第100話 叱責


 ハルカという名前はこの世界っぽくないな。

 もしかしたら、自分と同じ転生者なんじゃないかと思った。

 前世知り合いで『はるか』という名前は一人しか覚えていないが、その人とは限らない。

 女だけでなく男にもつけられる名前だしな。


 マスターに聖女や修道女がどこに住んでるのか聞いたら、あの大きな教会の向こうに寮があるらしい。

 教会に属する者は必ずそこで寝泊まりする決まりになっているそうだ。

 塀の向こう側は教会に属する者しか入れず、許可も無く勝手に入った者は処刑されてしまう。

 修道女は美しい人が多く、日夜祓魔師達が見張りをしている。

 過去に何人か忍び込んだ者達が次の日には磔にされて処刑されたそうだ。


 教会に属する者達は炊き出しや勧誘活動など、仕事以外の外出は厳禁。

 破った者には厳しい罰が与えられるそうだ。


 数年前、ある修道女が冒険者の男と恋に落ちた。

 修道女は真面目で明るい性格の周りから信頼されていた。

 とても規則を破るような人物だとは誰も思わなかった。

 しかし、恋は人を変えた。

 修道女は炊き出しなどに積極的に参加し、その冒険者と話す少しの時間が楽しみだった。

 ある夜、修道女は我慢が出来なくなり寮を抜け出して冒険者の男と一夜を過ごした。


 早朝に帰るとすぐに修道女は大司祭の男に呼び出され、罰を受けた。

 教会を追い出された修道女は暗くて全く喋らなくなってしまった。

 何をさせられたのかは分からないが、心が壊れるような事をさせられたらしい。

 後日、冒険者の男は森を探索中に魔人に襲われて殺されたと発表された。


 情報量と口止め料として金貨を数枚カウンターに置いた。

 マスターは悩むこと無く素直に金を受け取った。

 話の分かる奴で助かった。

 でないと殺さなくちゃいけないかもしれないからな。

 名前を知らない赤いカクテルを一気飲みしてさっさと店を出た。


 いい情報を得られた。

 大体だが聖女の場所が分かって良かった。


 後は侵入した後に場所を知ってそうな奴を脅して聞き出せばいい。


 計画通りに聖女に会ったとしてどうするかは、聖女と話しながら決めよう。

 見た目や性格も知らないからな。

 欲しいと思ったなら奴隷にするし、そう思わなかったら放っておこう。

 この国を手に入れる方法は全く考えていないが、その内思いつくだろう。

 俺は魔王だ。

 何とかなるだろ。


 オーストセレス王国の時は王女が魔王信者ということもあって協力的で楽だったが、ヴェストニア法国ではそうはいかないだろう。

 

 圧倒的な力を見せつけて暴力で支配するというのも魔王っぽくていいかもしれない。

 俺にはその力がある。

 ミッテミルガン共和国の代表のような俺よりも強い力は感じない。

 全面戦争になったとしても大丈夫だろう。

 その場合アインス達は足手まといになるから俺一人で挑ませて貰う。

 その方が面白そうだしな。

 個対国どっちが強いか試してみようじゃないか。


 そうこう考えている内に宿に帰って来た。

 ドアの前に立つとフィーアの声が聞こえてきた。

 

「何度教えれば分かるの!そこはもっと大きく手を広げるの!」


「でも……」


「ゼント様の奴隷になりたいのなら、我慢しなくちゃだめよ」


 部屋に入ると魔人少女の勉強会?が行われていた。

 ドライにしているような座学では無く、裸で立たされてフィーアとツヴァイから何かの指導を受けていた。


 何となくたが状況が読めた。

 ちゃんと成果が出れば良くやったと褒めてやろう。


 俺に気付くフィーアとツヴァイは並んで跪いた。

 魔人少女は両肩を抱きしめて縮こまっていた。

 顔は火が出そうなくらい真っ赤だ。


「おかえりなさいませ。ゼント様」


「外で出迎えもせず申し訳ございません。つい指導に熱くなりすきました」


「気にするな。それより……」


 俺達を視線は魔人少女に集中した。


「すみません。まだ指導が足りないようでして、少々お待ちください」


 明らかに怒りを露わにしたフィーアが立ち上がって魔人少女に早足で近付いた。

 ツヴァイも黙ってフィーアの後ろをついて行くった。


「貴方は何をしているのよ!ゼント様がお戻りになられたのに出迎えの挨拶すらしないなんて!」


「その……でも……」


 魔人少女はフィーアと自分の体を交互に見た。

 自分は裸だから出来ないと言いたいのだろう。


「服を着ていないからなんなの!逆にゼント様に見てもらえるとチャンスだと思いなさい!さっきの指導をもう忘れたの!」


「い、いえ……えっと……ん!」


 魔人少女が抱いてる腕を解いて立ち上がろうとするが中々決心がつかない。


 その姿がまた怒りを買う。


「あな……」


 バチンッ!


