Ⅱ第一話 大ダコ退治
「ハウンド下がれ!」
おれは仲間の黒犬に怒鳴った。
地引網の中からずるり、と茶色いヌメヌメした物が動き出す。
ここはオリーブン共和国。その北西の端にある砂浜。元の世界なら、小豆島の漁港があったあたりだ。
くねくねした足が動き出した。
「これ、”大”じゃねえよ!」
おれは悪態をついて剣を抜く。
「ロードベル」という通信魔法で受けた火急の依頼だ。通信では「漁師の地引網に大タコが引っかかった」と聞いた。
大タコというから、2~3ⅿの物を予想していた。こいつは10mは超える。巨大ダコじゃねえか!
足の一本がしなってこっちに来る。とっさに盾を構えた。しかし盾ごと吹っ飛ばされた!
ころがって起き上がる。盾を拾おうと探した。木製の盾は真っ二つに割れている。くそっ、安物にするんじゃなかった。
バルマーとの戦いで借りた銀鉄の盾。あれは軽かった。戦いが終わると、あっさり返せと言われた。ダンのけちんぼめ。
上着の隠しポケットから火炎石を出す。巨大ダコの頭に向けて撃った。
火の玉は、タコの大きな頭に当たるとツルッと滑って方向を変えた。波打ち際に落ちてジュン! と消える。ウソん。
巨大な足がうねうね同時に動く。胴体までおれのほうに向かってきた。やべえぞ!
「構えー!」
うしろから男の大声がした。
「
声とともに何本もの
どすどす! と巨大ダコに刺さり動きが止まった。今だ!
おれは駆け寄って思いっきりジャンプした。巨大ダコの頭に剣を突き刺す。着地したら、タコの足を踏んですべった。砂浜に頭を打つ。痛え。
巨大ダコはしばらく動いていたが、やがてこと切れたかのようにグニャリと沈んだ。
「わけえの、一人は無茶だ」
ドスの効いた低い声に振り返る。屈強そうな爺さんがいた。
「網元、どうやらこれ一匹みてえです」
駆けてきた青年が言った。みな肌が黒い。潮焼けなのか? では、このあたりの漁師さんたちか。そして網元と呼ばれた爺さんは漁師の元締めか。
爺さんは「漁師」というより「フィッシャーマン」と言うほうが似合いそうだ。白髪交じりだが短い金髪。彫りの深い顔には、深い皺が刻まれている。
その時、死んでいたはずの巨大ダコがぐらりと頭を持ち上げた。巨大ダコが頬をふくらませる。毒か!
「あぶない!」
おれは爺さんを突き飛ばした。液体が降りかかる。とっさに瞼をつぶり目を防御した。
うん? 体液をかけられたが、痛みもないし痺れるようなこともない。おれは目を開けた。
両手が真っ黒になっている。なんだ、タコの墨かよ!
