第51話 進撃

ゼントvsギガンツァー戦開始30分後、


 街道で大行進を続ける魔物群はタール村到着まで残りを500メートルと迫っていた。


 この群勢はギガンツァーによって起こされたものではなく、デトートスがスリュート伯爵領侵略前に仕込んでいた。

 伯爵領でアインスとドライを手に入れた後王都へと進軍するための群勢だ。


 しかし、そのデトートスが倒されたという報はこの群勢には届いていなかった。

 指揮官に問題があった。

 群勢を指揮していたのはデトートスと同じく魔王の幹部だったミノタウロスの子孫……


 ではなく、その部下のケンタウロスのグラータだ。

 本来であれば、デトートスと話し合ってミノタウロスの子孫が指揮する筈だったのだが、彼には問題があった。


 非常に面倒くさがり屋だっだ。


 一度横になったら、一日中そのまま動かないこともある程だ。

 南の孤島という気候の良い環境もそうさせている要因になっていた。


 魔物を用意するまではちゃんと指揮したが、南の孤島から出たく無かった彼は指揮を部下に任せて昼寝をしてしまった。


 しかし、その事に対して文句を言う魔物はいなかった。


 それは強さ故にだった。


 彼を慕うグラータも文句よりも大役を任されたことを誇りに思っていた。

 このグラータにも問題があり、猪突猛進という言葉がよく似合う男で考え無しに突撃してしまう。

 事前の情報伝達など二の次ぐらいにしか考えていなかった。




 慕う者為に戦うのはタール村側も一緒だった。

 アインスが魔槍を持ち先頭に立っていた。

 横にはドライが顔を強ばせながら剣と盾を構えていた。

 ツヴァイはアインスの後ろで杖を構えた。

 さらに後ろには村人達が各々の得意武器を持っていた。

 その殆どが農具だった。


 フィーアは戦闘は出来ないために後方支援組にいた。


 腕に自信のない女・子ども達は東の山に避難していた。

 そこも絶対に安全とはいかないが、生き残る可能性を少しでも上げるために逃げた。

 戦えない者はかえって足手纏いになってしまう。

 それに戦う者達の大半は男だ。


 女・子どもには逃げて生き残って欲しいというのが本心だ。

 一緒に死んでくれなんて全く思っていなかった。


「見えてきましたね」


 目視で確認するとその数の恐ろしさに改めて恐怖を覚えた。


 村人達の体が無意識に震えて固くなった。

 恐怖で今すぐにでも逃げ出したくなっていた。

 逃げないのは後ろに守りたいものがあるからだ。


「怯えても構いません、それでも逃げずに戦うのです。貴方達にはやり遂げなければいけない使命があるのですから。それは命を掛けるべきことです。貴方達が逃げれば使命は果たせなくなってしまいます。さあ!戦うのです!たとえ死ぬことが決まっていようと戦うのです!私達が未来へと続く橋となるのです!」


