第30話 つかまって牢屋

 林檎畑の妖獣退治がある。向こうで農家の人が、今か今かと待っているかもしれない。


 憲兵の一人でも帰ってくれば。おれはそう願い、牢屋の鉄格子を掴んで外をうかがったが、誰も来そうにない。


 ふと牢屋の前にあるテーブルを見る。おれの剣や盾が置かれており、その中のリュックが動いていた。


「チック!」


 カサカサとチックがリュックから出てくる。同じ机には、鍵の束が置かれていた。これはチャンスだ。


「チック! その鍵を取ってくれ!」


 チックがおれの方へ来ようとする。


「違う違う、そのテーブルの鍵だ!」


 おれは鉄格子の間から手を伸ばし、鍵を指差した。チックが鍵のほうへ移動する。


「うわ! サソリだ!」


 長男がおどろいた声を出した。


「大声出すなよ!」


 おれは抑えた声で注意した。チックが鍵の束をハサミで挟んだ。


「そう! すごいぞチック。やった!」


 両手を上げてガッツポーズした。チックも「ヤー!」と言わんばかりにハサミを振り上げる。


 鍵は床に落ちた。


 おれは両手を上げたまま、後ろに倒れた。三男坊が支えてくれる。


「おい、危ねえな!」


「すまん」と反射的に礼を言い、もう一度、チックに向かう。


「チック、床まで降りられるか?」


 床を指差す。チックはテーブルの端まで動くと、ぴょんと床に飛んだ。


「おい、下は石だぞ!」と声を上げそうになったが、間に合わない。チックは石の床に落ち、バチン! と音がしてバウンドした。


 あちゃ! と思ったが、すぐ動きだす。まったく平気のようだ。まあ、あいつ、おれより防御力あるからな。あの殻は、かなり硬いのかも。


 鍵の束を指差すと、今度はわかったようだ。引きずっておれの方に来る。


 三兄弟は口をぽかんと開けて見ていたが、三男が、はっと気づいて声を上げた。


「よせ! ここから出ると罪になるぞ」

「火急の依頼があるんだ。行かないと」

「俺らは、出ないぞ」

「ああ、あの隊長が戻ったら、夕方までには帰るって伝えてくれないか?」

「おめえ、本気か?」

「脱獄するつもりはないよ」


 おれはテーブルの上の装備をつけた。駆け出そうとすると、三男坊にもう一度、呼び止められた。


「言いにくいんだがな」

「何? 早くして」

「店の鍵が開けっ放しだった。閉めといてくんねえか?」


 それ、おれに言う? 三男坊も、それは感じてるようだ。顔をしかめ、申し訳無さそうにポケットから鍵を出した。


 まあ、いいや。おれは鍵を素早く取り、駆け出す。


 さきほどの事故は、ずいぶん大きな事故のようだ。港の方に人が流れている。その野次馬の流れに逆らって、道具屋に急いだ。



 道具屋に着き、鍵を閉めようとした時、思いだした! 魔力石、まだ買えてない。


 おれは店内に入って、カウンターを飛び越えた。いつもあの三男坊が出す引き出しを開ける。あるじゃん、やっぱり。


 魔力石を二つ掴み、店を出ようとして、これじゃ泥棒だと思い、引き返す。カウンターの上に銀貨二枚を置いて、店を出た。


 急いで鍵を締め、再び駆け出す。


 昔、親戚のじいさんが、みかん畑を山火事にやられた事があった。あの時の横顔は、なんとも言えない。果樹園の樹は我が子のように育てている人が多い。


 急ぐぞ!

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