Ⅱ第三話 再編成されたギルド
あくる朝、巨大ダコの報告をしにギルドに向かう。
家から出た時に女霊はいなかった。良かった。このままどっか行ってほしい。
ギルドの前に着き、扉の前で止まる。一度アンデッドに壊された扉だ。あとで付け替えた扉は、重厚でツヤのある木の扉だった。けっこう威圧感がある。
なんだか元の世界で言うと恰好つけたバーと同じだ。重厚そうな扉ってのは、入る人を拒絶している印象がある。これは新所長のグレンギースあたりの趣味なんだろうか。
重い扉をあけると、ギルド内にいた冒険者がふり返って止まった。くそ、やっぱ噂は広がってるな。
あつまる視線は無視した。マクラフ婦人の窓口に並ぼうと思ったら、カウンターの中から若い青年に声をかけられた。
「カカカ様、どうぞこちらへ」
応接室に通される。椅子に座ると同時に、青年が口をひらいた。
「サムデューと申します。カカカ様の担当を仰せつかりました」
なるほど。グレンギースが所長になったから、その後任の交渉官か。
「若いな。いくつだ?」
「はい、二十一になりました。あの有名なカカカ様を担当させていただけるとは……」
「ちょっとちょっと、交渉官」
おれは交渉官の言葉を止めた。
「おれは有名でもなければ、なんでもない。普通の勇者。でしょ?」
「はっ、そうでした!」
若者は気をつけをして頭を下げた。悪い人ではなさそうなんだが、困ったな。
「カカカ様宛の依頼がきております」
サムデューから依頼書を受け取り、それを見ると椅子から落ちそうになった。依頼主がオリーブン城だ。言ったそばからこれか!
「あっ、これは全冒険者に向けた依頼です。ぜひカカカ様にと思って」
そういう事か。
「迷いの小路?」
依頼書には、その調査と書かれてある。
「はい。道に迷う区画があるとの事です」
「それ、いつから?」
元いた世界の小豆島にも「迷路のまち」という観光スポットがある。それのパラレルワールドかと思ったら違うらしい。ここ一週間で起きた出来事のようだ。
「まあ、とりあえず、見てみるよ」
「はい、ではマクラフに判子をつけてもらいます!」
そう言って交渉官は出て行った。
おれはマクラフ婦人からしか依頼は受けない。それはすでに聞かされているようだ。でも、婦人の判子が幸運なんじゃなくて、あの窓口が幸運なんだけどな。
依頼書を受け取り、ギルドを出る。
出がけにマクラフ婦人がこっちを見たので、依頼書を持った手を振っておいた。婦人が不愛想にうなずく。相変わらずだねえ。
聞いた場所は、街の外れにある住居地区だ。
同じような白い漆喰と、青い屋根の家が並んでいた。
石畳の道を進む。人の気配はなかった。大半の人が、今は
ゆるい坂道があったので登ってみる。
高台から家々の青い屋根をながめた。やはり、特に変わったことはない。
サムドゥーの説明では、夜のほうが迷う確率が高いと言っていた。夜に来ないとダメかもしれない。
よし帰ろう。そう思って振り返り、立ち止まった。目の前に坂がある。はっ?
おれは坂道を登ったはずだ。なぜか坂の下にいる?
まわりを見る。瞬間移動したほかは、何も変わりなかった。
「ハウンド、何か感じたか?」
おれの左側を歩くハウンドに聞いてみる。ハウンドは首をひねった。おれの言っている意味がわからないようだ。
この犬の鼻にも反応なしか。こりゃ、やっかいだぞ。このあたりの地域だけ異世界化してるのか?
・・・・・・ん? 小豆島が異世界化したオリーブン共和国が、さらに異世界化すんの? それダイジョブなん? なんかSF映画とかだと世界崩壊の前ぶれ、とかそんなのなかったっけ。
恐る恐る、もう一度、坂を登った。おれ消えたりしないよね?
今度は何も起きない。おれは大きく息を吐いた。なにげに怖い。
そのあと、延々とあたりを歩き続けてみたが、現象は起きなかった。日がかたむき始めたのであきらめて帰る。
家へ帰る前に「
憲兵が集う酒場だ。あの騒動から来ていないので、ずいぶん久しぶり。
しかし前は思わなかったが、憲兵が集まる場所が「ネズミ」なのはいいのだろうか? まあ、かと言って「野犬亭」もいやだが。
その野鼠亭に入っておどろいた。閑古鳥が鳴いている。客は三人程度だ。
そういや、バルマーとの戦いで憲兵隊は壊滅した。新しい隊員は増えているとは聞く。だが酒場に来るような余裕が生まれるには、まだまだ時間がかかるんだろう。
会いたかった男はカウンターで一人飲んでいた。三番隊の副隊長、ニーンストンだ。
「よう、ニーンストン」
「カカカさん!」
ニーンストンが嬉しそうに笑った。隣の席に座る。エールを一杯頼んだ。
「カカカさんからも言ってくださいよ、隊長に戻ってきて欲しいって」
ニーンストンの気持ちはわかるが、おれは受け流した。
グレンギース新所長から聞いた話だが、隊長から降格した者が、もう一度上がることはないらしい。たしかに憲兵は公職だしありそうなことだ。前にいた世界でも、降格した警察官は一生出世しないと聞いたことがある。
ガレンガイルは、この島で一番の腕だろう。そんな男が下っぱの憲兵というのも悲しすぎる。
それより、おれは死霊が出た話をした。仲間にできる可能性があるのは黙っておく。これ以上、変態に思われたくない。
「では、はぐれた妖獣がいるかもと?」
ニーンストンの言葉にうなずく。それから死霊は若い女性だった。おぼろげだが長い髪や、すらっとした輪郭が見えた。容姿を伝えると行方不明者から調べておくと言う。
「バレないようにやれよ」
これ以上、おれのせいで憲兵をやめるヤツが出たら大変だ。そう思ったがニーンストンの言葉は違った。
「相手はカカカさんですよ! 誰も何も言えませんよ、救国の英雄に」
おれは手を挙げてニーンストンを黙らせた。カウンターの中にいる野鼠亭の店員が見ていたからだ。
しかし憲兵内部にも噂は広まっているのか。なんだかやりやすいような、やりにくいような……。
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