Ⅱ第十六話 道具のお取り寄せ

 ダネルの親父さんに礼を言い、山小屋を出た。


 客ではなく、いつでも来ていいと言われた。お言葉に甘えて、しょっちゅう来よう。


 人里に動物が下りるのは、中央の山脈になにかある。それも東山の大渓谷。調査する必要があるが、もう少し山に慣れてからのほうがいい。


 山の装備をととのえる必要がある。道具屋のダネルに相談だな。言いたいこともあるし。


 おれは乗り合い馬車に乗った。西の港町を目指す。


 馬車に揺られながら、思い出してリュックの中を探す。あった。ニーンストンにもらった行方不明者の書いた紙。


 オリヴィアが書かれた紙を読み直した。外見の特徴や経歴が書かれてある。両親の名前を見ようと思ったら、捜索願を出しているのはオリーブン城の魔法局だった。


 魔法局に行って聞いてみるか。いや、ニーンストンに聞いた方が早いな。院長の暗殺未遂も相談したいし。


 山の調査、院長暗殺の調査、それに生前のオリヴィアの調査。うへぇ、ほんとに「刑事カカカ」になっちゃうよ。


「わたしだけど」


 空中からそっけない女性の声が聞こえた。マクラフ婦人からの遠隔魔法「ロード・ベル」だ。


「はい、こちら特捜一課のカカカ」

「意味がわからないわ」

「流してください。なんでしょう?」

「火急の案件があるの」


 火急か。行ってあげたいけど、忙しいんだよなぁ。


「じいさんばあさんですか?」

「いいえ。町の住人から」


 それなら、無理しなくていいか。


「ちょっと忙しいので、ほかを探してみてくれます?」

「わかったわ」


 じゃあね、とか、またね、とかもなく、ロードベルは切れた。幸運の女神はいつもどおり、安定の不機嫌だ。


 ダネルとどうなってんのかな。気になる。気になるけど聞けない。重かったり、真剣だったりするほど、他人の恋は聞けないや。




 二時間ほど馬車に乗り、西の港町に着いた。


 ダネルの防具屋に寄る。


「よう、おねしょ小僧」


 入ってすぐに声をかけた。ダネルは、カウンターの後ろにある引き出しをがさごそとしていた。その動きが、ピタッと止まる。


「親父の野郎、言いやがったな」


 ダネルが怒って振り返る。


「お前こそ、さきに言えよ。あせったぞ」

「ああ、言いだしにくくてな」

「なんでだよ」

「ちょっと変わりもんだからな」

「お前ら三兄弟が言うことか!」


 ここに来てひらめいた。あの並んだ小さな小屋は、兄弟の部屋だったのではないか。そうなると、まるで三匹の子豚だ。


「ダネルは、どの小屋だったんだ? おれの寝た小屋かな」

「んん? ああ、俺ら三兄弟はあそこで暮らしちゃいねえ。ここよ」

「ここ?」


 聞けば、昔は親父さんが営んでいたらしい。人を使って武器屋、防具屋、道具屋を一手にすることで、かなり儲かったらしい。


「となりの倉庫が、かつての住居よ」


 なるほど、そういうことか。三つの店とつながる倉庫。便利そうだが、へんな造りだとも思った。


「母親が死んで、やる気がなくなったみたいでな。店をそれぞれに継がせ、自分は山奥に隠居というわけさ」


 そういやバフ爺さんは一人暮らし。それも長い一人暮らしの様子が見て取れた。


 あっ、一つ思い出した。ティアの母親が早くに死んだという話の時、こいつは涙ぐんだ。自分と境遇が近かったからか。


「あっちの世界も、こっちの世界も、人生いろいろだな」


 おれは思わず天井を見上げて、ため息をついた。


「なに、年寄りみてえなこと言ってんだよ」

 

 それは言える。おれは気を取り直して、山の装備品を頼むことにした。さすがダネルの店、コンパスは店内にあった。それに長い縄やランタン。


「おー、ついにランタンかぁ!」


 昔の登山者が使うようなランタンだった。持ち上げ、しみじみ眺める。


「ランタンで何言ってやがる」


 こいつにはわからないだろうが、RPGの序盤では金がないから松明ばかり。ランタンを使うようになると、おれも金持ちになったなぁと思ったものだ。


「ほかに何がいる?」


 おれは、バフ爺さんの山小屋で起きたことを話した。中央の山脈から動物が大挙して逃れてきていることや、熊のこと。


「熊か。親父、だいじょうぶか」


 心配するダネルが微笑ましかった。


「しかし、山脈か。山の深くなら何が出るか、わかったもんじゃねえな」


 それだ。小さな島と言っても、人が住んでいる場所のほうが圧倒的に小さい。ほとんどは未開の地なんだ。


「煙玉を箱ごと持ってくか」


 ダネルが笑いながら言った。もちろん冗談だ。山の中で煙なんて上げれば、人間がいると知らせるようなもんだ。


 しかし、待てよと。これは、レベルが違うダンジョンに行くような話だ。なら、必要なアイテムは?


「ダネル」

「おう」

「結界石ってあるよな」

「ああ、数は少ないが今すぐでもあるぞ」


 結界石とは、自分のまわりに結界を張り、姿を見えなくする魔法石だ。


「あれの、長時間続くのってないのか?」


 カウンターに腰かけていたダネルが、腕を組んで唸った。


「ないのか?」

「ない、いや、ある」

「どっちだよ」

「魔法石ではない」


 どういうことだ?


「魔法球」

「まほうきゅう?」


 変化球か? 分身魔球みたいな。


「これは魔法石とは呼ばず、魔法球、と呼ばれる道具のたぐいだ」


 おお、道具の話だった。


「力を込めた石、それは丸くなるほど、力は跳ね上がる」

「それで球か」


 ダネルがうなずいた。


「完全なる球の形に近づいた時、威力は膨大だ」


 アドラダワーの数珠。聞いて思い出した。いろんな色の球が連なったネックレスだった。小さくてもパワーがあるのは、そのためか。


「じゃあ、結界石ならぬ、結界球か。見せてくれ」

「店には、ない」


 ないんかい!


「だが、俺のツテをたどれば手に入らないこともない」


 おお、さすがダネル。


「でもそんな大げさな道具、高いんじゃね?」

「ああ、三時間ぐらいの結界球を見たことがある。5万ゴールドぐらいだな」


 ごっ!・・・・・・開いた口が塞がらない。500万円だ。だめだこりゃ。50万の仕事もらって、500万使ってりゃ世話ない。


「いい案だと思ったんだけどな」

「相手次第だな」


 相手? この依頼には敵がいない。なら相手ってのは依頼主のことか。ひょっとして!


「経費計上させろってか!」


 ダネルは、にやりと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る