Ⅱ第五十三話 天然の勇者
「カカカ様」
グレンギース新所長からのロードベルだ。
「はいよ!」
「そちらの状況は、いかがですか?」
いかがとな? スタート地点に戻ってるとは言いずらい。
「もう少し、もう少しで治療院だ。そっちはどうだ」
答えはすぐに返ってこなかった。
「こちらは大丈夫です! カカカ様、どうか、お気をつけくださいませ」
それだけ言ってロードベルは切れた。
「グレンギースか?」
ダネルが聞いてきた。
「ああ、こっちは大丈夫だってさ」
「それ、大丈夫じゃねえな」
その通りだ。グレンギースの声は切迫していた。だが、あいつは優しいから、こっちに気を遣っただけだ。これは急がないといけない。
辺りを見まわす。この辺は前に見た景色と同じだ。本来なら、ここから治療院は近い。
問題は、この住宅街がトラップ・ダンジョンになっている事だ。ゲームの世界でもトラップ・ダンジョンは落とし穴で下の階に落とされたり、急にワープしたりと、やっかいだった。
クリアする方法も単純だ。トラップに一つ一つかかる。そしてそれをメモする。これを繰り返すだけ。一つ一つを覚えていくしかないのだが、今はその時間がない!
おれはみんなを振り返った。このパーティーは最強に近い。戦闘は、ほっといてもいいぐらいなのに、迷路のほうで時間を食ってしまっている。
いや、待てよ。戦闘をほっとく?
「そうか!」
思わず声が出た。
「なにか策でも思い付いたか、カカカよ」
アドラダワーに向かってうなずいた。
「おれ、戦闘に参加しなくてもいいですか?」
みんなが首をひねった。
「今、幻覚によって住宅街は迷路となってます。でもこれ、幻覚ですよね?」
アドラダワー院長がうなずいた。
「それなら、覚えてる通りに歩けば治療院に着くはずなんです。戦闘はみんなに任せて、おれは記憶を頼りに、ひたすら歩いてみようかと」
どうせなら、前を見ず、うつむいて歩いてみるか。まわりの状況も見ずに。よそ見すると余計な情報になるだろう。
「いい案な気もするが、こっち側から治療院まで行ったのか? ギルドは反対だぜ」
おれは一匹の口裂け犬を殺さなかった事。それを山すそまで連れていき逃がした事などを手短に説明した。
「妖獣をわざわざ……」
そう言ったのはブルトニーさんだ。
「変わってるのよ、この勇者は。それでできた仲間がチックとハウンドだから」
説明したのはマクラフ婦人。そんなに変わってるかな。
おれはハウンドを見た。ついでにチックを胸ポケットから出して肩に乗せる。まあ、たしかに妖獣を仲間にしてるのは、今のところ、おれだけ。いや、バルマーとエドソンもか。あいつらは死霊やアンデッドだが。
「無為な殺生をせん。それは、こやつを好きなわしの理由じゃの」
アドラダワーの言葉に首をすくめた。まあ、治療師は元の世界で言えばお医者さん。その意見はわからなくもない。
「さすが師匠、勉強になります!」
ニーンストンが言った。
「ふつう、お前の師匠はガレンガイルだろ!」
「だって、俺は隊長みたいな戦士って感じでもないですし」
ダネルがニーンストンの肩を叩いた。
「言われてみれば、ちょっと似てるか」
「嬉しい事を言ってくれますね」
「馬鹿、悪口だ」
悪口かい!
「勇者様、戦わないと言っても、攻撃が来たらどうされます?」
ブルトニーさんが聞いてきた。
「そこは、誰かが防いでください。おれは下を向いて歩き続けるので」
「下を向いて? この妖獣だらけのところで、怖くはないのですか?」
「いや、この面子なら、大丈夫でしょう」
みんなが見合った。なんだ? 変な事でも言ったか?
「この男は天然の勇者じゃのう」
「そう言われると、断れないわよね」
ブルトニーさんが、おれの前で両拳を合わせた。
「私が勇者様の前を歩きましょう。この拳にかけて、あなたに指一本ふれさせません!」
なんだかわからないけど、ものすごく武道家の心に火をつけたみたいだ。
おれを囲むようにして、隊列を組む。
「では、お願いします。おれの歩く速度に合わせてください」
おれは下を向いて歩きだした。
「いやあ、昨日は四杯でやめときゃなぁ。五杯目が余計だった」
隊列が止まった。みんながキョトンとして、おれを見ている。
「ああ、これ、その日、ここを通る時に思ってたことですね」
はいはいって感じの白けた顔で、みんながまた歩き始める。よし、行くか!
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