Ⅱ第四十三話 連絡網

 アドラダワー院長は、矢継ぎ早にロードベルの魔法を使った。


 何人かと連絡を取ったようだ。


「ここにいても危なかろう、ギルドへ行くぞ」


 ギルドか。では、さっき連絡を取ったのはマクラフ婦人か?


「さっきの結界球、まだ使えるな」


 ダネルが言った。おれは少し考え、首をふった。


「いや、使わずに行こう。この治療院が襲われるとまずい。出て行くところは、わざと見せる。その後で尾行があれば巻いてやろうぜ」


 すぐに出ようかと思ったが、アドラダワーは着替えてくるという。院長は今、白いドクターコートを着ていた。この治療院にいる時は、いつも白いドクターコートを着ている。


 その間にダネルが馬を馬車につないだ。待っていると、白いドクターコートではなく、黒いドクターコートに着替えたアドラダワー院長が来た。


「おれのマントと一緒ですね」


 アドラダワーがうなずいた。


「行きがけにミントワールを拾うぞ」


 校長も来るのか。


 ダネルが御者台に乗り、おれと院長は箱馬車の中に入った。


 馬車が動き出す。治療院の前に止めてある怪しげな馬車。その横を通り過ぎたが、人がいるのかはわからなかった。


 車内でもダネルが手綱を叩いている音は聞こえた。かなり飛ばしている。これなら追ってくる物がいれば、そいつも馬で飛ばさないと無理だろう。


 箱馬車の扉を開け、うしろを見てみる。追ってくる者はいないようだ。


「ミントワールが乗るまでもなく、超過人数じゃの」


 一瞬、意味がわからなかったが、この箱馬車は四人乗りだ。乗っているのは、おれとアドラダワー、それにチック、ハウンド、オリヴィアの仲間。すでに五人か。


 オリヴィアは意外にも、おれの横で座席に座るような格好で漂っている。


「まさか、精霊と相席する日が来るとはの。お主とおると、あきんのう」


 それ、似たようなセリフをダネルに言われた覚えがある。おれは普通に暮らしてるだけなんだけどなぁ。


 しみじみ思っていると、馬車の揺れがおだやかになり、やがて止まった。


 ガチャッと扉を開けたのは、ミントワール校長だ。


「みなさん、ちょっと詰めてくださる?」


 アドラダワーの横にいたハウンドに、足下へ来るように指示した。空いた席にミントワール校長が大きなお尻を収めた。


 ダネルの掛け声が聞こえ、馬車がまた走り出す。


 今日のミントワール校長は「いかにも魔法使い」といったロングフードを着ていた。色は、これも奇遇に黒だ。


「みんな黒装束で、なんだか、こっちが悪役ですね」


 おれの冗談にアドラダワーとミントワールが笑った。


 おれの以前は灰色のマントだったが、偶然にも、ダフにもらった黒いマントで良かった。これで、おれだけ灰色だったら仲間外れだ。


 ミントワールの腕に銀の腕輪が見え、おれは聞いてみたかった事を思い出した。


「校長、その腕輪、蛇口ですか?」


 ミントワール校長は腕をめくって見せてくれた。


「そうですよ。冒険者の時に魔導書を持ち歩くのがおっくうで」


 なるほど。確かに、大きな魔導書を持って戦うなんて面倒すぎる。


「ひとつ謎なんですが、蛇口は一人に一つ、でしたよね」

「ええ、そうです」

「アドラダワー院長の数珠、それって一つどころじゃないですよね」

「これか」


 院長は首から数珠のネックレスを外した。おれのほうに差し出してくる。


「えっ、持っていいんですか?」


 院長がうなずくので、受け取ってまじまじと見る。近くで見ると、摩訶不思議なことに気づいた。これは数珠じゃない。球はくっついてはいるが、数珠のように糸を通してなかった。


「赤と黒の石があるじゃろう」


 数珠の中に、赤色と黒色のまだら模様が浮かぶ球を見つけた。


「それは、くっつき石と言うての。つまり魔法でくっつけておる。全体を一つとして、わしの魔力と結びつけておるのじゃ」


 なるほど。


「さすが、大賢者らしい発明ですね」

「どちらかというと、屁理屈じゃな」


 自分で言ってら。おれは褒めたのに。


 しかしおそらく、この二人は島で一番と二番の博識だろう。それが周りにいるという幸運なのに、おれはこのままでいいのだろうか。


「あの、お二方」


 あらたまった言い方に、アドラダワーとミントワールが不思議そうにおれを見た。


「この件が片づいたら、おれに色々と教えてもらえます?」

「なんじゃ、診察が必要か?」


 アソラダワーが手をおれにかざした。


「そうなんです。病気で。ってちがう! ちょっと色々、学ばないとなって思ったんですよ」


 ミントワールは、大きくうなずいてアドラダワーを見た。


「ほら、言ったでしょう、アドラ」

「むぅ。ミンティが正しかったの」


 なんの話? おれがきょとんとしていると、アドラダワーが話してくれた。


「お主が学校に行かなくなったからのう。わしが渇を入れてやろうとしたんじゃ。それをミントワールが止めての」


 なんとまあ。そんな話が繰り広げられてたのか。


「無理して学んでも、意味はありませんのよ。学びたい時に学ぶ。それが一番ですわ」


 おっと、アドラダワーが名医だと思ってたら、名教師もいたのか。ある意味、宝の持ち腐れだな、おれって。


「はい! では覚えている魔法の名を列挙して」

「ええ! 今ですか!」

「学びに、時と場所は関係ありません!」


 おれが頭をしぼって三十ほどの魔法名を言い、アドラダワーが「まだその程度か!」と呆れた顔をしていると、馬車は西の港町にあるギルドに到着した。





 

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