第33話 少女漫画を気に入った姉様を無自覚に泣かす
姉様は少女漫画を気に入ったらしい。
片桐と共に数件の本屋をはしごして購入した漫画に早速目を通し、あれ、これ少し面白いかも、と思い始めている時に僕の部屋を訪れた姉様が何気なく漫画雑誌を手に取り、しばし目を通した結果僕のベッドに寝転びそのまま満喫し始めたのだ。
千条院式速読術で早々に『スポ×コイ☆キラキラデイズ』の内容を確認し終えた僕とは違い、時に笑ったり、時にハラハラした表情をしたり、時によわよわな涙腺を刺激されたり、ころころと表情を変えながらゆっくりと漫画雑誌のページをめくっている。
その姿に僕はふと、卒業式の日以来顔を合わせていない僕の妹の姿を思い出す。
丁度今の姉様と同じように、学校から帰って来るなりリビングのソファーに身を投げ出してコンビニで買った新刊の漫画雑誌を読み進める、春日初の妹らしくどこにでもいるような女子中学生の姿。
「……そう言えば姉様、どうして私の部屋に?」
「……あー、これがあの壁ドン……いいわね……何? ああ、私がここに来た理由? そこに置いてあるわよ、レポート」
「……レポート?」
姉様は漫画雑誌から面倒臭そうに目を離した後、借りていたノートを返しに来ただけのような声音で言うと、僕の反問には答えず再び二次元の世界に意識を浸らせる。レポート、というものについて特別心当たりのなかった僕は何気なくティーテーブルの上に放置されていた『レポート』を手に取り、いつかのように絶句した。
まさかと思いながらページをパラパラとめくる。それは間違いなく、横山先輩たちを恐怖のどん底に叩き落す原動力となった恐怖の個人情報レポート、そのキラキラ部版だった。
「ぎゃー! ……なにこれっ……略奪愛とか寝取りとか……っ、何これ許せないわ! 『それが愛じゃなくても』って、じゃあ恋だって思うじゃんタイトルに騙されたわバカー!」
姉様は僕の足元が崩れるかのような動揺に一切気付かないまま、自分の趣味にそぐわない漫画への不満をぷんぷんしながらぶちまけている。
「姉様、このレポート……また冴さんと一緒に他人の個人情報を丸裸に……」
「ぎゃー! ダメだってアンタには須藤君がいるでしょ、裏切っちゃ……何? ああ、お礼ならいいわよ。一条の娘はもともと千条院の重点監視対象だったから粗方情報が揃っていたのよ、大したことしてないから」
「大したことしてないって、作業量の問題じゃなくて倫理と人に与える影響の問題で……」
姉様は僕の訴えを聞いていない。まるで袋とじの中身を覗き込むような慎重さで次のページの展開を気にしている。実はその手の話に興味があるのだろうか。
僕は胸の中のもやもやを一旦脇に置いておくことにした。
明らかに人の道を踏み外した所業ではあるもののその情報はきっと有効に利用できるものだという実感があったからなのだけど、それだけでもなかった。
今目の前にいる、普通の女の子のように楽しそうな姉様の邪魔をすることに対して少し気が引けたのだ。
「……何でしょう、こうしてみると姉様も普通の女の子ですね」
僕がため息をついてそう何気なく口にすると、漫画のページをめくる姉様の手が止まった。
「……初、今私が……普通の女の子って、言った?」
「そうですね、春日初の妹も姉様みたいに漫画を読んで……」
僕は最後まで言葉を言い切ることができなかった。
「……うああああああああああああああん!」
どういう訳か僕の言葉は姉様の琴線に触れ、結果大泣きして部屋を出て行ってしまったのだ。そしていつものように焦りの感情を感じさせるテンポの速い足音が徐々に僕の部屋へ迫ってくる。きっと冴さんだ。
「ハジメ様!? また結様に何か非道なことを……」
「……非道なことをしたつもりはないのですが……」
いわれのない疑いを掛けられた僕は、冴さんにこれまでのいきさつを伝えることにした。
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