Ⅱ第五十二話 老婆
死霊の集団との戦いは終わった。
こっちには魔法使いが四人。それに補助として一人ずつ。それほど苦戦せずに勝てた。
それにしても、カリラが攻撃魔法まで使えたのはおどろく。
「カリラ、一年生は攻撃魔法を禁じていたはずです」
ミントワール校長が腰に手を当てて叱っている。
「でも先生!」
校長はうなずいた。
「今日だけですよ。そして、見事な魔法でした。よく頑張りました。花まるです!」
カリラが満面の笑みを浮かべた。この叱っても、その倍は褒めるという連続技。やっぱミントワール校長は最高の先生だ。おれも学校行こうっと。
「これ、どっちに行くかだな」
「見覚えのない道です」
ダネルとブルトニーさんが話していた。
「よし、もどろう」
おれの言葉に、みんなが意外そうな顔をした。だが、これはゲームで例えるならトラップ・ダンジョンだ。わからないまま進まないほうがいい。
もう一度ひとかたまりになり、さきほどの行き止まりまで戻った。
景色が瞬時に変わった。
「ここは……」
誰かが絶句した。気持ちはわかる。ここは最初のスタート地点だ。うしろを振り返ると、川べりの樹の下に止めた幌馬車が見える。
「これで、どうやって治療院まで行けって言うんだ」
ダネルが半ばあきれたような声を出した。
おれはリュックを降ろし、水筒をだす。
「ちょっと休憩しよう」
おれの言葉にみんながうなずいた。
おっ、そうだ、干し肉を入れてたはずだ。そう思ってリュックを探ると底にあった。
干し肉をかじろうとすると、ハウンドが足元に来た。少しちぎって渡そうとしたら、黒犬はぴょんとジャンプした。
「そっち、おれの!」
ハウンドは大きい方を取って行った。残った欠片を口に入れる。まったく……
「ひー!」
どこからか声が聞こえた! 振り返ると、馬車の近くに老婆が倒れている。老婆の近くには大鼠が一匹、にじり寄っていた。
「おばあちゃん、離れて!」
老婆は腰を抜かしたのか、動けないようだ。おれは腰の投げ紐を取る。
「黒~紐!」
振りかぶり投げた。大鼠の後ろ脚にかかる。
「捕縛!」
大鼠の動きが止まった。老婆の元に駆け寄る。
「おばあちゃん、だいじょうぶ?」
おれが老婆のそばに腰を下ろした瞬間だった。老婆はドン! と片手を地面につくとコマのように体をまわした。しまった! まわし蹴りがくる。
酒場でくらった暗殺者の蹴り。老婆だと思って安心しきってた。当然ケツも確認してない!
老婆の履いた靴が顔にくる。あの蹴りが顔面に当たる! そう思った時、下から急に上がってきた物体と老婆の靴が鼻先でぶつかった。
左を見た。頭上高く足を上げたティアだった。これは怨霊との戦いで四つ目カラスから救ってくれた時と同じ! ちがいは、今日のティアはスカートではなく、ハーフパンツだ。
「助かった。よく追いついたな!」
「暗殺者って、変身能力あるんでしょ。こんな時、こんな場所で人が倒れてるなんて都合が良すぎる。カカカが走り出す同時に、あたしも動いた」
すごい。そして、情報共有ができてる。グレンギース新所長の連絡網は完璧だ。
足を蹴り上げられた暗殺者は、すでに距離を取って態勢を立て直していた。
「子供は、引っ込んでおれ」
ティアの片眉が上がった。
「子供? もう十八になってますけど?」
老婆が笑った。
「その体形で十八とは。成長が止まっておるのか」
おっと、肩こりとは無縁の若者ティアが首をまわしたぞ。これは逆鱗にふれた。
「ババアに言われたくないわね」
ティアが老婆に向かって構えた。老婆があざけるような笑みを浮かべる。
「これは仮の姿。本来の姿は、小娘があこがれるほどの美貌よ」
「ババアの姿で言われてもね」
「ティア、本当の姿は若い女性だ。気を抜くなよ」
「カカカ! 見たことあるの?」
「ここの公衆浴場で、あっ……」
しまった! という前に言葉が止まった。老婆がこっちを睨んでいる。ついでにティアからも睨まれた。誤解です、おじさん痴漢じゃない。
「アタシの姿を見たのか」
老婆はカカカ軍団を一人ずつ見た。
「全員、殺せばよいか。なら、小娘、見せてやろう」
老婆がまっすぐ立ち、自分の顔を手のひらで覆うと姿かたちが変わった。
男が奮い立つような美女、というのがしっくりくる派手な顔と派手な身体だった。ただし、服は老婆のまま。特にモンペのようなズボンが最高に似合ってなかった。
「なんだ、やっぱりババアだ」
うわっ、エグいぞ、ティア。暗殺者の年は予想するに二十代後半か三十代前半。ティアから見れババアだけど。ほら、暗殺者がくわっと怒った!
ふたりが同時に動いた。暗殺者のまわし蹴り。ティアはそれを受けるか、と思いきや肘で上から叩き落とした! そのまま裏拳で暗殺者の顔を狙うが、相手は身をかがめかわした。
暗殺者がいったん離れる。蹴りを出した足を縮めたり伸ばしたりと、少し動かした。最初に蹴り上げられ、次に肘。足を痛めたか。
「やむを得ん」
暗殺者はポケットから石を取り出し、地面に投げた。それは白い石に黒い染みのような物がまだらに入った石だった。
「それは死霊石だ!」
ダネルが叫んだ。石から黒い霧が沸きたち人型になった。まじか! アラジンのランプみたい。死霊のランプってのもイヤだけど。
死霊がティアに向かう。同時に暗殺者も駆け出した。
おれは火炎石をポケットから出そうとしたが、それより早くティアが死霊へと走った!
「はっ!」
ティアが開いた手のひらを死霊にぶつけた。死霊がはじけ飛び、消えていく。
「なに!」
ティアに迫ろうとした暗殺者が急停止した。
「こ、小娘、何をやった?」
「あら? 年寄りは御存知ない。武道家でも霊は倒せるわ」
驚愕の顔をのぞかせたが、暗殺者はもう一つの石を自分の足元に投げた。
石からモクモクと煙が出る。煙石だ。
煙が風に流れて薄くなると、暗殺者の姿はどこにもなかった。
「ババア、意外に逃げ足が速いのね」
ティア、ちょっとの間でたくましくなった。っつうか、たくましくなりすぎだ。色んな冒険者のパーティーに入ってると聞くから、もまれすぎだろ。
みんなの所に戻ると、みんなも目を丸くしていた。前回に一緒に戦ったマクラフ婦人をのぞいて。
「ティアちゃん、だいじょうぶ?」
そのマクラフ婦人が声をかけた。
「はい。二発ぐらいなら平気で打てるようになりました」
「成長したわね」
にっこり笑う婦人の横で、ブルトニーさんの顔が一番おどろいている。
「修行をし直さねば……」
おいおい、お父ちゃんはソーセージ屋さん。修行より仕事をしようよ。
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