戸谷秀平の難儀 J-record.1

半井幸矢

本編

第一話


 午前八時になる少し前、浄円寺じょうえんじ邸のインターホンが鳴った。

 閑静な住宅街、立派な門の前に立っているのは、チャコールグレーのロングカーディガンに余裕のある黒いパンツ、肩にかかるくらいに伸びた髪もワークブーツも真っ黒と、爽やかな朝にそぐわぬどうにも不審な男であるのだが、インターホンの向こうの屋敷の住人は特に怪しむことなく、

「トダァ!」

 叫んだ。

「ピンポンやめろ着いたらメッセ送れっつっただろ今うた寝てんだよ!」

「だったらあんたこそ静かにしなきゃダメでしょっつーかトダじゃねーです戸谷とだにです」

 トダ――ではなく戸谷秀平が答えると、大きな溜め息が聞こえた。

「さっさと入れ」

 ロックが解除され、ある程度門が開いたところで改めて周囲を見回す。誰もいないのを確認してから素早く入り、小走りで進むその間にも、門はゆっくり閉められていく。

 玄関のドアを開くと、白いワイシャツに黒いスラックス、更にエプロンを付けた長身の男がさいばしを握り締め仁王立ちして待ち構えていた。

「やっぱ裏口の合鍵作ってやろうか? 不便だろ」

 男――平田あつひさは感情的に怒鳴ったばかりとは思えないほどけろりとしていた。切り替えが早いのは秀平もよく知っている。何しろ秀平の五学年上の姉の同級生で、付き合いはそこそこ長い。

「や、そこまでしてもらわなくても。……この時間に寝てるってことは電池切れですか」

「三徹したからさすがに限界きたんだろ、いくら寝ろっつっても全然聞きゃしねえあのガキ」

 平田は台所に戻るためにくるりと背を向ける。式台に上がり脱いだブーツをきっちり揃え、スリッパを足に引っかけて秀平も続く。

「反抗期じゃねーですか、そういう年頃でしょ」

「勘弁してくれよただでさえどぎついあいつが反抗期とか心折れるわ」

「反抗期はあった方が健全だってうちのばーちゃん言ってましたよ。……で? 今日って何の手伝いすればいいんです?」

 秀平がここに来た理由は昨夜メッセージアプリで平田に呼び出されたからだった。ときどき仕事の手伝いを頼まれることがある。もちろん有償で、それなりの金額をもらえる。

 そうだな、と平田は呟いた。

「飯まだだからとりあえずシャワー浴びてひげちゃんと剃ってこい、後で説明するわ」

 呼び出しておいて、すぐにその内容の説明がないのは珍しい。しかも身なりを整えろという指定――ということは、外に出るのか。

「どっか行くんですか」

「おゥ、い~ぃとこ連れてってやんよぉ」

 振り向いて向けてきたその笑顔に悪寒おかんが走る。

「何か、ヤな感じ、するんですけど」

「安心しろ、多分危険はねえ…………はずだ」

「ちょっと今の何なんですか多分とかクソ無責任なのやめてくれませんかねばっちり確実に安全を保証して下さいじゃなきゃ断固お断りです前回俺刺されそうになったっつったじゃねーですか忘れたとは言わせねーですからね」

 一息で返すが平田はへらへら笑うだけだ。

「そう言うなよォお前だからだいじょぶだってわかってるから任せたんだぞォ。……ま、今回は謠子もいるしだいじょぶだろ。金は弾むぜィ」

「納得いかねー内容だったら倍請求しますからね」

「おーいいぞォ俺を誰だと思ってんだ金ならあるぞォ」

「言ったな忘れんなよクソヤクザ坊ちゃん」

 不満そうな顔をしながらも、秀平は渋々承知した。


 シャワーを浴びて髭を剃り髪を乾かすと、今度は、

「飯できたからお姫様起こしてきてくれィ」

 と、平田に言い付けられた。

 主の部屋ではなく、平田の私室へ向かう。「限界がきて寝ている」というからには、機械と本と資料のファイルだらけで寝台はおろか布団もない主の部屋にはおらず――いや、ときどき床に落ちて寝ていることもあるにはあるが――大抵そういうときは、平田の部屋のセミダブルベッドに侵入している。

