第7話 氷屋

 氷屋は、五十前後のオヤジがやっていた。


 頭はハゲていて、ずんぐりむっくり。ハリウッド俳優で言ったら、誰だっけな、バッドマンでペンギン男をやってたヤツだ。


「こんちわ」


 これ言葉が通じるんだろうか?


「いらっしゃい。氷かね?」


 おお、見た目は外人なのに、しゃべりは日本語だ。おれはうなずいて値段を聞いた。


 氷菓子が1G、豆入りだと2G。


 豆入りの方を頼んだ。朝から何も食べてない。お腹ぺこぺこ。


 この時、水晶で払えるか聞いてみたが、ダメだった。両替所で替えてくれとの事。そして両替所の場所は聞いてすぐに解った。香川銀行があった場所だ。


 水晶一個が、いくらになるのかも聞いてみた。氷屋のオヤジは、けげんそうな顔をしたが1Gだと教えてくれた。


「そのへんに座って、待っててくんな。すぐできるから」


 オヤジはそう言ってアゴをしゃくった。


 小さな店で、四つしかテーブルがない。その内のひとつに座る。木の柱に、上にワラを敷いただけの小屋。ほんと、海の家だ。子供のころは、この海水浴場でよくカキ氷食べたな。


「はい、おまたせ」


 海を眺めていたおれは、若い女性の声におどろいた。一五、六あたりだろうか。茶色いクセのあるショートヘアに、青い瞳。


 おお、中世っぽい見た目! ゲームなんだから、こうでなきゃ!


 しかし三十を超えたオッサンが、あまり見つめると変態だ。目線をそらす。


 若い娘は、氷菓子をテーブルに置いた。そのあとカウンターの中に入った。オヤジと何か話をしている。あのオヤジの娘か! 似てねえ!


 豆入りの氷菓子は、思ったとおりカキ氷だ。削った氷の上に甘く煮た豆と砂糖水がかかっている。けっこう旨い。


 これ、どんな効果があるんだろう。視界の右下「?」ボタンを押してみた。


  名前:豆入り氷菓子

  価格:2G

  効果:体力+5


 なるほど、きちんと回復の効果はあるらしい。


 ちなみに、今の体力を見てみた。フナッシーとの戦闘、いや、戦闘と呼べるものではないか。作業によって腕はパンパン。疲労もマックスだ。体力は、けっこう減ってるはず。


  体力:96


 あらら。これだけ疲れても、四つしか減ってない。人間の生命力ってすげえな。


 ふと思った。おれの特技は人間に対しても使えるんだろうか。小さくポーズ。そして、小声で言ってみる。


「アナライザー・スコープ」


  名前:ティア

  体力:80

  魔力:0

  攻撃力:20

  防御力:10

  レベル:1


 おお、この子はおれより攻撃力が高いのか。若さって武器だね。次ページがあるのに気づいた。


  身長:162

  体重:48

  バスト:78

  ウエスト:60

  ヒップ:86

  親密度:1


 胸、小っさ! いやそれより「親密度」って何だ? 恋愛ゲームとかのあれ? もしくは仲間か? どちらにしても、ゲーム内の村人や通行人は、ただの脇役じゃあないんだな。



 氷菓子を食べ終え、腕を組んで考えた。


 あの子のパラメータに攻撃力とかもあるのなら、人間を攻撃もできるのか?


 昔に「グランド・セプト・オート」というゲームがあった。殺人でも強盗でも、やりたいほうだいのゲームだ。あれと同じような事ができるのか?


