【人間工房】を粉砕せよ!~抜天島・戦闘記録~

南雲麗

第1話 義太夫は好敵手を討ち果たして新たな敵と対峙し、【葬儀屋彦六】は弟子の身を案じて地上へ向かう

 ここはお国を一千海里……離れて遠き番外地……。


 古には流刑地、近代には棄民島に番外地。そして今では戦闘蠱毒……そう呼ばれていた抜天島ばってんじまは、今や死に覆われたディストピアとなっていた。昼夜を問わずに【人間工房】謹製の戦闘機械や改造人間兵器が島中を蠢き、生身の人間へと襲い掛かっていた。

 無論、全ての人間が死に絶えたわけではない。滅びなかった半数の人間は古くより存在する地下機構や大公界に逃げ込んだ。【葬儀屋】を中心に、守りを得手とする者が決死の防御に努めている。地上では海千山千のいくさ人どもがまだ戦っている。


 そしてここにも、いくさ人が一人。数多の鉄塊部隊を率いる巨体の男と、真正面から向き合っていた。多くの屍体と数え切れない瓦礫が生まれてなお、それなりの広さの更地がそこにはあった。巨体の意志を尊重してなのか、鉄塊部隊は遠巻きに陣取っている。あくまで一対一タイマンの形だった。


与四郎よしろう、そこまで堕ちていたか。【人間工房】に身を捧げたか」

「機械の身体はいいぞ、義太夫ぎだゆうぅ」


 一人の方、いくさ人――義太夫――は息を吐いた。かねてからの好敵手、生き汚くも、その執念だけは褒めるべき男。だがそんな男が、奇怪にして機械なその身体を誇るとは。いくさ人にとっては、悲しみでしかなかった。


「お前を殺す」


 義太夫は朱柄の日本刀を振り上げた。イマジナリー日本刀は無用。ただただ抜身をもって葬り去るべし。抜天の肥やしに変えるべし。


「お前をともがらとする」


 与四郎は刀となった右腕を振りかぶった。刀は脈打ち、伸びる。太くなる。振り下ろされれば義太夫は両断され、大地はおのずから壊れるであろう。

 否、すでに自壊は始まっていた。両者の纏う気迫が、大地に運命を悟らせたのだ。地鳴りが響き、地面がひび割れていく。その中で、両者は蛮声を放ち、動いた。


「オルアッ!」

「ゼアアアアッ!」


 両者上段からの唐竹割り。技にあらず。気迫と刀に込める魂が勝負を分かつ。そして理屈はいらない。生身の方が、より魂に近かった。


「ハアアアアアアアアアア……!」

「な、なんだと……。いるのに、斬れねえ……!」


 与四郎の持つわずかな生身だった右のまなこは、信じ難い現実を目撃していた。

 伸び放題の黒髪を後ろで雑にくくり、白地に達筆の書かれた着流しを身に着けた義太夫。その身体が、半透明になっていた。まるで剣に魂を捧げ、そのすべてを今回の一撃に注いだようだった。そして、その光景こそが、彼が最期に目にしたものとなった。


「ごぶあああっ!」


 脳天からたたっ斬られた与四郎の身体は、一秒後には爆ぜ、四散した。脳の七割を捧げて設置したレーザー砲機構が、いともあっさりと爆発したのだ。

 義太夫は微動だにせず、それを見送った。与四郎の見た景色を証明するかのように、与四郎の破片が義太夫を素通りしていった。


「ガガピー!」

「ビガー!」

「コーボーバンザイ!」


 直後。遠巻きだった鉄塊部隊が、鬨の声を上げた。両者裂帛の斬撃によって生まれたクレーターをぐるりと囲み、それぞれの持つあまりにも歪な火力――レーザー、アームストロング砲、ミサイル、レールガン、ガトリングガン、マシンガン――で義太夫を圧殺せんとする。その音はあまりにも凄まじく、義太夫を没入から引き戻すには十分すぎた。


「ハッ!」


 絶望的な全方位火力攻勢。対して義太夫は、刀を一度鞘に納めた。鞘もまた、朱色である。朱鞘朱柄あかさやあかえの日本刀。その正体は知らずとも、義太夫にとっては愛刀であり、一番手に馴染む刀だった。腰を捻り、気合一閃。


「オヤジの技を真似るのもいいが、オイラが使うのは攻めの剣だ……。テヤアアアアアッッッ!」


 神速の抜刀から、勢いを生かしての回旋。朱柄の太刀が空間を薙ぐ。あまりの疾さに音が置き去りにされ、空間がひずむ。歪んだ空間が、砲弾を飲み込んでいく。


「ガビンッ!?」


 鉄塊のどれかからわななく声がした。あまりにも恐るべき現象が起きていた。常人の目からすれば、義太夫の周りに立った砂塵が、すべての砲撃を防いだようにも見えるのだろう。

 だが現実は違う。義太夫の放った超絶速度の斬撃が空間を歪曲させ、防御壁となった。あるいは斬撃によって生まれた剣閃が、弾丸そのものを斬り裂いた。


 剣閃とは、抜天のいくさ人における基本の剣技である。剣をもって空間を斬り裂き、かまいたちを飛ばして相手を斬る。これを鍛え上げた使い手は、五百メートル先の蝋燭の火さえも消し去るという。


 ともあれ義太夫の絶技は、鉄塊どもの第一波を凌ぐに足る技だった。しかし第二波の到来を待っている余裕はない。今こそ好機と断じ、義太夫は今一度だけ絶技を振るった。


「セイヤアアアアッッッッッ!」

「ギャビィ!」

「コウボガッ!」

「バンザヒッッッ!」


 再びの回旋剣舞。今度は砂塵に混じって鉄塊の破片が打ち上がる。爆発、爆発、また爆発。義太夫が残心する周囲で、多くの花火が爆ぜ、散っていった。肉塊がボトボト落ちる音を聞き、義太夫はようやく口を開いた。