 一応、ノックしてからドアを開ける。寝息と共にベッドの上の布団のかたまりが、かすかに上下に動いているのが見える。

「謠子さん、朝ごはんできましたよ」

 布団の塊の中身がぐるりと反転し、頭だけが露出された。


 癖のない金茶色の髪。薄暗い中に緑色の目がきろんと光る。


「秀平くん? もっと遅いと思ってた」


 屋敷の主・シーゲンターラー謠子の覚醒おめざめである。


 秀平はカーテンを開けた。差し込んできた陽の光に謠子は目を細める。

「天気いいね」

 声色はまだ眠そうだ。

「今朝は何時に寝たんです?」

「五時半前。……今何時?」

「八時半回りました」

「そんなに寝ちゃったのか」

「謠子さんはもっと寝た方がいいと思いますけどね」

 布団がぐわっと盛り上がり、まくれた。

 姿を現した少女は、リラックスして眠るのに相応ふさわしい格好ではなく、白いブラウスと裾にフリルが覗くスカート、そして裸足はだしのままだった。まだ気温の上がりきらない朝の空気に触れて肌寒さを感じたか、身震いする。

「……寒い」

「はい」

 デスクの椅子の背もたれに引っ掛けてあったカーディガンを渡す。無断で貸しているが平田の私物だ。小柄な謠子は通した両そで頬擦ほおずりをした。

「気持ちいい、カシミヤかなこれ」

 その様子を見た秀平は、数秒何か考えた後にスマートフォンを取り出して、謠子の姿を写真に収める。

「萌え袖。いいの撮れたな」

「ちょっと、何撮ってるの」

「謠子さんの可愛い写真撮ってデータ渡すと先輩がお小遣いくれるんで」

 人形のような愛らしい顔が紙を丸めるようにゆがめられた。

「……後でパソコンのデータ消さなきゃな」

「やめてあげて下さい泣いちゃいますよ」

「いい歳してやってること気持ち悪いんだよ」

 差し出された小さな手を取ると、謠子はベッドから下りる。

「トダくんいい匂いするね。シャワー浴びたの?」

「そういやボディーソープ新しいのになって…………や、じゃなくって。戸谷ですからね?」

二人はそのまま手をつないで部屋を出た。



 ようやく仕事の話になったのは、朝食後に謠子がシャワーを浴び、歯磨きまで済ませてからであった。

「一応、きみが自由奔放な男だというのは承知しているつもりだけどね。何してたの?」

 六畳間を改装したウォークインクローゼットで背中のファスナーを平田に上げさせる謠子は言った。中にあるのはほとんど謠子の服飾品だ。

 その出入り口の前、隣の和室にある古い鏡台の前で胡座あぐらをかいて、髪飾りのたぐいが収まっているクッキーが入っていた缶を探りながら、

「はぁ、すみません」

 秀平は生返事をする。何しろ今は鮮やかなロイヤルブルーのワンピースに合わせるならどれがいいかと考えるので忙しい。

 全く、と溜め息をついてクローゼットを出た謠子は、秀平の目の前でしゃがんだ。

「ここ何日も、ずぅっとメッセージ送ってたのに返事どころか既読も付かない。ちょっと心配してたんだよ? きみはランナーだし、平田くんみたいにとつに戦闘モードに入れるわけじゃない。その上その容姿。そういう趣味の屈強な男にめにされちゃったんじゃないかって」

「ヤな想像しないで下さいよ。あと中見えるからスカートでしゃがんじゃダメっていつもそこのおじさん言ってるでしょ」

「タイツ穿いてるよ」

「タイツ穿いててもダメ行儀悪い」

 呆れた顔で続いて出てきた平田が差し出した手に、

「ほらぁ」

 白とライトブルーの小さな薔薇ばらがあしらわれたヘアゴムを乗せると、秀平も立ち上がって着替え始めた。用意されていたのは、普段着ているカットソーのようなカジュアルで余裕のあるものではなく、白いワイシャツと黒いスーツ、ネクタイ、そして靴下。平田と違ってベストはない。以前仕事を手伝った際に着たものなので、サイズはぴったりだ。

 着替えを終え、クローゼットの中の姿見と対面して服装のチェックをする。適当に切っては放置を繰り返している、伸びた髪が不釣り合いだ。前髪も長い。もっとも、髪を長いまま保っているのは、外を出歩くときに顔をあまり出さないようにするためではあるが。

