鑑定士のおしごと【改稿版】

高柳神羅

第1話 鑑定士の日常

 イオ・ラトン。二十六歳。鑑定士。

 それが僕が持つ肩書きである。

 鑑定士とは、ありていに言うと人間や魔物、品物を鑑定する仕事を生業にした人間のことだ。

 鑑定の魔法を用いて、この人間はどんな能力を持っているのかとか、討伐した魔物がどんな種族でどんな素材が採れるのかとかを調べるのである。

 鑑定士は、大して珍しい職種ではない。何処の街にでもある冒険者ギルドに必ず一人はいるような、そんな人間だ。

 そんな何の変哲もない人間である僕は、今日も勤め先の冒険者ギルドに足を運んでいた。



 ラニーニャの街の冒険者ギルドといえば、そこそこ大きなギルドとして冒険者たちの間では有名だろう。

 珍しい魔物の解体を請け負えるのは近隣の街を含めても此処だけだし、何よりギルドマスターが変わり者として名物になっているギルドは他にない。

 それが自慢らしい自慢だと言うのも、何だかしょうもない話だとは思うけれど。

 愛用の眼鏡を鞄から取り出しながら、僕はいつものようにギルドの扉をくぐる。

 カウンターの奥で棚の中身を漁っていたスキンヘッドで強面の男性が、足音に気付いたのか顔を上げてこちらに振り向いてきた。


「あら、イオちゃんおはよう。今日は早いのね」


 低くて渋い声音で紡がれる女言葉。

 うん、今日も通常運転だ。


「おはようございます、ヘンゼルさん」


 僕は彼に挨拶をして、眼鏡を掛けた。


「昨日のマンティコアの解体、どうなりました?」

「ああ、あれね。シークちゃんが大分頑張ってくれたから、何とか昨日のうちに終わったわ。素材の尻尾が立派よ。惚れ惚れしちゃうくらい」

「そうですか」


 鞄をカウンターの奥に置いて、壁に掛けられている自分の名札をひっくり返す。

 出勤したら、この名札を表にして掛けるのが決まりなのだ。札を表にしていることで、現在このギルド内に誰がいるのかが職員に一目で分かるようにしているのである。

 名札を掛け終えたら、ヘンゼルさんが営業の準備をしているカウンターの裏へ。

 本来ならば鑑定士の僕がやることではないのだけれども、夜のうちに貯まったメモを整頓し、カウンターの上を整えるのが僕の朝の日課になっていた。

 背後ではヘンゼルさんが、微妙に音階の外れた鼻歌を歌いながら棚にはたきを掛けている。

 いつか苦情が来るんじゃないかと思えるほどの大きな声で歌われる鼻歌を音楽代わりに聞きながら、僕はてきぱきとカウンターの上を片付けていく。

 そうして、三十分ほどの時間が過ぎた頃。


「おはよーっす」


 上半身裸の男が、挨拶と共に建物の中に入ってきた。

 立派に割れた腹筋に、太く逞しい二の腕。雄々しいが不思議と暑苦しさはなく、パキッとした爽やかさが前面に出ているような雰囲気の若者である。


「マスター、串焼き食う? そこの出店で買ってきたんだけど」

「シークちゃんおはよう。今日も相変わらず素敵な筋肉ね」


 ヘンゼルさん、それは朝一番の挨拶としてどうかと思う。

 シークさんもシークさんで筋肉を褒められたことが嬉しいのかサイドチェスト始めたし。

 ……何でこのギルドには変わり者ばっかりが集まってるんだろう。

 僕は頬を掻いて、無意味に肉体美のポーズを取っているシークさんに声を掛けた。


「シークさんおはようございます。服着て下さいよ、まだ寒いんですから風邪ひきますよ」

「寒さなんてもんは気合で何とでもなる!」


 ……いや、僕の方が見てると寒くなるから服着てほしいだけなんだけどね……

 まあ、この人にこの手の説得をしたところで効果があった例がないし、今更だったか。

 僕は片付けの終わったカウンターから出て、ヘンゼルさんのいる方に振り向いた。


「それでは、僕は自分の作業場に行きますね」

「ああ、イオちゃん」


 はたきを振るのを止めたヘンゼルさんが、僕の方に歩み寄ってくる。


「昨日の夜に鑑定を依頼されたものが幾つかあるのよ。作業場の方に置いてあるから、お願いできるかしら」


 僕が帰った後の夜遅くに鑑定依頼の品が持ち込まれる、というのはよくあることだ。

 冒険者ギルドは二十四時間開いてて職員が常駐してるものなんじゃないのかって?

 そういう場所もあるにはあるらしいけれど、此処は余程の事情がない限りは夜は開けてないんだ。営業時間は九時から二十時までって決められている。因みに僕が担当している鑑定業務の受付は十八時までで、それ以降に持ち込まれた依頼品は翌日鑑定に回されることになっているのだ。


「分かりました。片付けておきますね」

「頼んだわよ」


 強面には似合わない乙女チックなポーズでウインクなどをしながら、僕を見送るヘンゼルさん。

 ……絶対この人、生まれてくる性別間違ってる気がする。

 などと思いながら、僕は受付スペースの奥にある階段から二階へと上がっていった。

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