第2話 鑑定士の仕事

 僕の仕事場は、ギルドの二階に設けられた専用の作業場にある。

 仕事に使うルーペなどの道具を納めた箱や鑑定希望の冒険者が座るための椅子がある、小ざっぱりとした部屋だ。広さとしては、鎧なんかの大物が大量に来ても保管できるくらいの余裕がある。そんなことなんて殆どないから、基本的に机があるスペース以外は使うことはないんだけどね。

 ヘンゼルさんが言っていた鑑定依頼の品物は、部屋の中央にある机の上に並べて置かれていた。

 今回持ち込まれた品は……何処にでもありそうな簡単な宝飾が施された剣と、金細工が見事なネックレス、そして指輪か。

 鑑定依頼品として持ち込まれる品としては、まあオーソドックスなものばかりだ。

 それじゃあ、早速鑑定を始めますか。

 僕は椅子に座り、ネックレスを手に取って意識を集中させた。


「鑑定眼」


 呪文を呟き、ネックレスをじっと見つめる。

 視界が若干影を差したように暗みを帯び、魔道文字の羅列がばーっと目の前に広がった。

 この魔道文字が、鑑定結果を表す文章なのだ。

 僕は浮かび上がった文章に意識の目を集中させて、追っていく。


「アレキサンドライトネックレス……星晶暦508年作成。魔法効果の付与はなし。か……」


 星晶暦とは暦で、世界共通で使われている年号である。

 かつて、現在の国がまだまとまった国の形を成す前の状態──いわゆる小国群と呼ばれる規模の小さい地方の集まりで形作られていた頃は、何処も領土争いや覇権争いといった小競り合いが絶えない戦乱の時代だったらしい。

 その長い戦乱の世を生き残り、周囲の小国を吸収して大国へと成長したのが、現在『国』として認識されている七つの国だ。

 その国々を統治する各国の王たちが集まって、これ以上戦争を起こさないように色々な取り決めを行った。その際に制定したもののひとつが、この年号であるとされている。

 今年は星晶暦618年。つまり、国同士の戦争が終結してそれだけの年月が経っているということなのだ。

 ……因みに、星晶とはこの星そのものを意味する単語らしいけれど……どういう理由でそのように呼ぶのかは、僕には分からない。

 話が少し逸れたが、つまりこのネックレスはおよそ百年ほど前に作られた品ということになる。

 彫金ギルドの倉庫に眠っていた作品とかじゃないのなら、ダンジョンで発掘された宝物と見るのが妥当だろう。

 その辺はこの品を持ち込んだ人物に確認してみるのが早い。

 僕は道具箱の中からルーペを取り出し、ネックレスに誂えられたトップの宝石に翳した。

 鑑定は基本的に鑑定魔法を使って行うが、品物の状態そのものを見るのは自分の目に頼ることになる。傷はないか、錆びは浮いてないか……その辺りの項目に関しては鑑定魔法では読み取れないのである。僕は宝石商ではないので宝石にそこまで明るいわけではないが、傷の有無を確認するだけならそれでも十分だ。

 もしも買取希望を出されたら、査定はその道のプロを連れてくれば事足りることなのだから。


「傷は……ないな。くすみもないし、宝飾としては十分なんじゃないかな」


 ネックレスのメインとなるトップの宝石アレキサンドライトは大粒で、周囲にあしらわれた小粒のダイヤモンドと蔦を象った金の細工が美しさを上品に引き立てている。

 全体のデザインはそこまで古いものではない。貴族のお姉様方が夜会とかで好んで身に着けていそうなものだ。

 ネックレスに関してはこんなところだろう。後は彫金ギルドにでも任せよう。

 同じ要領で、次に指輪を鑑定していく。

 こちらは星晶暦421年の作品で、微弱ながら身体強化の効果を付与する魔法が掛けられていることが分かった。

 こういった品は宝飾品としてだけではなく、冒険者が普段使いする魔法の道具マジックアイテムとしても人気が高い。冒険者ギルドとしても商品として扱いたい品として数えられるものだ。

 ヘンゼルさんが喜びそうだな、こういうの。

 デザインは小さな宝石が一粒あしらわれているだけのシンプルなものだ。土台は……プラチナだろうか。冒険者が使うことを考慮しても、耐久性に不足はなさそうである。

 最後に、剣を鑑定する。

 剣は納めている鞘も鑑定対象になる。まずは鞘に鑑定魔法を施し、鑑定結果に問題がなければ中身を鞘から抜き出して鑑定するのだ。

 こういう鞘がある武器の類には、鞘から抜いただけで呪われてしまう代物もある。鑑定しようとして呪われました、なんてことになったら目も当てられないので、それを防ぐためにこの手順を踏むのだ。

 ずらっと表れた鑑定結果を一読し、僕は眉間に皺を寄せる。


「……うーん、呪われてるぞ、この剣」


 鞘の方は全くもって問題のない普通の品なのだが、剣の方に難ありの結果が出た。

 どうやら、使い手を辻斬りに走らせる一種の怨念が込められているようなのだ。

 業物としては素晴らしいのだが、この剣を使い続けていると、次第に剣の威力に魅入られて、見境なく周囲にあるものを襲うようになってしまうらしい。

 こういう類の剣は魔剣と呼ばれ、解呪処理を施すために教会へと送られるのが一般的なのだが、この剣を持ち込んだ人物は剣をどうするつもりで鑑定を依頼したのだろう。

 まあ、僕の知るところではないのだが。

 鑑定士としては、そのままでは危なくて使えないということだけ伝えておけば十分だ。その後品物をどう扱うのかは持ち主が決めることなのだから。

 剣を鞘に納め、僕は一息ついた。

 すると、階下からヘンゼルさんの声が。


「イオちゃん、ちょっといいかしら? お仕事よー」


 ……何だろう。こんな早い時間から。

 新米冒険者の鑑定依頼かな?

 僕は軽く伸びをして、階下に向かうために席を立った。

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