第51話 トカゲ馬との戦い

 馬が前足を上げた。もう一度いななく。


 おれは盾を前にして踏ん張った。ドン! と馬が地面に蹄を打ちつける。衝撃が来た。なんとか耐えた。まわりの悲鳴。


 おれは馬の黄色い目をにらみつけたまま、さらに下がった。腰を抜かしている者が多い。この場から離さないと。


 トカゲ馬がおれについてきた。隣の空き地に誘導する。うしろから唸り声。黒犬だ。一緒に戦おうってか? いい根性してる。


 いいだろう、そう思った瞬間、おれの身体から小さな光の粒が出た。それとは違う光の粒がおれの中に入る。嘘だろう! 仲間になっちゃうのかよ!


 じりじり空き地にさがり、黒犬の横まで来た。黒犬は身をかがめ、いつでも飛びつく態勢だ。右と左、まわり込んで挟み撃ち。そう思ったとたん、犬が左に駆け出した。考えることは一緒かよ!


 右から弧を描くように走った。


 馬がこちらを向く。盾を前に出した。馬が大きく口を開ける。盾をぶつけた。サメのような歯が盾表面の皮を削る。


 馬の背に影が飛んだ。黒犬。馬のケツに噛み付いた。馬がうしろ足を激しく振り、黒犬を引き剥がす。黒犬と同時に剣を刺そうとしたが無理だ。一旦下がる。


 雲から月が出てきた。辺り一面がくっきりと照らされる。近所の人は逃げたようだ。


 視界の右端に人の姿。ダネルだ。家の前で、そろりそろりと何かをしている。わかった。リュックの道具を順に並べている。おれに何があるのかを見せるためだ。ただ、ここからはハッキリ見えない。


 馬がおれに突進してきた。左に逃げる。馬も曲がった。噛み付いてこようとする頭。盾で防ぎ、足の付根にメイルを刺した。深く刺さり馬が竿立ちになる。


 メイルが手から離れた。トカゲ馬は突き刺さったメイルを外そうと暴れる。


 おれは家に走った。ダネルの元に駆けていく。あの野郎、ほんとにありとあらゆる道具がある。


「ナイフ!」


 ダネルがナイフを地面に置いた。この緊迫した状況で手渡しをしないのは正しい。


 拾いながらダネルが並べた道具を見る。ダネルの横に、カサカサとチックが出てきたのが見えた。


「ダネル、チック!」


 横のチックを指差した。ダネルはぎょっとしたが、うなずいて魔力石を手に持つ。これまでの戦闘を話していたのが良かった。


「おれが叫んだら、なんでもかんでも打ち続けてくれ!」


 おれはナイフを口に咥え、空いた手で火炎石を一つ持った。


 くそっ! おれにどうにできんのか? それでもやるしかねえか!


 おれは空き地に急いで引き返した。


 黒犬とトカゲ馬がにらみ合っている。


 黒犬が首筋に噛みつこうと飛びついた! それを馬は頭をぶつけて防ぐ。


 馬はさらに、地面に落ちた黒犬を踏みつけようと前足を上げた。おれは盾を捨てた。口にくわえたナイフを取る。


「撃て!」


 うしろから光の線が飛んだ。チックのニードル・ブリーズ。続けて火の玉。ダネルの火炎石だ。トカゲ馬はよろけるが、あまり効いてない。


 続けざまに火炎石の炎が当たった。そのあとにチックのニードル・ブリーズ。おれも手にした火炎石を馬に向けた。


 馬がおれを見定め、今までと違う鳴き方をした。するどい突風のような物が身体を通過する。


 自分の胸を見た。麻の服に血が滲み出した。斬撃の魔法?


 手で胸を押さえた。血は止まらない。またチックの魔法が飛んだ。おれは、力が抜けて思わず膝をついた。視界が白くなる。


 肩を誰かが掴んだ。ダネルだ。片手に回復石があった。力が少し戻ってくる。


 馬がダネルに向かっていなないた。斬撃の魔法が来る! しかしダネルには効いていない。


「バカが。こっちは反射石を使ってんだ。効くかよ」


 ダネルがつぶやいた。


 馬がこちらに向かって駆け出す。おれの力は戻ってきている。もう少しで立てる。


「ダネル、逃げろ」

「まだだ。もう少しかかる」


 馬は一直線に走ってくる。


 立つ。絶対立つ。立ってナイフを刺す。馬が目の前まで迫った。あと少しで立てそうだった。


「逃げろ! ダネル!」


 ダネルが青ざめた顔で口元だけ笑っているのが見えた。


 当たる。その瞬間、ダネルはおれを突き飛ばした。ダネルと馬がぶつかり、馬蹄の下でダネルがもみくちゃにされる。


 力が戻った。駆け出す。


 馬は足元に転がるダネルの匂いを嗅いだ。一度いなないて、大きく口を開けた。噛まれる!


 ダネルの上に飛び込み、噛もうとした口を両手で掴んだ。手のひらに馬の歯が食い込んでくる。押し返した。馬は口を閉じようと力を入れてきた。負けねえぞ! くそっ!


 視界の端、黒犬が走ってくるのが見えた。よせ、こっちは人の敷地、入って来れない。そう思ったが、苦もなく敷地に入った。そうか仲間になっていた。こいつの首筋に咬みつけ!


 逃さないように、馬の口を掴んだ手に力を込めた。


「痛え!」


 黒犬はおれのケツに噛み付いた。


 なんで? と思った瞬間、身体の中から何かが湧いた。


 ゲロが出そうな気分になった。


 身体は燃えるように熱くなり、その熱さは両手に集まった。


 気分の悪さが頂点に達した時、おれの両手から青い炎が出た!


 青い炎は、そのまま馬の頭を焼いていく。どうなってんだ、これ。


 そのまま、ダネルの上に倒れ込んだ。黒犬がのぞき込んでくる。黒犬の目は赤くなかった。目の奥に青い炎が燃えている。


「オレノ名ハ」


 おい、ノラ、今、なんて言った?


「オレノ名ハ」


 視界が白くなってきた。


 犬、犬、犬の名前、ドッグか? それだとそのまま。


 ホットドッグ、アメリカンドッグ。オヤジの車にあったCD、何ドッグだっけ?


「ハウンド?」

「ワカッタ」


 おい、犬よ、待て。そして視界は一度、真っ白になった。


 叫び声、どこかで聞いた声。あの馬、まだ生きているのか。近所の人が危ない。目を開けた。なんだ、ティアか。なら夢だな。


 そしておれは、気を失った。


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