「髪、どーします? 流石にこのカッコにこのままじゃダメでしょ。でも顔出すのは」

「適当でいーよ、とりあえず顔がそれっぽく見えてれば。車移動だし」

 和室の古い鏡台の小さな椅子に座った謠子の髪を結う平田が言う。そうだね、と謠子が同意する。

「トダくんの整った見目みめは多少隠れてても目を引くからね」

「お褒めに預かり光栄なんですけど戸谷なんですよねぇ。……って、」

 適当に、それらしく髪を整えながら、ふと気付く。

「…………あの、今回のこれって、もしかして俺の見た目が必要とか、そういう」

「まぁ行ってみればわかる……かな」

 ヘアセットを終えた謠子が一緒になって鏡を覗き込んだ。

「うん、いいねトダくん。とてもかっこいいよ」

「謠子さんも最高に可愛いですけどね、戸谷ですからね」



 若年層が手軽に購入できる安価な半貴石から超高級で良質な大粒の宝石まで――手広く扱うはら宝飾店はその界隈かいわいではそれなりに有名だった。一時期不景気のあおりで経営がガタついたものの、十数年前に前社長が病没してからその妻が会社を引き継ぎ、女性ならではの視点での商売が功を奏したのか徐々に盛り返してきている。


「えぇ、お陰で盗難被害はそれ以来は全く。相談した甲斐があったわ」

 真木原かず美は優雅に微笑む。とっくに成人している娘がいる年齢だが、宝飾店の敏腕社長の名に恥じぬ若々しさだ。

「それはよかった。ディプライヴドならまだしも、アビューザー相手はなかなか厄介だからね。とはいえ、前に言った通り百パーセント防げるとは言い切れないから、悪いけどそこは承知しておいて」

「そんなに難しいの? その、能力探知って」

「ギフト持ちの一部には他人の能力が発動するときに何となくわかる人もいるって聞くけど、今のところそういう力を能力として持つ人っていうのは見つかっていないらしいね。システムの開発も頑張ってもらわないとな。キャプターとしてもそういう便利アイテムがあれば欲しいし、早く何とかしてもらいたいところだ」

「ふふ。本当にしっかりしているわね。……あ、そうそう。最近ね、とても大きくてきれいな石が入ってきたのよ。昔喜久子きくこちゃんが好きな石って言ってたなって思い出して、謠子ちゃんにも見せたくて」