「がはは! いい男二人が台無しだな」
突き飛ばした爺さんは怒ってないようで、全身真っ黒になっているおれを笑った。
「二人?」
おれは足元を見た。ハウンドのことか。黒犬も墨を全身に浴びたようだ。もともと黒い毛なみだが、ペンキ塗りたてのように黒光りしている。
「よし、うちで風呂入ってくか!」
そう言って歩き出した。有無を言わさない人だな。おれの苦手なタイプ。
その家は歩いて五分ほどの所にあった。
石造りで大きな平屋だ。ほかにいくつも離れがある。
「あっちに風呂がある。まあ、話はそれからだわな」
爺さんが離れの一つを指した。
「客人、こちらへ」
若い衆が現れ、おれを案内してくれた。
風呂は広かった。大人四人が同時に入れるだろう。おまけにハウンド用に木のタライまで用意してある。
もうひとりの相棒である赤サソリ、チックくんは脱衣所で待機だ。おれの胸ポケットにいたので汚れてない。それに風呂に入って茹でエビみたいになっても困る。
ハウンドが暴れたらどうしよう、そう心配したが、何も言わずともタライに入りおれを見上げる。ああ、洗えってことね。
おれは湯船から湯を移し、ハウンドの体を洗った。
うん、これ順序おかしくない? 主人のおれが先だろう。
一通り汚れを落とし、最後に湯をかけるとブルブルブル! と、おれにはお構いなしに体を震わせた。
「おいおいおい!」
扉の前に立って振り返る。開けろと。
「はいはい、仰せのままに」
おれが戸を開けると満足げに出て行った。
ほんとあいつ、主従を間違えてる。でも、あいつのほうが強いし。いつかおれの方が捨てられる気がするわ。
自分も風呂をゆっくり楽しみ、脱衣所に出る。
男物の服が用意してあった。この国の定番、うす茶色の麻布服だ。
用意の良さに感心しながら服を着て外に出る。びっくりした。さきほどの若い衆が待っている。
「客人、こちらへ」
母屋の方に案内された。
入ると広い土間があり、中央に大きなテーブルがあった。そのテーブルには囲炉裏が付いている。
テーブルの脇には木の椅子が二つあり、一つにフィッシャーマンの爺さんが腰かけていた。
「おう、さっぱりしたかい」
爺さんがアゴをしゃくった。こっちに座れって意味だろう。
椅子に座り、肩のチックはテーブルではなく足元のリュックに移動させた。
テーブルの中央には囲炉裏がある。チックに熱がこないほうがいいだろう。
爺さんが、そんなおれの動作を見つめていた。年は70ぐらいだろうか。ガタイもよく彫り深い顔立ち。昔のヤクザ映画なら、間違いなく組長にキャスティングされそうだ。
「噂は本当だったようだな」
「噂?」
おれは首をひねった。爺さんは太い腕を組み、おれの足元にいた黒犬を眺める。
「このオリーブン共和国を救ったのは、一人の勇者。サソリと犬を連れていると」
その話か。おれは何も答えなかった。ギルドランクSSS級というのが面倒くさい。
おれ達のしたことは、ギルドの連中には黙っててもらうことにした。だが、どこからともなく噂は漏れるらしい。
「さて、人違い、じゃないでしょうか」
おれの言葉に爺さんは、にやっと笑った。
「おい!」
奥に向かって大声を上げた。若い衆が飛んでくる。急に大声出されると、ちょっと怖いんですけど。
「倉庫から、一番上等な酒、持ってこい」
若い衆が頭をさげ、すっ飛んでいった。おいおい。
「あの……」
「ロイグだ」
爺さんが手を差しだした。
「カカカと言います」
その手を握り返した。いつも名乗る時は「勇者」をつけるが、今回はつけない。さきほどの話があったから。
「よろしくな」
ロイグ爺さんは手を握ったまま、反対の手でパーンとおれの手を叩いた。痛いよ。
「ん? カカカ……カカカか?」
「カカカです」
「カカカかぁ」
ロイグ爺、考え深げに腕を組んで上を見つめた。
「変わった名前すぎるな。どこの生まれだ? 大陸でも聞かねえ名だ」
ロイグ爺、独り言がダダ漏れだ。
おれは、このへんでおいとましよう。そう思って腰を浮かしかけた。
「そろそろ茹だったころだな」
ロイグ爺はそう言って、囲炉裏にかけてあった鍋のフタを取った。中には、ぶつ切りにされた白い何かが入っている。もしかして・・・・・・
「巨大ダコ?」
「おう、ありゃ旨えんだわ」
まじか! そうこう言ってると、奥から大皿が運ばれてきた。オリーブ油のいい匂い。ひょっとして?
「油で揚げたのもある。どっちがいい?」
うおー! ゲソ天、いやタコ天か。おれ好物なんだよなあ。浮かしかけた腰が思わず止まる。
「まあ、ゆっくりしていきねえ。あの話は聞かねえからよ」
にっこり笑う。なるほど、
まあ、しょうがないか。おれは椅子に座りなおし、ご相伴に預かることにした。
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