのが視える。動きは緩慢、飛んでいる、というよりも浮いている、と称した方が正しいだろう。

 数の利では圧倒的に劣勢であり、加えて今は地竜への降下作戦行動中。謂わば高所より落下している状態にある。

 数で劣り、地の利も相手の側にある。だが、問題には至らない。

 魔法支援役の者から施された『風精の御加護』の効力により、ある程度は身動きの自由が許されている。腰元の愛剣を引き抜き、迎撃態勢を整える。

 幸い、連中に遠距離からの攻撃手段はない様子。向こうからこちらの間合いへと寄って来てくれた。

 先ずは一体、無防備に迫って来た魔物の大きな目玉を縦に切り裂く。見えぬ糸に引っ張られたかのように、魔物が急速に視界の上方へと消えて行く。その様を最後まで追う事はせず、次なる標的へ視線を移ろわせる。

 残りの四体は突撃して来た一体目の動きを省みてか、二の足を踏むように一定の距離を保ったまま浮かんでいる。

 滅するのが最善の策に違いはないだろうが、こちらの真の目的は地竜である――目玉の魔物どもから視線は下方に迫る地竜へと向く。よそ見をしている内にとっくに作戦開始範囲を越していたらしい。

 瞬時に効果範囲を僅かにだが外れているのを確認した私は、他から聞こえて来る爆発音に習い、地竜の巨躯な身体に向かって剣先を向け、攻撃魔法を放った。



 死者十数名、行方不明者数名、負傷者多数。

 三度に渡った地竜討伐作戦の代償は、一体の魔物に対しての討伐作戦に於ける過去最大の死傷者数だった。

 私が所属していた第二部隊の生存者は自分を含めて四名、いずれも大した傷を負ってはいない。が、六名という最多の死亡者数を出してしまっていた。


「討伐士は消耗品ではないはずだろう」


 クロビア渓谷の左右から中心に向かって隆起した地層の合間で伏している地竜を見詰めながら、討伐隊全体の長を務めたブリックスというベテランの討伐士が苦々し気に呟くのが聞こえてきた。

 消耗品という揶揄については云い得て妙である、と頷きもしたが、その根本に根付いた考え方については懐疑的な意を覚える。討伐士である以上、どのような討伐の任であろうと一定の死のリスクは常に付きまとうもの。


「この国の程度も知れたものだな」


 帝国の名を冠し、圧倒的な戦力差と知略を以って隣国を打倒して来たはずだと言うのに、その国に於いて最も優秀であるとされる討伐士があの様な者であったのか。落胆の意を溜め息に混じらせ吐き出し、私はその場を後にした。



 地竜討伐作戦の報酬を受け取った私は、帝国首都内の一等宿屋に貸し与えられた一室で荷造りを始めていた。次の夜明けを迎えれば、この寝心地の良いベッドともお別れをしなくてはならない。

 傭兵として生きる討伐士にとって、今回の地竜のような国が雇用主である討伐任務は貴重であり、死のリスクに見合うだけの旨みがある。多額の報酬とは別に、こうした好待遇もそのひとつだ。


「よう相棒、今回も死ねなかったね」


 魔導式の可変バッグに着替えやらを詰め込んでいると、ベッドの上に寝転がった状態の悪精が大層に人の悪そうな笑みを向けてきた。どこまでも悪精らしいその在り方に、もはや辟易の情すらも通り過ぎた。


「別に死にたい訳じゃない」

「またまたぁ、ウチに嘘吐いたって無駄だってばぁ」


 この悪精は人が死にたがっているのを心の底から喜んでいる。


「それなら言うけど、私がのは誰の仕業だと思っているの?」


 悪精の顔に醜悪な笑みが浮かぶ。


「アンタが死ぬとさ、色々と都合が悪いのよ」


 こいつに実体が在ればとっくの昔に切り裂いてやっていたのだが、生憎この精霊という種族に実体は無い。一説では自身が作り出した幻想の類いである、等と謂われているくらいだ。真に自分が死ななくてはこの悪精も朽ち果てることがない。


「こんな世で生き永らえる理由なんてある?」

「生きる理由なんて無い、存在している事こそに意味がある。死にたがってるアンタには理解できないと思うけどさ、理解してもらう必要なんてそもそも無いし、アンタの生き死にはウチの気分次第なんだよ、ざーんねん」


 これ以上の悪態も会話も無意味であると判断し、私は愛剣の手入れを始める。

 悪精は詰まらなそうに寝返りを打つと、音もなく霧散していく。

 自身が作り出す幻想の類い。確かにそうなのかもしれない。が、もしも本当にそうであるのならば、私は心の奥で生き続けたいと、存在している事こそに意味があるのだ、とそう思っているのだろうか。

 信じ難くも、否定し切れるだけの材料を持ち合わせてはいない。



 早朝。目覚めが想定よりも早かった私は、そのまま宿屋を後にして帝国を抜ける街道を小さな車輪が付いた魔導式の可変バッグを引きながら歩き進めていた。石畳の上を通る車輪の小気味よい音を聞き流しながら、薄い靄のかかった朝の雰囲気を味わった。

 帝国の首都を通る街道なだけあって、朝の早い時間帯だというのに既に人の往来が見られる。とは言え、昼間の喧騒に比べれば整然とした様相に違いはないのだが。


「ん、もしかして討伐隊の」


 ふと軒先で作業をしていた男性が振り返ったタイミングで目が合った。男性は血相を変えてこちらへと走り寄って来るや、少々興奮気味で尋ねてくる。


「やっぱり、嬢ちゃんは地竜を倒してくれた討伐士の人だよな? 出立する討伐隊を見送ってたときに妙に若い嬢ちゃんが居たんで憶えてたんだ。よく倒してくれた、ありがとうっ」


 どんな諍いへ発展するのかと身構えていただけに、さすがに面喰って立ち尽くしてしまう。傭兵として各地の討伐隊へ参加してきたが、こうして感謝の意を直接伝えられたのは初めての事だった。

 基本的に特別な魔物の為に編成される討伐隊の任務は義務である場合が多い。国が依頼主である性質上、国に所属している討伐士は招集を受ければ断ることが出来ないのが原則である。私たちのような傭兵はまた別の話ではあるが。

 フリーランスの討伐士は傭兵や準公認討伐士として国と契約を交わして任務を請け負う一方、公認討伐士は様々な任務を国から斡旋して貰えるという利点がある。収入面や様々な手当があり安定する反面、有事の際には有無を言わさずに危険な任務へと放り込まれる。


「私は自分の為に討伐隊に参加したまでです。お礼を言われるような事はなにもしていませんよ」

「いやぁ、大した嬢ちゃんだ」


 嬉しそうに微笑む男性。正直、この男性の心理状態が把握できない。

 地竜による脅威からの脱却に対して喜びを覚えていればこその一貫した感情であれば分からなくもないのだが、先の私の返答に対して嬉々としているのであれば、もう分からない。


「……失礼、先を急ぎますので」


 居た堪れなくなった私は少し早足でその場を後にした。

 「たっしゃでな」という男性の声が背後から聞こえて来た気がするが、何も聞こえなかった事にして無視を決め込んだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る