牙も爪もない人間ごときが、なにイキってるの?

ちびまるフォイ

この文章は動物差別主義者によって書かれています

「この地球上において、すべての動物は平等でなくてはならない!!」


かの有名な2100年の演説で「生物平等権」が認められた。

すべての動物は生物としての最低限の生活が保証される。


動物園、などという奴隷と監獄を合わせたような

げにおそろしき施設はまとめて閉園となった。


"人間が家にいないから"という理由で犬や猫を家に閉じ込めたり、

首輪とリードを付けて市中引き回すなんて、西洋の奴隷文化の再来として禁止された。


人間も動物である。

つまり、動物にも人間的な権利を認められるべきである。


「ということで、本日から配属されたライオンくんだ」

「ガァオ!!!」


「ライオンって……コンビニのバイトですよ!?

 ライオンに店長が務まるわけないでしょう」


「なぜそうやって人間でないと不可能だと決めつける。

 それは動物差別だ。人間だって動物だろう」


「お客さんを襲ったらどうするんですか!?」


「襲わないようにするのが君の仕事だ。

 ライオンにしかできないこと、人間だからできること。

 お互いに力を合わせることが社会というものだよ」


「いやしかし……」

「ガァァァ!!」

「ひい!」


大きく口を開けたライオンに萎縮してしまう。

鋭い牙と爪を見ると、これ以上興奮させないようにしようと思う。


ライオン店長にはレジ打ちできないので、バックヤードでおとなしくしてもらうことに。

一応は二人で営業していることになっているが実質ひとり。


「いらっしゃいませーー」


「ウホウホホホホウホッ」


やってきたのはゴリラだった。

ゴリラが店内で勝手に飲食するものは、

体に取り付けられているマイクロチップから電子マネーが差し引かれる。


「もう店員いらないんじゃないか……」


食い散らかした惣菜パンの袋を片付けながら悲しい気持ちになった。

トイレに行こうとバックヤードへ行くとライオン店長が積まれているちゃおちゅーるを食い尽くしていた。


「店長!? これ売り物ですよ!?」

「ガアアオ!!!」

「ひぃぃぃ!!」


店の売り物に手をつけたのは即バレて、窃盗扱いとして警察がやってきた。


「以上がことのてんまつです。俺は見ただけです。

 実行犯はあのライオン店長なんですよ」


「そうですねぇ……」


「なんで俺ばっか調書とってるんですか!

 あの残骸からどう見てもライオン店長が犯人でしょう!?

 さっさと逮捕して監獄にでもぶち込んでくださいよ!」


「ライオンに罪を着せようとして、わざと乱暴に食べていたという可能性も……」

「そんなことするわけないでしょ!?」


「ガアアアアアーーッ!!!」


「ぴゃっ!」

「ひいぃぃ!」


ライオンのひとうなりで警察官もろともすくみあがった。


「とにかく、警察はあなたを第一容疑者として逮捕しますっ!」


「ちょっ!? おかしいでしょ!?」


「ぼくは死にたくないんですよ! 警察だって人間です!!」


人間を八つ裂きにできる爪や牙のライオンを力づくで逮捕するよりは、

文句をぶーたれ言うしかできない人間を捕まえるほうがずっと安全だ。


そんな無茶な理論で逮捕されて、動物監獄へとぶちこまれた。


「なんで俺が……。俺はなにも悪くないのに……」


監獄では人間の他にもほかの動物が捕まっていた。

人間を含む他の動物に危害を加えれば逮捕の対象となる。


「ほらよ、飯だ」


看守がやってきて独房から食事を入れる。

皿に積まれたペースト状の塊を見て言葉を失った。


「なんですかこれ……」


「黙って食え!」


「こんなの人間の食べ物じゃないでしょう!?

 犯罪者扱いされたって、人間的な生活は保証されるべきです!」


「ここには他の動物も収監されているんだ!