 ツヴァイの平手打ちの音が部屋に響いた。

 

「いい加減にしなさい‼︎ケーナさんは魔王様の奴隷候補として選ばれたんです。魔王様の奴隷というのは他の人達とは違うんですよ。それを自覚しない!」


 珍しく怒ったツヴァイの迫力にフィーアが一歩引いてしまった。


「でも……奴隷って……」


「魔王様の奴隷になれるということがどれだけ誇らしいことかまだ分かっていないのですね。魔王様にご奉仕出来るというチャンスを何度も失ったことをケーナさんは後悔することになりますよ!」


「…………」


 魔人少女は涙を流して、もう何も言えなくなってしまった。

 普段温厚な人が怒ると怖いというのはよく聞く話だが、本当にその通りだと思った。


「何も出来ないのと何もしないでは全く違います。さぁ!ちゃんと魔王様に出迎えの挨拶をしなさい!」


 ツヴァイが魔人少女を無理矢理立ち上がらせて後ろから肩を押して俺の前に連れて来た。


「えっと……」


「手や足の位置もちゃんとしなさい」


 魔人少女は両手を臍の前で合わせ、涙目の無理矢理作った笑顔でお辞儀をした。


「お帰りなさいませご主人様」


 ぐしゃぐしゃの笑顔は俺の心をある部分をくすぐる。


 ツヴァイもやってくれる。

 こんなにも最高の気分にしてくれるなんてな。

 奴隷(候補)同士でのこういうやり取りを見ていると気分が高揚してくる。


「次からもちゃんとやれよ」


「……はい」


 慰めの言葉なんてかけちゃだめだ。

 それだとさっきのツヴァイの怒りが無駄になってしまう。

 追い込むなら徹底的にだ。


 バンッ!


 「失礼します」という言葉と同時に勢いよくドアが開いた。

 振り向くとアインスと抱えられたドライがいた。


「ご主人様。お出迎えもせず申し訳ありません。つい訓練に夢中になりすぎました」


「ドライがおしえてあげたー」


 アインスが膝をついて謝罪してる隣でドライが腰に手を当てて威張っていた。


「ドライもちゃんと謝罪をしなさい!」


「あ!ごめんなさい」


「それはいい、よく分かったな」


「ご主人さまの匂いがした」


 嬉しくない理由だった。

 

「そんな匂うか?」


 毎日奴隷達に洗って貰っているから大丈夫だと思っていたんだがな。


「いえ、そんな事はありません。でも……ご主人様の近くで感じる匂いは……その……良い香りでいつまでも近くで感じていたいです」


 アインスがちゃんと言葉を選んでフォローしてくれた。

 臭くないならいいか。


「この変態狼さんはよく自分の性癖を笑顔でバラせるわね」


「私が何ですか?」


「毎回ご主人様の衣服を洗濯する時に匂いを嗅いでいるわよね」


「それは貴方もじゃないですか!」


「私はただちゃんと匂いが落ちたかどうか確認しているだけだわ」


「匂いを確かめるのにわざわざご主人様の服を着る意味があるのですか?」


「貴方だってしてることじゃない!この変態狼!」


「尻でかムッツリ!」


「二人ともゼント様の前ですよ。控えて下さい」


「「うるさい!足好き牛女!」」


「その名前はなんですか⁉︎」


 アインスとフィーアだけでも騒がしかったのにツヴァイまで加ってさらにうるさくなった。


 ドライと魔人少女は部屋の隅っこで震えながら手を取り合っていた。

 あの二人は年や背が近いから仲が良くなりやすのかもな。


「「……こわい」」


 俺は適当に聞き流しながら本でも読んでいよう。

 話が終わったらこれからの計画について話すとしよう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る