 いや、でも「警察」のようなシステムはあるだろう。捕まるのはきつそうだ。しかし、それすら上回る力を手に入れたら、このオリーブン共和国の独裁者になれる可能性はあるのか。


「うーん」と、一人でうなった。


 ゲームとしてなら楽しいが、リアルだと、どうなんだろう。実際、おれはさっきフナッシーの殺戮で気が滅入った。


「だいじょうぶ? 美味しくなかった?」


 びっくりして顔を上げた。さっきの娘だ。


「ありがとう。ティア。美味しかったよ」

「そう、良かった」


 食べ終わった容器を持って帰ろうとしたが、もう一度、振り返った。


「あら? あたし、名前言ったっけ?」


 おれは焦った。


「ああ! ほらさっき、オヤジさんと話してた会話が聞こえたから」

「そっか! じゃあ、おじさんの名前は?」


 おれは頭を強く掻いた。こういう事になるんだな。初期設定のミスは、後々まで響く。


「勇者カカカ、だ」


 自分の名前に「勇者」と付けたのは、せめて、名前が目立たないようにするためだ。


「カカカ、ね」


 娘は、ちょっと眉を寄せたが、にこっと笑って厨房に帰った。


「アナライザー・スコープ!」


 小声で叫んだ。


  親密度:6


 よっしゃあ! と心で叫び、小さくガッツポーズ。


 自分の特殊スキルが、初めて役に立った。別にあの子をどうにかしたいわけではないが、こうやって数値化されると嬉しい。それに、ちょっと話しただけで五つも上がるのか。


 じいさんばあさんが、やたらと天気の話で話しかけてくるのは、間違いではないのかもしれない。なんでもいいから会話をするってだけで、ずいぶん違うんだな。


「勇者さん、だったか」


 おや? 話は変な方に行こうとしている。氷屋のオヤジが、厨房のカウンターごしに言った。


「今日、ギルドには依頼してきたんだがね。良かったら、ちょっと見てくんねえか?」


 連れられて来たのは、店の裏側にある畑だ。


 見て、すぐに解った。フナッシーが何匹かいる。その中に青いフナッシーみたいなのが、十匹ほどいた。


「アナライザー・スコープ!」


 おれはこれ、今日で何回言うんだろう。


  名前:デフナッシー

  体力:10

  魔力:1

  攻撃力:12

  防御力:10

  水晶:3


 なるほど、フナッシーの上位モンスターか。小さいが、結構強い。


 今のおれは攻撃力10だ。こいつは防御力10。プラマイゼロ。素手で叩いてもダメってこった。


 これは、いよいよ武器が必要だな。ちなみに、近くにあった石を見て調べた。


  名前:石

  効果:攻撃力+3


 なるほど、石で叩くだけじゃダメか。攻撃力プラス10の武器がいるんだな。


「報酬は、いくらなんです?」


 オヤジに聞いた。


「50Gだ」


 あっちの世界で言うと、日当5千円。割が良いのかどうなのか。まあ、言っても、ここ小豆島だしな。


「良かったね! お父さん、偶然に勇者様が来てくれて」


 娘のティアが喜んでいる。それ、ぜったい親密度が上がってるわ。アナライザー・スコープを使いたいが、二人の目の前だ。


「明日の午前は別件がある。午後で良ければ来よう」


 勇者って、こんな感じでいいかな? ちょっとカッコつけた。


「ありがてえ」と両手で握手された。


 うわー。すげー気分いいけど、オヤジ、手が冷てえ。さっきまで氷をさわってたもんな。



 砂浜からの帰り道「よろす屋」で「おむすび」を二個買って帰った。


 明日は忙しくなりそうなのに、なかなか寝付けない。ベッドに寝っ転がって、茅葺きの天井を見つめる。


 自分が置かれている状況は理解した。ゲームのシステムも、おおよそ掴めた。


 でも、まさか、こんな気分になるとは、思わなかった。


「おれは、いったい、この世界で何すりゃいんだ?」


 こんな疑問、思春期か! というような疑問だ。


 何をするのか?


 どう生きていくのか?


 何でも自由だ。好き勝手もできる。でも、リアル過ぎ。


 まいった。三十過ぎたオッサンが、またこんな疑問を考えさせられるとは。


 寝よう。


 おれは寝返りを打ち、馴染みはないが自分の物らしい布団をかぶって、目を閉じた。

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