 人間だけに合わせて食事を提供できるわけないだろう!!」


たしかに向かいの独房に収監されているアライグマはペーストの皿に顔を突っ込んで美味しそうに食べている。

これが動物標準の食事なんだろう。


「ううぅ……なんか変な味がする……」


「文句を言うな!!」


動物監獄での生活は地獄の最底辺だった。

朝は隣の独房にいる鶏がうるさくて眠れないし、食事はまずいし、言葉が通じないので孤独だった。

途中で何度、自分が人間なのか動物なのかわからなくなったことか。


ついに数十年の刑期を終えて外へ戻ることができた。


「ああ、やっと解放されたぞ!!」


「もう戻ってくるなよ」


「もちろん。ですが、今度は俺に罪を着せたあのライオンをぶちこんでやります。絶対に許さない!」


外の世界はもはや自分の知っている風景ではなかった。

半獣人が当たり前に歩いていて、人間と動物のカップルが多くいる。


「なんだこの世界は……どこも動物だらけじゃないか」


おもわずつぶやいた一言に、近くにいた獣人が猫耳をぴくりと反応させた。


「お前、純人間だな!?」


「え、ええ!?」


「純人間だぞ! それも差別主義者だ!!」


その号令に動物たちは集まってボコスカ殴ってきた。

たまらずその場を逃げようとするものの、動物は体力も足の速さも人間の比ではない。

逃げられるわけなかった。


「"動物"なんて差別的な言葉を使いやがって!!」

「これだから生物を見下す純人間はクズなんだ!!」

「生物はみんな平等なんだ! 人間が偉そうにしやがって!」


「すみませんすみません! 出所したばかりで動物を"生物"と言うことを知らなかったんです!」


「知らないで済むかーー! お前のような純人間がいるから、差別が生まれるんだ!」


早々の動物社会からの洗礼を受けまくった。

それでもと、監獄のときから考えていた計画の実行のため裁判所へ向かった。


「これが当時のコンビの状況と、俺が犯人でないという証拠です!

 俺は誤認逮捕されたんです! 裁判を起こしてください!」


自分の受けた不当な扱いを正すためにあらゆる準備をしてきた。

資料に目を通した純人間は言った。


「……裁判はやめたほうがいい」


「どうしてですか!?」


「今この国にいる生物のうち、人間はほんの数パーセント。

 裁判長も弁護人も検察も、はては裁判員にいたるまで人間以外が多い」


「これだけの証拠があるんですよ! 絶対に勝つに決まってます!」


「判断をするのが毎回言葉が通じて、読み書きができるとは限らない。

 君だって、羊が裁判を起こしたときに正しい判断ができるといえるか」


「それは……」


「その逆もしかり。もう裁判なんて意味ないんだよ」


あれだけ心待ちにしていた外の世界は自分の求めていた場所ではなかった。

力の強い動物たちは肩で風を切りながら弱っちい小動物を蹴散らして進む。

人間は動物を絶滅させた過去からしいたげられる存在となっていた。


「なんだよこれ……力が強いだけの暴力主義の世界じゃないか……」


路地裏でチンパンジーにタコ殴りにされ、この国を出ることを決めた。

行くあてもなくさまよっていると純人間だけの国にたどりついた。


「ここは……!」


「ここは動物のいない国ですよ。あなたはどこから来たんですか?」


「動物の国から来たんです! ああ、助かったんだ!」


"動物"という差別用語を使っても叩かれることがない。

それはかつて失った人間が人間として振る舞っていいことだと安心した。


「実は……刑務所から出たらもう動物ばかりの世界で……」


「それは辛かったでしょう。私達も事情はちがえど、動物に虐げられてきて逃げてきたんです」


「ここにたどり着けて本当に良かった。俺は人間として生きられるんですね!」


「もちろんです。この世界は平等なんですから!」


新しい人生の第一歩がはじまった。

その一歩を踏み出したとき、足元に生えていた草を踏んづけた。


にこやかだった相手の顔が一瞬で険しくなった。



「なんてことを!! 植物殺草罪ですよ!?」


新しい人生はふたたび監獄からはじまった。

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