Ⅱ第三十六話 ちがいのわかる男

 オリヴィアを常時、出しておく事にした。


 周囲をビックリさせてしまうだろう。そんな軽い覚悟だったが甘かった。


 一週間のうちに、数多くの人がおどろいた。乗り合い馬車に乗ろうと手を挙げたが、乗車拒否されたのが三回。野鼠亭では、おれらを見てグラスを落とすやつもいた。


「ひっ!」とおどろかれる回数は、もはや多すぎて数えていない。


 ギルドに入った瞬間の「シーン!」となる光景は、毎朝の恒例行事だ。


 ダネルが結界球を持って帰るまで、ギルドの依頼をこなした。


 ダネルは言葉通り五日で帰ってきた。だが、今回の結界球は高価な物であるので、三日かけて中身を調べるらしい。


 なんか、魔法石に込められた力を測る道具があるそうなんだが、測定に三日かかるそうだ。


 しょうがないから、またギルドの妖獣退治で日を潰す。住宅街からの依頼は多かった。やっぱり道の結界が壊れているので妖獣が入ってきちゃうらしい。


 早く結界を直せばいいのに、住民局め、仕事してねえな。網元のロイグ爺さんが怒るはずだぜ。




「しかし、暇だな」


 おれはハウンドに向けて言った。


 住宅街の一角にある一軒家。その庭先にいた。


 おれらの前方にはチックとオリヴィアがいる。


 チックがバシュッ! と光の槍を打ち、オリヴィアがドギャーン! と光の柱をぶつけた。これで、だいたいの妖獣は倒せるのだ。


 庭に侵入した二匹の大鼠は、あっさり倒れた。依頼主からサインをもらい、ギルドに向かって歩き出す。


「ハウンド、そんな先に行くなよ」


 仲間の黒犬は機嫌が悪いようで、おれの先を歩いている。


 機嫌が悪いのは、いくつか理由がある。こいつにとって「狩り」である妖獣退治に出番が少ない。それから、おれの背後にオリヴィアが立っているので、いつものように左の足下に居づらいからだ。


 ハウンドに「待て待て」と注意しながらギルドに戻った。重い扉を開ける。おれが入っていくと、ギルド内にいた冒険者が話すのをやめた。


 これでも慣れてきたほうだ。初めてオリヴィアを連れて入った時は、のきなみ冒険者は手にした依頼書の紙を落とした。


 こっちを見る冒険者たちを無視し、マクラフ婦人の窓口に行く。婦人はうつむいていた。


 オリヴィアを連れ歩くようになって、良い事もある。それがこれだ。


「婦人、笑いすぎですよ」


 マクラフ婦人がうつむいているのは、笑いをこらえるためだ。


「だってね、いかにもって感じの男たちが、女の霊ひとつで縮こまってるのよ」


 うしろをチラ見した。確かに、筋肉ムキムキで、毛深くて、臭そうな冒険者たちはオリヴィアを見て青ざめている。


 達成した依頼書をリュックから出し、婦人にわたした。婦人はそれにハンコをつき、報酬を差しだす。


「オリヴィア」


 マクラフ婦人がおれの仲間を呼び、手を伸ばした。背後に浮かんでいたオリヴィアが前に回りこみ、婦人の手をさわった。


 ふたりの手が一瞬光った。魔力の受けわたしだ。マクラフ婦人の提案で、オリヴィアが魔法を使った時は回復してくれる事になった。精霊となってしまった彼女に触れておきたいのかもしれない。


「こいつにも、いいですか?」


 おれは胸ポケットから、もう一匹の小さな仲間を出した。


「もちろんよ、ねえ、チックくん」


 チックの背中を婦人が撫でた。婦人の手とチックが小さく光る。


 見た目が赤サソリの仲間は、ハサミを振り上げ、カクカクと体を揺らした。喜んでいるのか、魔力をもらうと気持ちがいいのか。


「そうだわ、ダネルが後で来て欲しいって」


 そうか。結界球の検査が終わったかな。


 それはそうと、そんな伝言を頼めるほどの仲なのか、ふたりは。


「あっ、この前、一緒に飲んだのを言っておきましょうか?」


 ダネルは気にするようなやつじゃない。でも、ふたりが付き合っているのなら、おれから言っておくのも「大人のたしなみ」ってやつだろう。


「なぜ?」

「なぜって、ダネル以外の男性との飲みですから」

「彼と飲んだ事はないわ」


 おいおい、ダネル。


「飲みにも、食事にも、誘われた事はないわ。ここに立ち寄って話はしていくけど。あとはたまに花をくれたり」


 ダネル、お前は小学生か! いや、小学生のほうがしっかりしている。カリラは「カカカを守ってあげるね!」って言ったぞ。


 マクラフ婦人は少し複雑な顔をして、胸元で揺れる小さな花のネックレスをさわった。


 婦人も婦人で、奥手だな。おれだったら、すぐ近寄るね。鼻の下は伸びてると思うが。


 そんな事を思いながら婦人に礼を言い、出口に行こうとしたら鼻の下が伸びた。おれの前に女戦士が立ち塞がったからだ。銀色のピカピカな鎧を身につけ、めっちゃ美人。


「敬意を表して握手してくれないか?」


 女戦士は大げさに言った。敬意? バルマーの件だろうか。ともかく差し出された手を握る。女戦士なのでスベスベではないが、しなやかな手だった。


「あのう、どうです、近くに野鼠亭っていう・・・・・・」


 思わず上ずった声を出した時には、もう女戦士は背中を向けて歩きだしていた。がっくし。おれは肩を落としてダネルの防具屋に向かった。




 ダネルの店に行きながら考えた。


 どうも最近、たまに女性の視線を感じる。それはオリヴィアを見たからだと思う。だが、おどろいている感じでもないのだ。


「あのう・・・・・・」


 声をかけられた。若い女性ふたりだ。


「はい」

「手を合わせても、いいですか?」

「手を? いいけど・・・・・・」


 女性ふたりはオリヴィアに向かって手を合わせた。なにこれ? ふたりは手を合わせると、満足そうに去って行った。


「ダネル、来たぞ」


 おれはそう言いながら防具屋の扉を開けた。


「おう。なんだ、眉間にシワ寄せて」

「ああ、さっきオリヴィアを拝まれてな」

「ほう」

「若い子の考える事が、さっぱりわからん」


 最近の若い子に、精霊が流行ってるとか? おじさん、さっぱりわからんな。


「そりゃ、おめえが伝説だからよ」

「伝説?」


 それはないだろう。おれの伝説は、どれもこれも、ろくでもない。


「悲運の死を遂げ、死霊になった女がいた。そこへ通りがかった勇者が呪いを解いた。死霊はやさしい勇者に恋をした。人の心を取り戻した死霊は、恋の精霊へと生まれ変わりましたとさ」


 おれは口をポカンと開けた。死霊を倒した噂は、そんな尾ひれがついてしまったのか。


「人の想像力ってな、すげえな」

「だろう、俺が考えてやった」


 お前かい!


 まあ、それで怖がられないのなら、いいのか。


「いや、よくねえよ! それ、おれと精霊が付き合ってるみたいじゃん!」

「そうだな。やはり伝説の勇者は、恋人もひと味ちがうぜ」


 勇者カカカ、ちがいのわかる男。って、わかりたくねぇよぉぉぉぉぉ!

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