「買わせたい、じゃなくて?」

 ころころとかず美は笑う。

「まだカットも研磨もしてない原石なの。謠子ちゃんはアクセサリーよりそういう方が好きでしょう? 喜久子ちゃんもそうでね、小さい頃よくうちに見に来てたのよ」

 かず美が立ち上がったのと同時に、

「失礼します」

 ティーポットの乗ったトレーを持った若い女性が入ってくる。

「お茶の……お替わりを」

「あぁ、ありがとう、丁度いいところに。先々週入ったパパラチアサファイアの原石なんだけど」

 にこやかに手を合わせるかず美に、女性――真木原知香は驚いたように少し、目を見開いた。

「え? あれならすぐに加工して売れちゃったじゃない、何言ってるのお母さん」

 そうだったかしら、とかず美は首を傾げるが、そんな母を他所よそに、知香はふと向けた視線の先の存在に更に驚いたような顔をした。目が合った秀平は僅かに緊張する。


 一般的な目で見れば美人のたぐいだ。しゃきしゃきした雰囲気のある母親とは少し違い、うれいを帯びているような色香がある。


 しかし、それにしても。

 あまりに凝視されている。


 秀平からの視線を感じ取ったか、我に返った知香はしやくをして部屋を出て行った。

「さて」

 ぱん、と手を叩いて、謠子は笑う。

「お替わり持ってきてもらって悪いけど、まだ予定があるから今日のところはそろそろ帰るよ。何か気になることがあったら連絡して」

「ええ、そう、そうね、ありがとう謠子ちゃん……それはそうと。平田くんは、いつお嫁さんもらうのかしら? 指輪を作るならいい石探しておくけど」

 急なかず美の攻撃。平田は一瞬詰まる。

「俺はそういうのいいんです、そこのお嬢さんしっかりしてそうでまだまだ全然手ェかかるんだから」

「あらまぁ。喜久子ちゃんの娘だものね、おてんさんなのはしょうがないわよねぇ?」

 謠子は平田を見てはいなかったが、彼がどんな顔をしているのか想像がついたらしく、にや、と笑った。



「あのおばちゃん苦手だわ顔見るたびあれしか言わねえんだもん」

 げんなりしながら平田は車の運転席に乗り込み、乱暴にドアを閉めた。その様子に助手席のドアを開ける秀平と謠子は顔を見合わせ笑う。

「僕のことは気にしないで身を固めてくれていいんだよ?」

「顔はともかくスペックフル活用すりゃ嫁の一人や二人何とかなるでしょあんたは。まぁでも、もう三十五ですもんねぇ」

「三十三だよ! ほっとけよいんだよ俺はひとで! よ乗れ置いてくぞ!」

 かすようにかけられたエンジンに謠子は慌てて助手席に座り、秀平は助手席のドアを閉めてから後部座席に乗る。

「……っていうかぁ。俺、何であんなとこ連れてかれたんです?」

 発進と同時に秀平は切り出した。謠子は、

「うん、ちょっとね。試作の通報システムのことはついででさ」

 バッグからタブレット型パソコンを取り出して膝の上に置き、シートベルトを締める。

「直々にご指名が入ってね。ある事件について任されちゃったんだ」

「事件?」

 謠子は素早く操作したタブレットを後ろ手で秀平に差し出した。

「全員男性、年齢は二十代から三十代前半、ここ二年ほどで六人が行方不明……なんだけど、外見はこんな感じ」

 受け取ったその画面を見て、思わず、わっ、と小さい声が漏れる。

「えぇ……うっそぉ……」

 ずらりと並ぶ男性の写真に、頭がくらくらした。


 髪型こそ違い、よく見れば「雰囲気程度」も含まれるものの――黒髪の、涼やかで中性的な整った容貌。


 ぱっと見、全体的に、秀平と似ている。


「ちょっとびっくりしたよね」

 これには謠子も苦笑いするしかないようだ。

「共通点が性別と平均年齢ぐらいしかない、お互いに面識なんか全くない……けど、ここまで似た系統の顔が並んでると、きみの顔でも何らかの反応があるかと思ってさ」

「口さえ開かなきゃきれいめイケメン二十七歳」

 付け足された平田の一言に、秀平は不愉快極まりない顔をする。

めないで下さいあんたにそういうこと言われんの一番気持ちわりーんですよ」

「可愛くねえやっちゃな知ってるけど。……トダ、シートベルト。出すぞ」

「戸谷ですって言ってるでしょ」

 へいへい、と空返事をし平田は車を発進させる。

「そんで? これからどうするとか考えてあんのかお嬢様」

「考えるまでもない。ほっといても偶然を装ってあっちから接触してくる」

「楽観的じゃん。なんもなかったらどーすんの」

「来るよ。知香さんの反応見たでしょ。絶対何か知ってる」

 二人の話ぶりに秀平はふと疑問が湧く。

「あの宝石屋のお嬢さんが関与してるんですか?」

「いや……知香さんが、というか、かず美さんもね。あの二人、事件が警察の扱いだったときからマークはされていたようなんだ」

「警察動いてないんです?」

 秀平からタブレットを受け取り、バッグにしまいながら謠子がこたえる。

。つまりそういうことだよ」

 あ、と秀平は気付き、納得した。

「楽園、そっか、キャプター案件……」


 ギフトと呼ばれる異能力がある。


 それは何かを操る力、生み出す力、逆に消し去る力――などと多種多様で一見便利そうだが、一方で発動に条件があったり使える回数に制限があったり、能力を使役する『代償』も同時に発生することがほとんどで、実は能力者が好き放題に使えるものではない。


 異能力に目覚めた者はギフテッドと呼ばれ、『エリュシオン』という施設に入所しなければならないと法で定められていた。とはいえ、監禁とかそういった類のものではない。施設内はひとつの都市のように整備されており、入所した能力者は原則そこで一生を過ごさなければならない代わりに、不自由のない生活が保障されていた。


 欲しいものは与えられ、支払いは生じない。

 教育も受けられる。

 希望するのなら別だが、労働する必要もない。


 いつしか、エリュシオンに入ることは名誉とされるようになった。


 しかし、そんな恵まれた環境であっても、それを是としない存在はいた。


 確かに届出をすれば施設外に出ることはできる、が、それでもそう簡単に許可が下りるわけではない。身内はもちろん、それ以外の大事な誰かやペットに何かがあっても、すぐに駆け付けることはできない。老若男女問わず――たとえ幼子であっても、例外なく、だ。「不自由のない生活」とはいうが、それは生きる上での話であって、身柄そのものは囚われているに等しいと考える者が出るのも無理からぬ話というものである。


 そんなであるから、エリュシオンの在り方に不満を持つ能力者の中には、脱走してしまう者もいた。

 能力を隠し、施設に入らずにいる者もいた。

 あまつさえ、犯罪に手を染める者もいた。


 それらを取り締まるのが、〝捕獲者キヤプター〟である。


 秀平のように施設から抜け出した“逃走者ランナー”や、ギフトに目覚めていながら施設に収容される義務をおこたる、または己の能力に気付かずに施設外で生活している“放浪者ワンダラー”、そしてギフトを利用し悪事を働く“悪用者アビユーザー”――“捕獲者”の謠子がそんな話をするいうことは、施設外にいるギフテッドが関与している可能性が高い、ということだ。


