第80話 勇者の子孫


「ムツキは勇者の子孫のくせに弱そうだよな」


 ミッテミルガンの首都シュテルンを迂回することを決めた次の日、俺はツヴァイに膝枕されながら疑問に思っていたことを聞いた。


「そうですね、お兄様やお姉様に比べてたらレベルは低いです」


「お前の他にも勇者の子孫がいたのか?」


「はい。腹違いではありますけど、それでも本当の妹のように優しくしてくださったんです」


 勇者ともなると、妻や妾が複数いても不思議ではないか。


「『勇者』って称号かスキルとかはないのか?」


「『勇者』の称号は代々男性が受け継いでいくことが多いです。女性にも発現することはあると聞いたことはありますが、お姉様の中にはいません」


「お前の兄と姉は何人いるんだ?」


「私を含めて五人です。その中で一番上のお兄様はレベル80を超えて『勇者』の称号を受け継ぐのに一番近いと言われています」


 五人か、意外と少ないな。

 妻や妾が複数いると聞いたときは十人とか百人いるかもしれないと思ったが外れた。


 勇者の子孫だったら、魔王を名乗った俺を退治しにくるかもな。

 その時は返り討ちにしよう。

 魔王を討伐しようとした勇者が全員殺されるなんて面白そうだ。

 前世のように勇者を沢山殺すのもいいかもしれない。

 ゲームのようにキャラクターは多くはないから、その分全滅させるのは楽だな。

 レベルが100に達していないなら、俺が負けることは絶対にない。

 よくある勇者どけが持つ特別な武器やスキルが無ければだけど。


「勇者には魔王を倒すための聖剣とかあったりするのか?」


「あります。ですが今その聖剣を手にすることは出来ません」


「何故だ?」


「勇者達は自分達よりも強く恐ろしい敵を封印するために自分達の武器を犠牲に封印を行ったのです。勇者の剣、賢者の杖、剣聖の盾、槍聖の槍」


「へぇー、その武器は何処にあるのだ?」


「すみません。私にはそこまで知る権利が与えられていないのです。今の話も姉様から聞いただけで伝承されている本を読んだわけではないのです」


 なんだ、使えない隷婢れいひだな。

 だが、場所を知っているかもしれないその姉も隷婢にすれば、賢者の杖のように俺が手にすることも出来るということか。

 もしその姉が隷婢になる価値があったら、隷婢にして情報を聞き出そう。

 奴隷になる価値がないのはムツキを見れば大体分かる。


 隷婢にもなれないようなら、兄と一緒に拷問でもして聞き出そう。

 魔王だから勇者を拷問することは何の問題もない。


 武器を手にしたことで封印されていた強力な魔物が解き放たれて、街や国にどんな被害が出ようがどうでもいい。

 俺のモノに手を出すなら殺すが、関係ない国や街が襲われるのなら放っておこう。

 もしもの時はその勇者候補達が倒してくれるだろう。


「お前の兄と姉は今何処にいるんだ?」


「長兄のワーント兄様と長姉のトゥルー姉様と次姉のフォーラ姉様は首都シュテルンのサトウ家本家にいます。次兄のスリーフ兄様は修行の旅に出て居場所は分かりません」


 マジかー。


 シュテルンに行かないと情報が得られないのか。

 だが、あそこには絶対に行ってはダメだ。

 次兄を探して聞き出すのも手だが、この大陸の何処にいるかも分からない男を探すなんて無理だ。

 男を探して旅をするなんて考えただけでやる気が失せる。


「その次兄の行き先に心当たりはあるか?」


「申し訳ありません。私も探しているのですが分かりません」


 やっぱり使えない隷婢だ。


 ムツキを隷婢だと大々的に発表すれば、向こうから来るかもしれないが、もし勇者とミッテミルガンの代表者が協力関係にあったら、俺は確実に殺される。

 てか、一緒の街に住んでいるんだからほぼ間違いないだろ。


「あのー、よろしいでしょうか?」


 ツヴァイが軽く手を挙げてた。


「なんだ?」


「フィンフ様から聞いたのですが、勇者達の武器はその持ち主しか使えないとお聞きしたのですが、本当でしょうか?」


「そうです。私が持つ『剣聖士』のスキルのように専用のスキルがなければ、扱うことは出来ないのです」


 そうだったのかよ。

 だから賢者の杖が使えなかったのか。

 じゃあ勇者の武器集めても使えないのかよ。

 敵の戦力ダウンには繋がるが、元のレベルに圧倒的な差があれば関係ないな。

 勇者の武器は諦めるか。


 それより何でフィンフはツヴァイに教えて俺に教えなかったんだよ。

 魔王様なら知ってると思ってたとかありえないからな。


「それは生まれつきなのか?」


「はい。私と兄様姉様も生まれつき持っているスキルになります」


「一般人が偶々聖剣を引き抜いて獲得したりとかはしないのか?」


「そういう事例は聞いたことはありません」


 先天性ということか。

 後天性でも使えるなら、アインスとドライに装備させるために集める価値はあったが、使えないなら態々集める必要もない。


「希望のない話をありがとな」


「いえ、あの……すみません」


「気分が良くないな。また歌でも歌ってもらおうか」


「かしこまりました」


 ムツキは母親から習ったという歌を歌い始めた。

 俺はこの歌がどちらかといえば好きな方だ。


 バラードのようにゆっくりと語りかけて心に響いてくる。

 この歌を聴いている時だけは争いなど物騒なことは忘れてゆっくりと穏やかにすごすことだけを考えられる。


 ムツキは歌と踊りで俺の気分を良くするために生きている。

 俺を楽しませているというのは、すごく光栄なことだとこいつは分かっているか?

