第93話 持っていく物

 ダンとダフは、路上のおれから有無を言わさず上半身の服を剥ぎ取った。それを持って店に消えて行く。


 追い剥ぎに会ったおれは、上半身が裸のままだと冷える。残されたマントをつけなおした。


 裸にマント。勇者カカカは変質者カカカになった。


「腰に手を当てて、格好つけてるとこ悪いが、やっと、俺の出番か」


 黙って見ていたダネルが言った。そうでした。道具がまだでした。ダネルの道具屋に戻る。


 先に入ったダンとダフの姿がない、と思ったら各店は繋がっているらしい。それにダネルの店の隣は倉庫らしい。


 なんてことはない、一区画が全部ネヴィス兄弟のものだ。


 道具は何を持っていくか。おれとダネルの考えは基本的な所が同じだった。


 まず、一人に一個ずつ持たせる石がある。


  火炎石:火の魔法を閉じ込めたもの

  回復石:体力の回復

  万能石:マヒや毒からの回復

  反射石:魔法の攻撃を一回跳ね返す


 これを小さな布の袋に入れた。


 腰に下げてもらってもいいし、ポケットに入れてもらってもいい。予備はおれのリュックに入れる。持てるだけ持ったほうがいい。


 あとは、それほど数は要らないが何個か必要なものがある。


  魔力回復石:魔力を回復

  連絡石:遠くの人と会話する

  結界石:敵から姿を隠す


 この中で、それぞれ何個持っていくのか? それをダネルと相談する。


 結界石は、ダネルの店でも三個しかなかった。


「これ、いくらすんの?」

「聞かねえほうがいい。使うのを躊躇したら危ねえ」

「躊躇するかよ。お前の店のだぞ」


 ダネルが笑った。


「5000Gだ」


 五千ゴールド! 向こうの世界で五十万か。


 おれの人生で最高の買い物は、フラれた元カノにあげた三連リングだ。それをはるかに超える。


 これは初めて経験する「失敗できない仕事」なのかもしれない。


「気張るなよ。おめえらしくねえ」


 そう言ってダネルは、店内の棚のひとつから「煙玉」を取った。


 煙玉。危なくなったら逃げろ、ダネルはそう言っている。


 杖をついてカウンターに戻ってくるダネルを見て、おれはため息が出た。


「おれがもっと、ちゃんとした勇者だったら良かったんだけどなぁ」

「そうは思わねえな」


 ダネルはカウンターに煙玉を置いた。


「職業には、適性や資質ってあるだろう? 俺は前から勇者って何の資質が必要なんだろうか? そう思ってたが、おめえを見てて、なんとなくわかったぜ」


 言ってる意味が、さっぱりわからん。


「どんな資質だ?」

「そりゃ、なんとなくだから、言葉にはできねえな」

「なんだそりゃ」


 ダネルは笑ったが、ふと思いついたように言った。


「いけねえ、大事なものを忘れるとこだった」


 店の奥に行ったかと思うと、木箱を担いできた。杖をついているので持ちにくそうだ。途中で受け取る。


 木箱の中には、細い木をしばってまとめた棒が入っていた。先端には布が巻かれている。


松明たいまつか!」

「ああ、この倍はあってもいいな」

「ランタンじゃダメなのか?」


 油を使ったランタンは長時間もつ。松明だと何本持っていけばいいのか、検討もつかない。


「ダメだ。ランタンは落としたら壊れる。戦闘があるような時は、必ずこっちだ」


 なるほどな。言われてみれば、その通りだ。


「この松明は、たっぷりマツヤニが含んでいる。ちょっとやそっとじゃ消えねえから、剣を抜く時はそのへんに投げていいぜ」


 マツヤニか。いまさらだが、松明がなんで松の木を使うのかがわかった。


 おれはダネルに言われ、もう一箱、店の奥から松明を出した。


「どうやって持っていくか、だな」


 おれは二箱分の松明を眺めて言った。


「いいのがあるぜ」


 ダネルが壁の一方をアゴでしゃくった。壁に掛けられた道具で何を差したのかはわかった。


 L字型になった荷物を背負う道具だ。たしか「背負子(しょいこ)」とか言ったっけ。


 これはいい。ぜひガレンガイルに背負わせよう。二宮金次郎の銅像のように、クソ真面目なガレンガイルに似合いそうだ。


 道具の準備を終え、おれは店先で剣と盾の練習をした。マントをつけているので、若干、勝手が違う。ただ、思ったほど邪魔にはならない。


 それに、マントは服と違い密着しない。敵から見ると、余計に身体の位置がわかりにくいだろう。


「あのな、これなんだが」


 ダネルが出てきて手を差し出した。受け取ってみると、花のペンダントだった。


 木でできた小さなコスモスのような花。中央には何かの石がついている。それを細い革紐で首につけるようだ。


「マクラフ婦人に渡してくれ」

「婦人に?」


 おれはもう一度ペンダントを見た。


「命を救ってもらった礼だ。それはな、身につけていると少しづつだが魔力が回復する」


 おれはダネルを見た。平静を装うかのように通りを眺めている。


「ダネル」

「へんな意味はねえ。旦那もいねえと他の職員から聞いた。問題はねえだろう?」


 意味ありすぎだろ。


 それに問題はないと言えばない。あると言えばある。彼女には忘れられない人がいて、その人はもういない。


「もう、なんだか、無性に酒が飲みたい気分だ」

「おいおい、今はやめとけよ」


 お前のせいだ! と言いたいが言えない。


 そんなやり取りをしていると、ダンとダフの二人が服を持って現れた。


 装備を整え、リュックと盾を背負った。山のように松明を乗せた背負子は、両手に抱える。


「じゃあ、行ってくるわ」

「おう」


 ダネルは短くそう言った。ダンとダフは何も言わず、おれを見送る。


 思えば、上の二人とも一回ぐらい飲んどきゃ良かった。そんなことを想いながら、三兄弟の店をあとにした。

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