第17話 クラスメイトの心配もむなしく無法地帯へと連れ去られる
傍から僕を見ていた人間が仮にいたとして、その人間が想像するよりも十倍は緊迫していた自信がある放課後を終え、改造計画の合間の休憩時間として午後の授業を過ごした結果、僕は放課後を迎えた。
僕は片桐が僕の教室に現れるのを待っていた。
遅くとも帰りのホームルームが終わった後、五分もせずにやってくるはずだった。
「おーい初様ぁ、今日は用があった……あ、違う、あるから、俺先に帰るわー。お前も気を付けてもどっ……あっ、てか、帰れよー」
予定通りに現れた片桐は、おままごとからやり直さなければいけないレベルで演技が下手である。
あらかじめ決めていた通りの台詞をたどたどしく述べ伝える片桐に僕は笑顔でうなずき、控えめに手を振って見せ、その後目を細めて顎を小さく横に振り、ぼろを出す前にさっさと消えろとばかりに無言で指示する。
ちなみに片桐はこの後本当に帰るわけではなく、隠れて僕の周辺警戒に回る予定である。
さて、作戦開始だ、と気を引き締めようとした僕に夏目さんが近づいてきて僕に確認する。
「千条院さん、大丈夫? あの先輩って千条院さんとよく一緒にいる人だよね……?」
夏目さんは目ざとく僕が一人で下校する事実とその結果見舞われるだろう危険に気づき、僕を心配してくれる。
元々作戦実行は一人で行う予定ですし、いざとなったら片桐と一緒に全員病院送りにするので問題ありません、と言えない僕はせめて夏目さんを安心させようといつも通りの柔和な笑みを返す。
「ありがとうございます夏目さん。大丈夫ですよ、迎えの車は来てますから。それではまた明日」
そう言って僕は晩御飯のメニューを気にしているような呑気さを装い、一人教室を出ていく。
◆◇◆
改造計画の第二段階の作戦内容は横山先輩と話をつけ、最終段階への布石を置くことである。文字面では第一段階のそれと大差はない。
けれど、さわやかイケメンの柱井先輩とド迫力の黒ギャルヤンキー軍団、という違いがこれから僕が取る行動を大きく変化させる。
例えば、敢えて単独で教室を後にして、昇降口で靴を履き替え、校門を出るまでの間、僕は周辺を間断なく観察しなければならない。
危険を避けるためではない、危険を確実に呼び込むためである。すべて納得づくの作業ではあるけれど、それなりに精神をすり減らす作業だ。
少しうんざりした心持ちで廊下を歩くと、いつも校舎の上下移動で利用する階段のそばで、横山先輩と取り巻きの先輩方が僕を待ち受けていた。
やった、もうこの作業終わった、と少しだけ明るい心持ちになる僕は、先輩方に軽く会釈をしたうえで近づいていく。
皆一様に剣呑な視線を投げかけてくるけれど、恐怖のレポートを丹念に読み込んでしまった罪悪感を抱える僕は、内心で先輩方への敬称を省けなくなっていた。
僕はその場で即流血沙汰にならないよう、慎重に自分の態度と言動が先輩方に与える影響を考慮して、声をかける。
「……お待たせいたしました」
「……覚悟はできてるってか、上等じゃねーか……こっち来い」
僕は横山先輩の迫力を前に、そう言えば遺言書いてなかったなぁ、と考えながら大人しく付いていく。
おそらく行先は特別教室が集中する五階から通常出入りを禁止されている屋上へと続く階段の踊り場。教師の気まぐれがなければ滅多に人に発見されることのない桜花門高校の無法地帯である。
はい、それではここでコイツを解体しまーす、と先輩方に言われたとしても助けはすぐにはやって来ない。そういう場所だ。
……もっとも、僕は横山先輩が本格的な暴力を僕に振るうことはない、というよりは誤って振るってしまわないように努めるだろうと踏んでいるんだけれど。
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