第8話 鑑定品の買取査定

「戻りました」

「お帰り、イオちゃん」


 冒険者ギルドに戻ると、ギルドカウンターで書類を見つめていたヘンゼルさんが笑顔で迎えてくれた。


「戻って早々に悪いけど、朝にお願いした品物の鑑定、済んでるかしら?」


 例の魔剣やネックレスのことだ。

 僕は外していた眼鏡を掛けながら、頷いた。


「終わってますよ。此処に持ってきますか?」

「お願いね」


 僕にそう告げるなり、傍らに立っていた騎士と話し始めるヘンゼルさん。

 おそらく、あの品物の鑑定を依頼した人物なのだろう。

 鉛色の溝付甲冑フリューテッドアーマーを着込んで腰に大きな剣の鞘を下げた、典型的な冒険者スタイルの男だ。

 僕は二階の作業場に行き、品物を持ってギルドカウンターに引き返した。

 カウンターの裏側に回り、ヘンゼルさんの隣に立って品物をひとつずつ置いていく。


「鑑定士のイオ・ラトンです。貴方がこの品物の鑑定依頼をなさった方ですか?」

「ああ。急な依頼で悪いね。どうしても早く結果が欲しくてね」


 男は頭を掻きながら、カウンターに身を寄せてきた。


「それで、どうだったんだい? 鑑定結果の方は」

「それがですね──」


 僕は指輪が魔法の道具マジックアイテムであること、剣が呪われた魔剣であることを男に伝えた。

 うーん、と男が唸って眉間に皺を寄せる。


「剣が魔剣だとはね……良い業物なら自分で使おうと思っていたから、残念だよ」

「もしも御自分で使われるのでしたら、教会で解呪処理をお願いしてからになるでしょうね」

「流石にそこまでの費用はないよ」


 教会とは、怪我や病を治癒魔法で治療したり、今回のように呪いを掛けられた骨董品が出土した場合にその呪いを解呪して安全に手に取れるよう処置をするために建てられた施設である。

 一応挙式を挙げる際に祝福を行ってくれたり、死者の弔いを行ってくれたりもするが、冒険者にとっては治療や解呪のための施設という認識の方が強いだろう。

 相応のお布施を支払えば、身分に関係なく誰からの依頼も受けてくれる。全ての人に対して平等に門を開いている場所なのだ。

 でも。あまり声を大きくしては言えないが……教会がすることには莫大な費用がかかるのだ。

 稼ぎの良い冒険者であるならともかく、一般人や駆け出しの冒険者にとってこの出費はかなりの痛手となる。

 だから、そこまでして教会の世話になろうとは思わないのが一般的な意見なのである。

 どうやらそれは、彼にとっても同様のようだ。


「仕方がないから、剣は売ることにするよ。冒険者ギルドの方で買い取ってもらえるなら、お願いしたいんだけど」

「買取してるわよ。魔剣でも問題はないわ」


 棚の方に書類を片付けながら、ヘンゼルさんが会話に入ってきた。


「魔剣でも欲しいって人はいるもの。買取査定に色は付けてあげられないけれど、それでも構わないなら今から処理するわよ」

「宜しく頼むよ」

「分かったわ。ちょっと待っててね」


 カウンターの隅の方に置いてある台帳を手に取るヘンゼルさん。

 ペンを手に取り、必要事項をさらりと記入していく。


「指輪とネックレスの方はどうする? 買取希望するなら、併せて処理しちゃうけど」

「指輪は自分で使うよ。ネックレスの方だけお願いしようかな」

「オッケー」


 記入を終えた台帳をカウンターに置き、ヘンゼルさんは魔剣とネックレスを順番に指差しながら説明を始めた。


「ネックレスは使われてるアレキサンドライトの状態が良いからサービスするわ。魔剣の方はあまり高値は付かないけど、品質としては問題ないからそれを考慮しての査定になるわね。二つで五千百ガロンってとこかしら」


 ガロンというのは通貨の単位で、百ガロンで金貨一枚分だと考えてもらえば分かりやすいだろう。

 この国では貨幣には三種類あって、その種類は銅貨、銀貨、金貨に分かれる。一ガロンが銅貨一枚で、十ガロンが銀貨一枚分に相当する。金貨一枚は百ガロンだ。

 千ガロンもあれば、一般的な家庭は一ヶ月生活していくことができる。僕の一ヶ月の収入も大体これくらいだ。

 それを踏まえると、今回の査定はそこそこの金額になったことが分かる。

 冒険者は命を張っている分、実入りが多いのだ。まぁ、その分出て行く金額も多いんだけど。

 思っていた以上の査定金額になったのか、ヘンゼルさんの提示した金額に男が異を唱えることはなかった。

 ヘンゼルさんは棚の奥から金庫を取り出して、言った通りの金額を併せて取り出した革袋に詰めていく。


「それじゃあ、買取代金の五千百ガロン……金貨五十一枚分ね。確認してちょうだい」


 金貨の重みでずっしりと重くなった革袋をカウンターの上に置く。

 男は袋の中身を確認し、頷いてそれを受け取った。


「ありがとう」

「こちらこそ、良い取引ができて嬉しいわ。また来てちょうだいね」


 ウインクをするヘンゼルさんに会釈をして、男は冒険者ギルドを出ていった。

 ヘンゼルさんの隣で一緒に男の背中を見つめていた僕は、ふと思い出して懐に手を突っ込んだ。


「そうだ、忘れてましたよヘンゼルさん。これ、ナンナさんから。絹糸の代金」


 ナンナさんから預かっていた絹糸の代金が入った袋をヘンゼルさんへと渡す。


「あら、ありがとう。ナンナちゃん、何か言ってた?」

「旅装束の完成を楽しみにしてて下さいって」

「ナンナちゃん、自分が作るんだーって張り切ってたものね。期待しちゃうわねぇ」


 ……そ、そんなに張り切ってたんだ……ナンナさん。

 ギルドマスター直々に服を仕立ててくれる、って、普通に聞いたら凄い話ではあるんだけど……何がそんなに彼女を滾らせているんだろう。

 よく分からないな……職人の考えることって。



 ダンジョンに潜るまで後三日。

 食事とかはラーシュさんが用意してくれるとは言っていたけど、やっぱり自分でもそれなりの準備をしておかないと駄目だよな。何を準備すればいいのか明確に分かってるわけでもないが、何もせずにただ待っているだけというのは何となく落ち着かない。

 これから忙しくなりそうだなぁ。

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