「「「「「オオオオオォォォォォォ!!!!!」」」」」


 アインスに発破かけられ、大声を上げて気合を入れた。

 アインスと村人達で意識の違いはあるものの、士気の高まりは成功への掛橋となる。


 戦力差は38対200以上と絶望的だ。


 たとえ士気が最高峰に上がっていたとしても、勝つ確率はもう奇跡に近い数字だ。


 女神の加護と魔王の恩恵に授かった自分達なら勝てると信じていた。


 魔物達が残り200メートルと迫った時だ。


「打てぇぇぇ!」


 弓を構えた6人が火矢を放った。


 矢は大群に向かって飛んでいくが、そんな物で進軍が止まるはずがない。


 しかし、その内の3本は周りの木に当たって燃やした。

 燃やしたからといって魔物が倒れるわけがない。

 多少火を避けて進む程度だが、進軍がほんの少し鈍くなった。

 火矢を放ち続けると魔物の周りは火の森と化した。

 ここまで大きくなった火は魔物にも燃え移り、全身を焼かれた魔物が倒れて行くがそれもただの数匹だ。


 王都を堕とすためにデトートスとミノタウロスが用意した魔物群だ。

 魔力のこもっていないただの火が効く魔物など下級中の下級の雑魚だ。

 進軍途中でついてきた野良の魔物がやられた程度で痛くも痒くもなかった。


「あいつら火の中を進んでくるぞ」

「俺達が身を削る思いで放った火矢をああも軽々と」


 火は森を伝って村に届くかもしれない。

 さらに周辺の生態系を破壊して、生活するのが難しくなるかもしれない。

 その覚悟でした攻撃でさえ大してダメージを与えることは出来なかった。


「怯むことはありません。効果が出でいる魔物もいるのです。貴方達の覚悟は無駄ではありません。攻撃を続けなさい」


 弓兵隊は矢を放ち続けた。

 効果がなくともそれがもしかしたら、効くかもしれないと僅かな可能性を信じて。


 そんな期待が叶う程、現実は甘くはなかった。


 最初に村に近づいて来たのは額に角を生やしたホーンウルフだ。

 以前アインスが戦ったブルーウルフの上位種に値する。


 こういう魔物に対応する為に即興に過ぎないが柵を用意していた。

 高さは1メートルぐらいだ。

 しかし、こんなものは簡単に跳び越えられてしまう。


「今です!」


 ホーンウルフが柵を跳び越えたところで、柵を改良して作った槍衾を突き出した。


 4匹のホーンウルフに刺さったが全てのホーンウルフには刺さらなかった。


 残った2匹は横から槍衾を持っている村人を襲おうとしたが、そこはアインスとドライが倒した。


「やったぞ」

「あぁ、これなら」

「すぐ次が来ます。油断してはいけません」


 気持ちを整える前にすぐにまたホーンウルフが柵を越えようとして来ていた。


 村人達は2つ目の槍衾を突き出した。

 同じようにホーンウルフに突き刺さるが、後ろから来てホーンウルフは死体となった仲間を踏み台に村人に襲い掛かった。


「うわわぁぁぁ」

「いてぇー」

「た、たすけてー」


 アインスとドライはすぐさまホーンウルフの対処にかかった。


「怪我人を運びなさい」


 怯えていた村人達が怪我人を運び出した。


「回復させます」


 ツヴァイが魔法で怪我人を治していった。

 戦力は1人でも多い方がいい。

 戦いにおいて死人よりも怪我人を出す方がより大きなダメージを相手に与えることがある。


 今回のように戦力が明らかに違う相手をする場合がそれだ。


「ツヴァイ、戦う前にも言いましたが回復させるのは軽傷者のみにしなさい」


 戦いでは見捨てないといけない命もある。

 本来であれば、重傷者を先に治療してより多くの命を助けることが当たり前だったりするが、今回の場合は違う。


 たとえ治癒魔法でも万能ではない。

 重傷者をすぐに戦線復帰させる力などはない。

 それなら重傷者の命は諦めて、軽傷者を治癒して戦線復帰してもらった方が、生き残っている命を救うことに繋がるのだ。


 仕方がないこと頭では理解することが出来たとしても経験の浅いツヴァイや村人達がそれを行うことなど難しかった。


 けれど、現実がその背中を押すことになった。

 次々と魔物が襲いかかってる姿を見ると、ツヴァイは治癒魔法をやめて攻撃魔法に専念することにした。


 それが今自分がしないといけないと生存本能が叫んで無理矢理身体を動かした。


 ホーンウルフの後ろからはボブゴブリンやレッドベアの群れが近づいていた。

 大型の魔物が来たら、1メートル程の柵など何の役にも立たない。


 ボブゴブリンは手に持った大きな棍棒で柵を簡単に薙ぎ払った。

 柵が壊れれば簡単に魔物達がなだれ込む。


 アインス、ツヴァイ、ドライでも倒しきれず前線が突破された。


 後方に控えているのは、村の冒険者のゾウルを筆頭に農具で武器を構えた村人達だ。


 ゾウルでも今まで下級クラスの魔物とした戦ったことがなかった。

 ゴブリンを倒せたとしてもその上位種の中級クラスのボブゴブリンにすら勝てはしない。


 ましては下級クラスの魔物にすら苦戦すら村人達が中級クラスの魔物に襲われれば火を見るよりも明らかだ。






 戦いが始まって15分が経った。


 戦場に立てているのはアインス、ツヴァイ、ドライ、それに冒険者グループの2人と村人が数人だ。


 ゾウルも村人を庇って重傷を負ってしまい、戦線を離脱した。


 だが、村人達も何もせずにやられたわけではなかった。

 建物の上から本棚や机を落としたり、家の中に誘い込んだ魔物を火をつけて燃やしたりなど色々と付け焼き刃の作戦を巡らしたが、それも一時的に動きを止めたりするだけだったが、その隙を突いて倒したりしたので反撃は成功していた。


 だが、相手の恐ろしさは数の多さだ。

 一つ二つの策が上手く行ったとしても2匹目から成功することはなかった。


 策が尽きれば、後は力対力の勝負だ。


 そうなれば村人側に勝つ可能性はゼロだ。


 しかし、アインス達には最後の作戦が残っていた。

 それが成功すれば状況を一気に逆転することが出来る。


 その策を実行するには時間を稼ぐ必要があった。

 だからこそ、敵を倒すことが出来なくとも進行を遅くしたりして1秒でも多くの時間を稼ぐことが必要だった。


 それもこれまでだった。


 アインスは立てはいるが、無事なのは魔槍だけで、防具もボロボロで身体のいたるところから血が滲み出ていた。

 フードが破れて獣人の特徴である耳と尻尾が出ているが気にしてる暇はなかった。


 ツヴァイも魔法を放てるのは1度か2度のみだ。


 ドライは武器も防具もボロボロで立っているのがやっとだ。

 欠けた盾と支えにしても剣で何とか立っていた。


 もう限界だった。


 そこに大将ケンタウロスのグラータのがやって来た。

 頭には兜、胴には甲冑のような防具、右手に剣、左手に盾を持っていた。

 戦国時代の武将を思わせる姿だった。


「何やら時間が掛かっているかと思ったら、なんだ人間に獣人じゃないか……ん、おまえ……」


 グラータはアインスを覗き込むように見た。


「そうか、デトートス様が言っていたフェンリルの子孫だな。話では王都の途中にある都市にいると聞いていたのだが、ここまで逃げて来たということか……なんと運のないことだな。私がデトートス様のところに連れて行ってやるからとっとと降伏しろ」


 グラータは槍先をアインスに向けた。


 この戦闘でアインスもレベルが上がり、30を超えたが、グラータのレベルは60だった。


倍ぐらいのレベル差にアインスの身体はボロボロの状態。

 勝てる可能性など最初から無かった。


「それは出来ない。この身この魂までその全てがご主人様の所有物だ。ご主人様の許可なしにおまえに渡すわけにはいかない」


 アインスは力を振り絞って槍を構えた。


「ふん、くだらい……おまえの魂はフェンリルのもの、つまりは魔王様のものだ。おまえに所有権など最初からありはしない」


 グラータは槍を振り下ろした。

 抵抗するなら仕方ないと、死なない程度に痛めてつけて連れて行こうとした。





 だが、その槍先がアインスを傷付けることはなかった?


「魔王の持ち物ということなら問題ないな」


 アインスの前に刀を手にした主人が颯爽と現れた。


「俺が魔王だからな」

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