第21話 変異種

「じゃが、道具屋に売るのは勧めん。オリーブン城の魔法局に売ったほうが良かろう」


 なに? 役所に売るのか。おれの世界で言うなら、それこそ、おすすめしない。貴重な物って、買い手を探せば探すだけ、価格は上がる。


「いえ、結構です。自分で売ります」

「高値で売れる相手を探すか。それは良い方法とは思えんのう」


 こっちの気持ちを見透かされて、ぎくりとした。


「お主が屈強な男なら良いが、そうは見えん。こんな物を持ち歩けば、すぐに噂は広まるぞ」


 おれは思わず腕を組んだ。おれの世界でも、よくある話だ。宝くじに当たった人がどうなるか。親戚中で取り合い、詐欺師が群がり、人生は終わる。


 まして、ここは中世の設定だ。まだ出会ってないが、強盗なんていくらでもいるだろう。


「それにな、そもそも、変異石は別名、化け物石とも言ってな。妖獣を呼びよせる効果がある」


 それで、氷屋の畑にモンスターが群がったのか! それから、この国の人はモンスターを妖獣と言うんだな。


「役所、いえ、城に売ると、いくらになると思います?」

「それも、こっそり聞いておいた。50000Gじゃ」


 お役所、買い叩くね! それだと4600Gの借金が残る。


 これは悩む。借金を残すか? それとも危ない橋だとわかっていて、変異石を高値で売りさばくか?


 うーむ。


 どうするか悩んでいると、院長が口を開いた。


「足りない分は、この治療院の貸し付けにすると良い。ぼつぼつ返してくれれば」

「なるほど、いい話に聞こえますが、なんか交換条件あります? あやしい薬を試すとか。昔、治験のバイトで蕁麻疹が出たんで、嫌ですよ」

「ちけん? それは解らんが、良ければたまに、それを見せてくれんか?」


 院長はベッド脇のテーブルを指した。


「おわっ!」


 ベッド脇のテーブルに虫カゴが置かれていた。中に真っ赤なサソリみたいなヤツがいる。


「お主の側を離れんでな。往生したわい」


 あの時、そうか。おれの胸に落ちてきたモンスター。


 パラメータ画面を呼び出す。たしかモンスター名は「クリッター」だったよな。いや、名前が変わってる「チック」だ。


「フナッシーの突然変異種、クリッターじゃろう。古い辞典にしか載っておらん妖獣じゃ」


 もはや、その名前でもない。他にパラメータで変わった箇所を探した。


  親密度:30


 うわお、跳ね上がってんな。これ上限値いくつだ?


「おい、お前、どうやった?」


 チックに問いかけてみた。


「ほほ。突然変異種じゃが、さすがに言葉は話さんぞ。そこまで行くと、もはや神獣じゃ」


 嘘でしょ。話したんですけど。おれは寒気がして、チックを見た。「キー!」とでも言うように、両方の小さなハサミを振り上げている。まあ、神獣には見えないな。


「チックに、痛いことはしないですか?」

「手下の妖獣に名前までつけたか。もはやペットじゃのう」


 いや実は命の恩人です、とは言えない。最弱モンスターに死霊から命を救われた勇者。あまりに情けないから、黙っておこう。


「たまに成長を見たいだけじゃ。刺されても痛そうじゃしの。看護師の何人かは刺されたわ」


 それで、この病室におれ一人なのか。


「チック、め! 刺すの、め!」


 言ってみたが、ぜんぜん話は伝わらないようで、またハサミを振り上げた。カゴに入れられて、怒っているようだ。


「どうするかね?」


 院長が聞いてくる。他に手はなさそうだ。おれはうなずいた。


「なら、登録させてもらうぞ」


 おれの額に手を当て、何か呪文を言った。特に何の効果もない。


「なにしたんです? これ」

「ロード・ベルの呪文に、お主を登録しておいた」

「ロード・ベル?」

「離れた相手と話す呪文じゃ。 なんじゃ? お主、どこの学校出たんじゃ」


 通称「マメコー」こと、小豆島中央高校ですけど何か? とは言えないので、笑ってごまかした。


「もう、帰ってよいぞ。今晩も泊まれば、また300G借金が増えるぞ」


 300G! 一泊三万! ここは星野リゾートか!


「その高級な宿屋に、おれ、何泊したんです?」

「二泊三日、素泊まりじゃ」


 おお、院長は、意外とジョークが鋭い。


 ノックの音がして入ってきたのは看護師。お盆に載せたスープを持ってきた。


「しばらく胃に何も入れておらん。これをゆっくり飲んで、それから帰りなさい」


 アドラダワー院長は、そう言って病室を出ていった。


 ゆっくりと言われたが、三日寝ていて、お腹は空っぽ。あっという間にスープを飲み干した。


 ベッド下に置かれた網カゴから、装備を出し、身につける。看護師の人達に礼を言いながら、おれは治療院を出た。


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