 いつか自分がどれだけ他より優れた位置にいるか思い知るだろう。

 人形一号も失礼女姉妹もいつか自分から隷婢にさせてくれとお願いしにくる。


 俺は魔王なんだ。

 魔王の隷婢なんて光栄に違いないから。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 首都シュテルンから馬車で南の方に三日進むとエルフの国ズィートラニカ国に最も近い街がある。


 オーストセレス王国ではエルフの国の情報は殆ど得られなかった。

 丁度いいので寄ることにした。


 街は首都程の広さはないが、どこもかしこもけっこう賑わっていた。

 人間や獣人、ドワーフにリザードマンなど様々な種族がいた。

 元々はズィートラニカ国との貿易のための街だったので当然と言えば当然だ。

 だが、ミッテミルガン共和国が今の代表者になってからはズィートラニカ国は鎖国状態になってしまったから貿易は完全に中止だ。


 なら何で賑わっているかというと。

 奴隷売買だ。


 様々な種族が集まるということは、様々な奴隷が手に入るということだ。

 月に一度大きなオークションが行われて、買う者、売りに出す者が競い合う。

 特にエルフは見た目が美しく、レベルが人間よりも高く上がりやすいのでその分の強さを持っている。


 それが原因でズィートラニカ国は鎖国状態になってしまった。

 それからはエルフは高額は取引されるため、金貨が何百枚と競り合う時には千枚までいったことがあるらしい。


「成程な。鎖国状態なのにどうやってエルフを手に入れているんだ?」


「噂程度ですが、外の世界に興味を示したエルフが国を離れたところを捕まえているらしいです」


 フィーア俺に膝枕アンド耳かきをしながら答えた。

 こいつの耳かきに適した細い糸を使った耳かきは最高だ。

 耳の中を全く傷付けることなく掃除をしてくれる。

 これが案外くせになる。


「エルフの国に攻め込んだりしないのか?」


「ズィートラニカは山は少なく、高さが十メートル以上ある大きな森で覆われていて、そこに這い込めば、相手を視認する前に矢に打たれたり、背後から刺されたりして、勝ち目が薄いんです」


 そりゃあ向こうのホームで戦うとなったら、劣勢になるのは当たり前か。


「ですので、エルフが自分から森の外に出るのを待つしかないのです」


 なるほどな〜。

 エルフの王女姉妹を見に行くときは少し苦労しそうだ。

 後回しにして正解だ。

 それでも情報ぐらいは集めることにした。


 街に着くと早速宿を取とることにした。

 門番に馬車付きでも泊まれる高級な宿を紹介してもらった。

 職業を聞かれたから適当に登録をしていない冒険者だと答えた。

 特に疑われることもなくすんなり通れた。

 ミッテミルガンでは人身売買とかで金を稼ぐものもいて、そいつらは自分達は冒険者だと名乗っているそうだ。

 狩る相手が人か魔物の違いだけだ。

 だから、奴隷ばかりいてる不思議に思われなかった。


 高級宿の中間ぐらい値段のそれなりに高い部屋を取った。

 一番高い部屋だと変に目立つからな。

 中間ぐらいが安全だ。


 それでも部屋は十畳以上あってベッドが二つだった。

 一つは俺と抱き枕になる奴隷が使う。

 もう一つは奴隷達で適当に決めてもらう。


 失礼女姉妹は別の宿に行った。

 あいつらにはこの宿は高すぎて無理だそうだ。

 俺のモノじゃない奴の分まで出す必要性を全く感じない。


 昼前だが、飯のために外出した。

 連れている奴隷はアインスとフィーア以外だ。


 フィーアはムツキを隷婢にした日に情報を漏らしたからな。

 その罰で飯抜きだ。


 馬車の移動中は魔物や盗賊との戦いのために飯を与えたが、昼の街中なら大丈夫だろう。

 アインスは連帯責任だ。


 あいつらを二人きりにすると、どんな会話をするか分からないが、面白いことになりそうだ。


 宿の従業員に教えてもらった飯屋への移動中、広場のようなとこに出た。

 そこには人集りが出来ていて、木造の高さニメートルぐらいのお立ち台を見上げていた。


 そこには裸で四つん這いにされている女がいた。

 首輪がされていて、鎖骨の間には奴隷紋が確認できた。

 もう一人は首輪に繋がった鎖を持った身なりの良さそうな男だ。


「そんな……フォーラ姉様」


 後ろにいたムツキが声を上げた。

 俺はすぐにムツキの口を塞ぎ、「黙ってろ」と命令した。

 見ただけで只事ではないことが分かる。

 あれと身内だなんて周りに知られたくない。


 運が良く周りにいた人達には聞こえていなかったようで、誰も俺達のことを見てはいなかった。


「この者は栄光ある勇者の子孫でありながら、ヴェストニア法国の神聖なるマクセルフ教会で教皇様の祝福を拒み、教皇様へ刃をむけた!これはオーストセレス王国にて誕生した魔王によって魂を汚された証拠だ!もう彼女の魂を浄化するためには女神様の元へ送るしか方法はない!だが、我こそは彼女の魂を浄化出来ると名乗たい者は明日にモラルトリアに集まれ!」


 うぉぉぉぉぉ!

 観客から歓声が上がった。


 俺には何言ってるかよく分からなかった。

 ムツキの姉が罰せられるぐらいしか理解出来なかった。

 身なりの良い男はムツキの姉を連れて馬車に乗って行ってしまった。


 取り敢えず分かることはあの馬車を襲えばいいということだ。

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