第15話 先輩を静かな場所での昼食へ誘い出す一方でギャルヤンキーを大いにあおる

 目を覚ますと、決して表沙汰にできない恐怖のレポートを読みふけり、先輩二人の改造計画を練り上げた夜が明けていた。


 いつものように朝の鍛錬という名の片桐のシゴキを受け、シャワーを浴び、食事を食べて、登校する。


 千条院で既に履修した内容をおさらいするような授業が四度続くと昼休みの時間がやってくる。


 僕は敢えて四限の授業のラスト十分で教室を抜け出し、柱井先輩と横山先輩の教室にほど近い階段の踊り場で今日の改造計画を実現させるために必要な情報を再確認している。


 この計画は大きく三つの段階に分かれている。最後の段階は僕の手を介さないので、僕が実際に行動するのは第一段階と第二段階だけだ。


 第一段階の実行日時は今日の昼休み。

 作戦内容は、柱井先輩と話をつけ、最終段階を成功させるための布石を置くことだ。


 作戦の成否を左右する最大の要因は、その開始タイミングそのものだった。

 柱井先輩と横山先輩が動き出す前に僕が動き出す必要がある、だから僕はスマホの上部に表示されている時刻を確認し、チャイムがなるおおよそ二十秒前に行動を開始した。



◆◇◆



 チャイムが鳴り、各教室から生徒が立ち上がる音がまばらに響く。

 僕は二人の教室の後ろ側のドアの前に立ち、授業を終えて教室を後にするのを待つ。


 やがて教室の前方のドアが開き、恰幅のいい中年の男性教師が廊下に顔を出す。

 僕はそれを確認して、上級生の教室に足を踏み入れることへの若干の気後れを感じながら静かに目の前のドアを開き、手近な先輩におずおずと声をかける。


 「……あの、すみません先輩。柱井先輩はいますか?」


 印象を変にややこしくさせないために、普通に用があって、でもそこには少しだけ恋愛の匂いを感じさせる、そんな口調と言葉づかいでお願いしてみると、声を掛けられた見知らぬ先輩は、……イベントキタぁっ! とでも叫びだしそうな下世話さで柱井先輩の名前を呼びたて、僕が来ていることを伝えた。


 予想外の出来事に慌てながら先輩が僕のもとに駆け寄ってくる。


 「どうしたんだ、千条院。そっちから俺の教室に来るなんて……」


 「たまには私が先輩の教室に来ることもあります。先輩にばかり足を運んでもらうのもおかしいですよね?」


 「そりゃそうだけど、で、何か用か?」


 「サッカー部の話、もっと聞かせてくれませんか? お食事しながらでも。でも出来れば今度は……静かなところがいいです」


 僕は昨日までの態度と整合性がぎりぎり取れるレベルの程度の積極的な態度で柱井先輩を食事に誘い、けれど一番重要なことだけを彼の耳にだけ届くような小声で伝える。


 先輩は僕の変化に一瞬だけ困惑を見せながらも、すぐに普段通りのむやみに爽やかな笑顔を浮かべて言った。


 「……分かった。どこに行く?」


 「……先輩にお任せします」


 「了解、じゃあ購買で何か買ってグラウンド脇にでも行こうか」


 「はい、お願いします!」


 僕は先輩と一緒に教室を出る前に、素早く教室の中を確認した。


 黒ギャルこと横山先輩が教室にいた。こちらの様子を窺うその視線に怨念のような黒い感情がこもっている。


 僕は、うわぁ、ヤバい、これは殺されるかもしれない、と内心で怯えるけれど、その感情を外には出さずに、むしろ真逆の、勝ち誇って調子に乗ってるような表情を浮かべて横山先輩を見下す。


 あおる。僕は横山先輩の敵意を最大限にあおっていく。


 怨念が明確な殺気にランクアップしたのを確認して、僕は柱井先輩と一緒に教室を後にする。


 これで横山先輩は今日の放課後に接触してくるはずだ。


 僕は命の危険を覚えながら、それでもこの場で実行すべきことを実行できたことに少しだけ安堵する。でもまだ油断はしていない。


 ここから先、僕が一つでもミスを犯したら、その時点で僕の改造計画は破綻する。それはつまり、僕が願う二人の結末にたどり着く道が潰えることを同時に意味する。


 だから柱井先輩の話をニコニコと聞きながら、僕は静かに気を引き締める。

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