常々草
佐倉島こみかん
『鈴蘭記念日』について
この冬話題になったアリ・アスター監督「ミッドサマー」という映画を御覧になりましたか?
私は観ました。ホラーが苦手なのに。
しかも、初めて映画館でホラー(厳密に言うとサイコスリラー)を観ました。それまでに観たことがあるホラー映画は「シックス・センス」と「傲慢と偏見とゾンビ」だけで、そのうえ配信サイトでの視聴だったのに!
ひのきの棒で中ボスに立ち向かうくらいの無謀さだと思うんですが、だって、あまりにもTwitterにミッドサマー絶賛のツイートが流れてきていたんですもの。
怖そう、でも観たい、やっぱり怖そう、けど観たい、を数えきれないほど繰り返し――最終的に『これは自分が耐えうる怖さかどうか?』を全力でリサーチしたうえで観に行きました。
幸いなことに、私はネタバレした状態でも映画を楽しめるタイプの人間なのです。なるほどお化けは出ないのか! というのが決定打になり、観に行きました。
そしてリサーチしていて気づいたのですが、調べれば調べる程、終わり方についてバッドエンドなのかハッピーエンドなのか、意見が分かれていたんですよ。面白いことに。
それが、より一層どんな話なのかとドキドキして、いやもうかなり怖かったんですが、頑張って最後まで観てきました。
御覧になっていない方もいらっしゃると思うので詳細は避けますが、結論として、私はあの結末を、『ハッピーエンド』だと認識しました。
孤独な女子大生が初めて自分を解放して、自分を大切にしてくれない恋人と決別し、皆で助け合う小さな共同体の中に新たな自分の居場所を見つけて晴れやかに笑う――こういう風に要素を抽出してみれば、大変に幸福なラストシーンじゃありませんか。
勘のいい皆さんは、何故この話をしているかもうお分かりでしょう。
主人公が+最終的に+ハッピーになった=だから、あれはハッピーエンドである。
私の中での『ハッピーエンド』というものは、そういう、ごく単純な公式の元に成り立っている、ということを認識した映画だったのです。
第一回神ひな川小説大賞に投稿した拙作『鈴蘭記念日』は、そういうハッピーエンド観の元に書きました。
昔、どこに公開するでもなく、『鈴蘭記念日』の出来事を夫の側から描いた掌編を書いてみたことがありました。
ずっとドキュメントフォルダの奥底で眠らせていたのですが、『ハッピーエンド』というテーマを見て、ふと、その掌編が思い浮かびました。
『鈴蘭記念日』は、それを原案にして、大幅に書き換え、書き足し、書き下ろしたものになります。
元々は、不倫中のクソ男が、バレているとも気づかずに自分が見下していた専業主婦の妻に毒を盛られ、死の間際、ようやく妻の仕組んだことと気付いて自分の不幸を呪いながら死ぬ、という話だったのです。弩級のバッドエンドです。
そこで不意に、待ってこれ奥さんの側からしたらハッピーエンドじゃない? と閃きました。
普通のハッピーエンドだときっと埋もれてしまうだろうから、なんか一捻りしたものを書いてみよう、と考えていたせいもあると思います。
起承転結というより序破急が合うような、サスペンス寄りのハッピーエンド。
レギュレーション違反と判断された時は、まあ、その時はその時だ、と思って書いたのですが、『ハッピーエンドというお題にもしっかりと説得力がある。』(引用元https://note.com/usamiharu0330/n/n6d5382c24f70)と主催の神崎さんに評価していただきました。非常にありがたいことです。
また、一通り書き終わった後、自分で読んで色々粗があると感じたので、読んだ方に読み返して納得していただけるよう、後からあれこれ伏線を張りました。
例えば、
・これじゃあ同じものを飲食しているのに妻だけ死んでいないのは辻褄が合わない!
→夫の方が妻より体重が軽く、夫は鈴蘭の入ったサングリアを妻の4倍飲んでいることにする。
・鈴蘭を入れたことを、そうと分からせずにどう匂わせるか?
→サラダに刻んでいれてある「君影草」は鈴蘭の別名。ハーブとか香辛料とか隠し味とか称して詳細をぼかす。
・夫の浮気の理由が察せられるような態度を、妻にも夫にも取らせた方が良いのではないか?
→初っ端から妻の話に興味なさげな夫。少食の夫なのにもかかわらず自己満足で量の多い凝った食事を出す妻。
などなど。そういう補完作業が、思いのほか楽しかったです。
個人的には、冒頭の妻の独白で「その姿と上品で可憐な香りで、私は鈴蘭が花の中で一番好きだった。」という部分を、過去形で書いたのが一番いい仕事をしたと思っています。
好き『だった』、なのです。
自分の一番好きな花の香水の移り香を身に纏って、不倫相手の元から帰って来る夫――1番『好きな』花が、好き『だった』花にもなりますよね、というやつです。
それでも、妻は鈴蘭を使って夫を取り戻したことで、また鈴蘭が彼女の1番『好きな』花に戻ったことでしょうね、と思ったり、思わなかったり。
自分の作品についてあれこれ解説のようなものを書くのは、ちょっと気が引けないでもなかったのですが、たぶん、気づいてもらえてないこだわりがいっぱいあるだろうな、と思ったので、洗いざらい書いておくことにしました。
気づいて頂けなくても結構なんです。読んで頂けただけで上々なのですから。
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