「……カハッ!」


 自分が空気を吐き出した音で、義太夫は自分が息を止めていたことに気がついた。刀を納め、顔を上げる。クレーターの周りには、百近い屍が生まれていた。そのほとんどが、鉄と生身の入り混じったものだった。義太夫は思わず顔を背けかけ、向き直った。自分もまた、この地獄の製作者である。そう刻み込む必要があった。


「ぬんっ!」


 主観時間においてしばらく――日本本土標準時においては十秒ほど――の間を自身への教誨きょうかいに使った義太夫は、自身の肩辺りまであるクレーターの途中、わずかな出っ張りに足をかけ、空へと飛び上がった。同じ場所にいつまでもとどまっていれば、次の鉄塊部隊が襲い来る。

 かつての宿敵を倒してなお、義太夫のいくさは終わっていなかった。


 ***


 その事態が始まったのは、ほんの一週間前のことだった。

 否。【人間工房】という組織の侵略行為としては、すでに一年は前から始まっていたのであろう。ゆっくりと組織の名を広め、草が根を伸ばすかのごとく、浸透していたに違いない。

 ともかく確かなことは、その日、彼らに改造行為を受けた者どもが急に自制を失い、敵仲間を問わず生身の者へと襲い掛かったこと。異変が起きるでもなく、彼らに忠誠を誓っていたいくさ人が決起したこと。二つの流れが齟齬を起こすこともなく合流し、瞬く間に抜天の地上部を蹂躙したことである。


 まず合流のための殺戮祭典により、抜天全住民の半数が死んだ。

 続いて地上部に行われた一大火力攻勢により生き残りの六割が絶命し、地上にあったわずかな構成物は、ほぼ全てが崩壊した。

 こうして抜天はディストピアとなり、死と機械の氾濫する地と成り果てた。生き残りに対しては機械兵がしらみつぶしに嗅ぎ回り、火力と戦闘力で殲滅する。殺した屍体は回収され、また手駒が増える。手駒が増えればより回収能率が上がっていく。要するに、抜天は滅亡へのスパイラルを突き進んでいた。


「……とはいえ、地上じゃあちこちでいくさになっとるようだがな」


 この日三度目の攻勢を跳ね返したところで、【葬儀屋彦六】は近くの瓦礫に腰を下ろし、懐から煙管キセルを取り出した。

 ここは抜天地下二層。抜天唯一の歓楽街にしていくさ人のオアシスである大公界が構えられている。もっとも、今は地下三層から命からがら脱出してきた民を引き入れ、決死防衛線がそこかしこに設置されていた。戦闘地域は瓦礫にまみれ、あちこちで機械屍骸が焼き払われている。生身を怨霊に変えぬためにも、火葬は必要だった。


「兄ちゃん、火は持っとるかい?」

「持ってますよ。旦那、まさか」

「さっきの攻防で使い切った。ちぃと思い切りが過ぎたかね」

「……この辺りも限界ってことスか」


 彦六は手近にいた若い同志に声をかける。呆れられながらも火種の確保に成功し、火を付ける。紫煙が、細くたなびいていく。


「ま、そういうことになるな」


 彦六は、率直な言葉を吐き出した。胡麻塩頭の角刈りに、藍色の半纏。口元の煙管と合わせて、いかにも職人めいた造形だった。

 いかつい顔が、遠くの天井を仰ぐ。激しく音が響き、大きく揺れた。音はしばらく続き、ホコリやらがパラパラと落ちてくるが、天井そのものが崩れ落ちることはない。はるか先人の時代からこの地下はあったと聞く。まったく不思議な話だった。


「おお、長いな」

「長いスね。どこかで群れを仕留めたのかも。脛巾はばき党か、それとも北冥一刀流か、あるいは」

「……未だ功名ならざるいくさ人か」


 瓦礫に煙管を叩きつつ、彦六は調子を合わせた。同時にある男へと思いを馳せる。自身が育てた、いや、育ててしまったいくさ人。本当は守りの剣を鍛え上げ、己と同じくしたかったのだが。


「義太夫……」


 その悔いが、彼に言葉を成さしめてしまった。彼が思う以上に大きく、声として溢れてしまった。空いていた左手を口に持っていくが、時既に遅し。若い同志が、こちらを目線を向けていた。決してそらさない意志が、無言のままに告げられていた。


「……息子さんスか?」


 砕けつつも、敬意を隠さない口調で問われれば、もはや首を縦に振る他なかった。実子ではなく、婚姻もしたことはない。だが、それ以上の愛と厳しさで育てた男だった。


「息子というか、弟子というか。不肖の大馬鹿よの」


 口から円の形をした煙を吐いて、彦六は言った。十年以上は前になるあの日、成り行きで預かった子だった。半死半生ながらも我が子の行く末だけは案じていた、ある男の熱意にほだされてしまった。最終的に自分で世話するハメになってしまったが、ただ一点を除いて後悔はなかった。


「殺人剣に触れさせなければ、ここにいたろうにな」

「え?」


 小さく漏らす。若い同志が聞き返す。しかし彦六はなにも言わずに煙を見送り、決断した。


「ここ、任せてもいいか?」

「え?」


 唐突な発言に、若人が声を上げた。だがその時には、男は数歩先にいた。瓦礫が多いにもかかわらず、確かな足取り。

 かつて抜天一の屍体処理者として名を馳せた【葬儀屋彦六】は、煙管を口の端に咥え、屈託のない笑みを浮かべて言った。


「馬鹿と喧嘩するついでに、ちょっと屍体を焼いて来る」

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