「か弱い〝無能力者ディプライヴド〟の女性が成人男性を何人も跡形もなく消し去るだなんて不可能に近い。でも、ギフト持ちで相応の能力を持っているとすれば、一応のつじつまは合うといえば合う、って理屈だね。だから警察が〝捕獲者〟に投げてきたってことらしいけど……どっちがギフト持ちなのか、何の能力を持っているのかが全然わからないんだよなぁ。寧ろ二人ともギフト持ちの可能性もあるし」


 〝無能力者〟――ギフトを持たない一般人を分類上そう呼ぶのだが――それらとギフトを持つギフテッドを見分けるのは難しい。ギフトという異能の力を使わない限りは、見た目はごく普通の人間なのだから当然といえば当然だ。つまり自己申告するか、能力を使っているところを他人に目撃されなおつ〝捕獲者〟に通報されない限りは、ギフテッドと認識され施設送りになることはない。〝放浪者〟が存在する所以である。


 しかし、能力発動以外に確実に見分けられる方法が一つだけある。


「ギフトなんて特大の尻尾はなかなか出さないだろうし、紋章でも見られればいいんだけど」


 ギフテッドは、ギフトを持つ証として能力と使うと体のどこかに紋章が現れるのだ。


「紋章かぁ。なかなか難しいですね。俺みたいに服着ちゃえばわからない位置にある人もいるし、大小まちまちだし」

 ちなみに秀平の紋章は、てのひらより少し小さいくらいのものが左胸に浮かぶ。

 謠子は、不愉快そうに窓に肘をついた。

「全く、都合よく押し付けてくる割にいつもよこす情報がスカスカすぎるんだよ。いくらうちが悪名高い情報屋・浄円寺データバンクだっていってもさ。次から料金発生させちゃおうか」

 おいおい、と平田が呆れ返る。

「本部相手にカネなんかとったらお前施設に逆戻りになるぞ、〝捕獲者〟案件なんてそう頻繁に来るもんじゃねえんだし、おとなしくしてろよ」

「多少は文句言ってもいいと思うけど? 今年の初めのやつだって結局捕獲以外ほとんど僕が一人でやったんじゃないか。姿勢の割に怠慢が過ぎるんだよ本部は」

「そーやって敵ばっかり作る……旦那様でもそこまで毒き散らしてなかったぞ。喜久きくちゃんもウィリーも全然とがってなかったのに一体誰の子なんだよお前は」

 先輩の溜め息交じりの嘆きに、秀平も苦笑を禁じ得ない。

 と、ふと気付く。

「…………ん? って、ことは、」

 真木原かず美・知香親子のどちらか、或いは両方を行方不明者をどうにかしてしまった犯人だと仮定するのなら、不明者たちと似通った外見をしている秀平を対面させた理由はひとつ。

「つまり俺、おとり……ですか?」

「すまないね、行方不明者リストの写真を見た瞬間きみの顔が浮かんでしまったんだ。きみは〝逃走者〟だからあまり目立つようなことや危ないことをさせるつもりはないし、大丈夫だと思うんだけど」

「う~ん……まぁ、謠子さんが言うんなら……大丈夫……なのか、なぁ……」


 正直、大丈夫ではないような気がした。


 謠子が代表を務める浄円寺データバンクは屈指のデータベース会社として知られるが、個人から企業、大きな声では言えないような組織まで幅広く商売相手にしている。秀平が頼まれる「手伝い」はいつもはこちらの仕事なのだが、今回は異能を持つ人間が相手――初めてのことだ。不安がないといえば嘘になる。とはいえ、親しい謠子の頼みでは断れない。

「と、まぁ、そういうことだから」

 振り返った謠子は、にこり、笑う。

「しばらくうちにいてね。多分かず美さんも知香さんも、平田くんと一緒にいたきみのことは僕の部下と見做みなしてるだろうから、何らかのアプローチはしてくるはずだし」

「これまでいなくなった野郎とおんなじように俺までどうにかなっちゃうなんてことは……」

「トダくんは咄嗟の状況判断も的確にできるし優れた人材だと僕は思っているけど?」

「謠子さんに褒められるのちゃちゃうれしいですけど戸谷ですってば」

 平田がにやにやする。

「女転がすの得意だろ」

「人聞きの悪い言い方しないでくれます? …………しょーがないなぁ」

 大仰に、嘆息しながら。

「言っときますけど、謠子さんの頼みだから聞くんですからね。あと先輩は報酬倍に増やして下さい」

 謠子が満足げな顔をした。

「期待してるよトダくん」

「戸谷ですってば」




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