第108話 僕の彼女

 胸ポケットのフタが開いたので「チック戻れ」と小声で言う。


「勇者、戦士、武闘家、魔法使い。それに犬ですか。なかなか良い組み合わせです。ここへは、総勢、何人で来られました?」


 バルマーの問いには答えず、おれは剣を鞘に戻した。


「いやー、強いっすねー」


 おれは噴水に歩いた。


「これ、ちょっと顔を洗ってもいいです? 暑くて」


 バルマーは興味深そうにおれを眺めた。おれは別にボケてはいない。形勢が不利になると、まったく違う話をする。これは交渉官のグレンギースがよく使う手。それを真似てみた。


 顔を洗い、リュックから布を取る。わからないように反射石と万能石をポケットに入れた。


 顔を拭きながら噴水の縁に腰掛ける。


「いやー、暑い」


 おれは布を噴水の水につけて絞り、首筋を拭いた。


「それほど短くありませんよ」

「はい?」

「時間がたてば、供人ともびとの硬直が解けると思っているのなら」


 やべ。バレバレだ。何か打開策を考えないといけない。


「バルマーさん、ひとつ、思い違いをしてますよ。ここへ来たのは、これで全部」

「ほう、では、城の守備兵は動きませんでしたか」


 そうか、島の残りの兵力を倒すために、アンデッドの群れや洞窟の迷路があったのか。


「勇者カカカ、なかなか優秀ですね」

「そう、そうでしょう! どうです? お仲間として」

「もはや、私に配下は不要です」


 だろうね。言うと思った。


 バルマーはガウンのポケットから黄色い玉を出した。変異石だ。


「あなたには感謝しております。これを見つけてくれましたので。それまでは、この島をひっそりと裏で牛耳るつもりでしたが、予定変更ですね」


 バルマーがおれのほうに歩き出した。


「待った! 交換条件ってな、どうです?」

「交換?」


 バルマーが笑った。歩くのはやめない。


「私が欲しい物など、何もありません」

「そうでしょうか。その変異石、欠けてません?」


 バルマーの足が止まった。変異石を見る。そして、にたりと笑った。その笑顔が気持ち悪い。初めて、この男の本性を見た気がした。


「このカケラを持っていると?」

「もちろん、ここには持ってきてませんが」

「では、後ほど、あなたの家を探しましょう」


 バルマーがまた歩き始めた。


「それも、どうですかね。僕の彼女の家に置いてるんで」


 バルマーの足が、また止まった。


「その彼女とは?」

「マクラフです」


 突然に名を出されて、マクラフ婦人の目が大きくなった。硬直してて良かったのかもしれない。口が動けば怒られたかも。


「ああ、じゃあ、彼女の家を探せばいいかというと、そうでもないです。秘密の箱に入れちゃったんで」


 バルマーの片眉が上がった。


「あなたとマクラフが恋仲。なかなか信じがたい話ですね」

「いやあ、僕の担当なんですよ。知ってます? ロード・ベルで話してるうちにね、仲良くなっちゃって」


 バルマーの前で彼女からのロード・ベルを取った。信憑性は上がるだろう。だが、もっと上げないといけない。


 おれはマクラフ婦人に近づいて、硬直している肩に手をおいた。


「僕、胸の大きい人が好きなんです。知ってました? 彼女92もあるんですよ!」


 ニタニタしながら言ってみた。バルマーに背を向けて彼女を見る。


 おれは真顔で彼女を見た。彼女が見つめ返してくる。大丈夫。おそらく彼女は、この演技をわかっている。


「なるほど、ふたりは恋仲のようですね。マクラフの歳は少し上ですが、未婚です。良いかもしれません」


 マクラフ婦人の目に力が入った。なんだ?


 あっ、ひっかけか!


 バルマーは彼女のこれまでを知っている。くそっ! この話、したくねえな。


「いやあ、どうでしょうね。二度目の旦那さんとして、僕を迎えてくれますかねぇ」

「ほう、死別したのも承知とは。これは本物らしい」


 ハッタリにかかった。でも、マクラフ婦人の目は見れない。見たくない。


「では、勇者カカカよ、その箱を持ってきなさい。それまで、あなたの想い人は預りましょう」


 うおっ! そう来るか。ここまで必死に考えたのに、さらに一捻りが必要だ。


「ああ、箱は動かせないように固定してるんですよ。開けれるのはマクラフ。三人の合鍵も設定してますが、おれとそこの二人です」


 おれはガレンガイルとティアを指差した。秘密の箱は閉めた本人しか開けれないが、合鍵みたいな設定ができる。しかし、合鍵は三人が揃わないと開かない。


「三人で取りに行っても、いいですか?」


 バルマーが舌打ちした。いいね。初めて、こいつの感情を動かした。


「では、マクラフ、取ってくるがよい」


 バルマーがステッキを振った。マクラフ婦人が前によろける。硬直が解けたようだ。


 おれの目を一度見て、入り口へと走った。


「家の鍵は、扉のところだよ! 扉の前に置いたからね!」


 うしろ姿に声をかける。わかっただろうか?

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