第50話 真夜中の異変

 ダネルは初めて上がるおれの家で、我が物顔でくつろいだ。


 まあ、こいつとは馬が合う。悪口を言っても言われても気にならない感じだ。


 農家の人にもらった干し肉をかじる。おそらく豚だ。あぶらなくても柔らかい。干し肉は塩と香草が利いていて、しょっぱい干し肉を食べると甘いイチジクが欲しくなる。そしてイチジクをかじると葡萄酒が飲みたくなる。


 ……この組み合わせは終わりがないな。エンドレスで飲みそうだ。


 ひとしきりバカ話をして葡萄酒を一本飲むと、ダネルは「食った食った」と横になった。意外に酒が弱い。いや、おれが強くなったのか。


 雑魚寝をしているダネルに厚手の布をかけてやり、おれもベッドに寝転がった。ほろ酔いで目が冴えている。


 天井の茅葺きを見つめながら、オヤジさんとティアを想った。今ごろ、ティアはこっぴどく怒られてないだろうか。


 うつらうつらしかけた頃、近くで犬の遠吠えが聞こえる。おれは目を覚ました。


 ダネルは、かけてやった布を抱くようにして寝ている。起こさないようにまたぎ、窓に近寄った。


 隣の空き地で、あの黒犬が吠えている。


 おれは革のブーツを履き、ナイフだけ持って玄関から外に出た。


「どうした、犬っころ」


 黒犬は耳をピンと立て、小さく唸った。おれにじゃない。道の先を向いてだ。


 馬蹄の音? 遠くから馬が来る。


 こんな夜更けに? おれは道まで出た。


 向こうからやってくる馬の影が見えた。だんだんと、はっきりしてくる。人が乗っていない。野生の馬か?


 おれの前まで来て馬は止まった。


 いや、馬じゃねえ。大きな目はトカゲのように黄色い。馬にしては口が大きく、サメのような尖った歯がある。首にたてがみはなく、茶色いヌメヌメした肌が見えた。


 おれは後ろに下がった。黒犬の唸りはいっそう強くなる。


「石ハ何処ダ」


 耳を疑った。馬がしゃべった。いや、口は動いていない。おれの心に直接届いた。


 近所から人が出てきた。七、八人がおれとトカゲ馬を見つけ、近寄ってくる。


「な、なんだこりゃ」


 後ろからダネルの声が聞こえた。


「メイルと盾を」


 小さな声で伝える。おれはナイフを後ろに隠した。アナライザー・スコープを使う隙があるか。トカゲ馬はあたりを見まわしている。


 後手に隠していたナイフが誰かに取られ、ぎょっとした。代わりに剣の柄を握らされる。ダネルだ。メイルを取ってきてくれた。


 馬がふいにいななき、前足を上げた。地面にドン! と叩きつけたと同時に衝撃が来た。周囲の人もすべて吹き飛んだ。魔法を使うのか!


 近くに倒れた男性の足に近づいたかと思うと、おもむろに首をもたげた。男性は腰を抜かしている。サメのような歯をした口をゆっくり開け、足を咥えるとそのまま持ち上げた。


 大の大人が軽々と持ち上がる。「ぎゃあ」という叫びが響く。


 おれはダネルの持っていた盾を取り、トカゲ馬に駆け出す。トカゲ馬はおれを見て、ブン! と首を振り、男性を投げ捨てた。


 おれは距離を取り、盾を構える。トカゲ馬はぶるんと荒い鼻息を立てた。こりゃやべえぞ。


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