エキセントリック
陰陽由実
序
これは遠い昔の、なんでもない御伽話。
◆◆◆
「ねえねえお父さん、あそこにいる汚い男の子はなあに?」
「あれはね、『死呼び子』の穢れたガキだ。あんまり近づくんじゃないよ」
「ふうん」
土の道を踏む、靴を履いた2つの足音が遠ざかっていき、やがて聞こえなくなる。
膝を抱えて座り込み、俯いていた僕は足音の消えた方向に視線を向けた。
「死呼び子」
多分、僕のことなんだろうな。
「死呼び子かぁ……」
二つ名が、また増えた。
「もう日が暮れる……帰らなきゃ」
立ち上がり、裸足の足で土の上をザッ、ザッ、と音を立てながら僕の家に向かって歩きだす。
僕は、産まれたときから異常だった。
目の色が左右で違う。
右目は血のような緋色。左目は夜のような濃藍。
生えた髪は残酷なまでに白くて、黒髪は一本も無く、代わりに左寄りの前髪の一房が、目に劣らないほどの深い赤をしていた。
極めつけは左頬の痣。
円形をした黒い三日月の中に囲われた、真っ黒な炎。さらにその炎の中に、唯一黒くない逆五芒星の紋様がある。
父さんは気味が悪いとか、悪魔に入れられた刻印だとかと言ってとにかく忌み嫌った。
そして、僕自身の存在も否定した。
邪魔だと、失せろと言われて殴られた。
用意していないと言われて食事を貰えなかった。
しまいには、ありもしない酷い噂を町中に流された。
僕のいる古びた小さな町では、神や悪魔を宗教的に信じる人が多くて、みんなあっという間に僕を忌み嫌った。
僕には名前がなかった。だからみんなが僕をいろんな名前で呼んだ。
『毒目』『捨て子霊』『赤月騙し』『穢れ呼び』『縁枯れ』『白い悪魔』『黒い実り』『魔術師の生成物』……上げれば切りがない。
そんな僕に唯一味方し、守ってくれたのは母さんだけだ。
食事を分け与えてくれたり、父さんの暴力から痩せた体を張って、守ってくれたりもした。
名前こそ、与えられたことはなかったけれど。
そんな母さんは3年くらい前、僕が5つのときに急にいなくなった。
父さんに聞けば答えてくれないか、殴られるのは知っている。でもほかに教えてくれる人なんて思い浮かばない。盗み聞こうとしても誰も何も話さない。
なにも分からない。
そういえば、母さんがいなくなってからしばらく父さんの行動がちょっとおかしかった。
腐ったような、慣れない嫌な臭いが家中を漂っていた。
数日後には所々に赤黒い染みがついた大きな麻袋を、重たそうに担いで山に登っていった。
帰ってきたときには何も持っていなかった。
それ以来、僕を守ってくれる人はいない。
母さんはどこに行ったんだろう。
また会いたい。どうすれば会えるのかな。
「……ただいま」
足を止めた僕の前にあるのは、やや大きめの犬小屋。
入り口に立て掛けてある板をずらして中を覗く。小屋の中に犬はいない。
僕は狭い入り口に体をねじ込んで犬小屋に入った。
そしてまた板を戻す。
ここが僕の家。
母さんがどこかへ行ってしまってから、父さんが僕を家に入れてくれなくなった。だから昔父さんの飼っていた犬の小屋に住んでいる。
帰るところがあるだけまだマシだと。
小屋であれ、家があるだけいいと。
父さんはそう言っていた。
本当は悪魔が怖いだけのくせに。
『夜に出歩くと悪魔に連れ去られてしまう。連れ去られたらどうなるか分からない。もし自分に関わりのある人が連れ去られたら、次は自分の元にやってくるかもしれない』
いつか母さんが言っていた。この辺に伝わる、古い話の1つだと。
——だから、夜にお外に出たらだめよ。母さんとの約束ね。
「悪魔に連れ去られてしまうから」
悪魔なんているわけないのに。
それでも僕は、今日も約束を守って狭い犬小屋に体をねじ込んで、ちっちゃくなって夜明けを待つ。
毎日朝になったら体が痛くなっているけれど、ここが僕の家だから。夜に外に出ないのは母さんとの約束だから。
一体、いつになったらまた母さんに会えるのかな。
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