Ⅱ第三十話 いろり端の作戦会議
先日と同じ囲炉裏を囲んで、ロイグ爺さんと飲む。
飲むのはエールだ。ほっとした。今日も高そうなワインが出たら、おれは味も何もわからないと思う。
酒の肴は、囲炉裏で焼く貝や干物だ。まずいわけがない。食うのに夢中になりそうな自分を止め、おれの話をした。
バルマーがギルドの局長だったこと。石切場の地下道にアジトがあったこと、また、そこでの戦いなどを話した。
おれが違う世界から来た、なんて事や、あまり話さないでいい事は黙っておいた。
「なるほどな。石切場の山が崩落したのは、そんな事があったか」
ロイグ爺さんは感心したように腕を組んだ。
「この話は知りませんでした?」
「おう。死霊やアンデットの群れを一掃したのは、犬とサソリを連れた勇者。そんな噂があるだけだ」
おれの噂って、その程度か。少し安心する。
「しかも、ギルド局長とはな。おれの耳に入らねえわけだ。筋が違いすぎる」
うんうん。やっぱり、その筋の人だよね。
「それで、暗殺者について、何か知ってますか」
「それが、まったく知らん」
イスからずり落ちそうになった。
「勘違いするなよ。この島の裏事情なら、まずおれの耳に入る。それが知らねえんだから・・・・・・」
そうか。考えてるよりやっかいなのか。もっと根は深い? あの治療院を潰したいとか? いや、メリットが何もないな。
「まあ、何かわかったら、教えてやるよ」
「ありがとうございます。おれ、近頃はいつも治療院にいますので」
ロイグ爺さんが嫌な顔をした。
「治療院は嫌いなんだがな。近づくと病気になりそうだ」
それも極端な意見で笑えた。
「おれへの急な用事なら、ギルドの窓口にいるマクラフって人でも」
「マクラフ。ああ、よそから来た美人姉さんだな」
姉さんかな? まあ、それはともかく、事情通なのは確かなようだ。
「じゃあ、最近は、治療院の警護ってわけだ」
「あ、いえ、山の調査をしてまして」
「山の調査?」
おれはミントワール校長の助手として、山の調査をしている事、そしてその原因が中央山脈にある事を説明した。
ロイグ爺さんは、もう一度、腕を組んだ。
「おめえ、この島の問題にことごとく絡んでんじゃねえか?」
「そ、そうですかね?」
バルマーはともかく、単に山の調査だ。そう思ったが違った。
「このあたりもな、えれえ迷惑してる」
「このへんにも下りてきますか!」
「ああ、漁師の家なんかは干物を作るだろう。荒らされて、困ってるところだ」
なるほど。吊したり網に並べて干す魚は、かっこうの餌だ。
「おい!」
びっくりした。若い衆が飛んでくる。
「ちょっとウイスキー持ってきてくれ」
「ロイグさん、いいですよ」
「いや、よくねえ。勇者さんには頑張ってもらわねえとな」
それは確かに。このあたりまで被害が出てるとなると、急がないと。
「わたしだけど」
おっと、そう思ってるとマクラフ婦人だ。さっき噂したところだ。
「あの依頼、どうなった? サムデューが気にしててね」
いけね。いろいろあって終了後の報告をしていない。新米交渉官、まだ気にしてるのか。
「無事、終わりました。明日にでもギルドに行きます」
「そう。それから、カカカが募集をかけた依頼なんだけど」
おお! もう来たか。
「誰も来ないわ」
がっくし!
「報酬が安すぎましたか?」
「それより依頼人が、あなたって事が問題ね」
「お、おれですか?」
おれは悪い事もしてないし、えらそうにもしてないぞ。
「あなたほど何度も死にそうになってる人、いると思う? 冒険者はみんな、あなたの名前を見て尻込みするわ」
それを言われると、返す言葉はない。
「了解しました。もうしばらく、貼っておいてください」
「わかった」
マクラフ婦人のロード・ベルが切れた。
「どうした?」
ロイグ爺さんが氷とウイスキーの入ったグラスを差し出してくる。これ、高くないといいけどな。そんな事を思いながら受け取る。
「いえ、10人ほど冒険者を募って調査に行きたかったんですが、どうやら集まらないみたいで」
ロイグ爺さんは口の端で笑った。
「だらしねえ、と言いてえとこだが、中央の山となると、わからんでもねえな」
この人でもそう思うのか。なら、無理もないか。
「人が集まらねえとなると、次はどうする?」
次かぁ。
「結界球でも、落ちてないですかねぇ」
冗談を言い、ウイスキーを飲んだ。うまい。値段を聞くのはやめておこう。
「結界球? ああ、姿を隠して行くか。そりゃ名案だ」
「ええ、落ちてればですけどね」
おれは笑ったが、ロイグ爺さんは笑わなかった。
「うん? 依頼元はオリーブン城だったよな?」
「そうですが」
「なら、やつらに払わせりゃいいだろ」
ロイグさんは、やっぱり金持ちなのか。常識が抜けてる。
「いえいえ、さすがに断られましたよ」
「まさか、表から頼んでねえよな」
おれはウイスキーを飲もうとした手が止まった。
「表?」
「おめえ、常識ってもんがねえのか。普通に城に頼んで、やつらが動くわけねえだろ」
おれの常識は、どうやら異世界では通用しないみたいだ。
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