怪盗王子と深窓のお姫さま

はりつき交換創作所

7日目〈プロローグ〉



「こーんにーちはー! 怪盗・桐谷トオルのおっ出ましですよー!」

「なぁーにがこんにちはだバッキャロウ! ど深夜に予告状なんか出しやがって! おら総員囲め!」

「屋根まで来れますー? 怪我しないくださいねみなさんっ」

 ブッチィ、と血管が切れそうなほどの勢いで、深夜。警察署の方まで送られてきた予告状の通り、突如として豪邸の屋根、月光を背中にして現れた怪盗・桐谷トオルのおちょくるようなその台詞に、丸々と太っていてまんまるな坊主頭をした四十代の丸山警部補はわかりやすくも挑発に乗って召集した警官をどんどんトオルへとけしかけた。

 しかしさすがは怪盗か、その身のこなしは軽やかで、ぴょんぴょんと屋根を飛び移り追いかけてきた警官を撹乱する。

「あ、巡査さん! いつもご苦労様です!」

「トオル! 今日こそアンタを捕まえてやるからね!」

 そんななかで、追いつけないからと二階の窓から屋根にいるトオルへと向かってビシッ!と指を差してくる女性に、トオルは親しい様子で大きく頭を下げてねぎらった。

 彼女はとっても因縁のある赤い髪の巡査、リサだった。

「わあ! 応援してますー!」

「ぬぬぬ……!」

 可愛らしい笑顔で両手を振りながらリサを応援するトオルに、彼女は堅い握り拳を作りながら堪えようかと思ったが、やっぱり堪え切れずに「誰が応援しとんじゃー‼︎」と爆発する。

 トオルのどこか天然にも思う態度は真面目な警察官の方々と相性が悪いようだ。


「くっそうならばお前たちぃ! なんとしてもあの怪盗野郎が狙うオタカラを守れ! おら! いけ! 死守しろ!」


「ですが警部補! やつが何を狙うのかは我々に分からないのでは⁉︎」

「えええいやつが狙いそうなものを片っ端から守るんだ! おらいけ!」

「はいぃい!」

 怪盗としてトオルが活動を始めてから、彼にはやり方、と言うものがある。

 警察をからかうように毎度の如く残していく予告状。そこには場所と大まかな犯行時刻しか書かれていなく、怪盗の狙うオタカラについては一切触れられることがない。

 警察には彼の欲しいオタカラの正体を知ることはできないのだ。場所、そして時間。最近噂される高価な品などの情報から警察はオタカラ(仮)を定め、護衛するが……。

 今回の豪邸のような候補がいくつもある場合、トオルはオタカラを変えてくる場合があるので厄介だった。

「今日はなーにをねーらおっかなー」

「調子に乗りやがってクソガキャァァ」

 丸坊主に浮かぶ血管がなんともコミカルでトオルは笑い出してしまった。この高低差、距離があってもトオルには丸山警部補の声や所作がしっかりと見えるくらいには目がいいらしい。

 屋根の上、またも月光を背にし、わざとらしいようなそれっぽいようなマントと仮面、服装をしたトオルは、クスクスと可憐に笑っている。

 性別不詳。白髪。目元だけを隠した仮面の奥にある瞳の色は薄い。身長は一五五センチと小柄で華奢で愛らしく、中性的な少年。ないし、少女。それすらも定かでなく。

 出自などはさらに不明だった。犯行の際、彼はいつも桐谷トオルと自称をするが、警察の資料にはそんな人物などどこにもいない。

 それに、彼の跳躍力は人間離れしたものだ。

 純粋な膂力によって生み出されているものではなく、忍者のような、それこそ漫画や創作物のような――簡単に言えば、魔法のような。


「ふふふ、ふふっ。あっはははっ!」

「ぁあ⁉︎ なんだ⁉︎」


 ケラケラと。ケタケタと。

 面白がるように、滑稽なピエロを見て行儀悪く笑う子供みたいに。

 腹を抱え、手を叩きながら、楽しそうにしていた彼は――仮面の奥の瞳だけ、その目つきだけを冷徹に。

 すっ、と静かになった彼を、警部補たちは訝しむ。警官の一人は今なら彼を捉えられるかもと浅慮にも考え、近付こうとしたが、警部補は額に汗を滲ませて片手で制した。

 涼しい夜風がマントを煽る。

 その可愛らしい中性的な声にいつもの明るさはまるでなく、彼は、神妙な面持ちで、普段とはまるで違う雰囲気で。

 口を開いた。


「ごめんなさい警部補。実はもう、済んでるんです。私はこのお家からオタカラをすでに戴きました」


「なんだと⁉︎――誰だ……ッ⁉︎」

「ちょっ、ちょっとトオル⁉︎ アンタどういうつもり⁉︎ その女の子は⁉︎」


 いつのまにか。本当にいつのまにか、リサも警部補も多くの警官たちも彼の動向に釘付けであったはずなのに、彼の手元でお姫様抱っこされている意識のない少女を、たったいま認識した。

 寝巻き姿のまま、ブロンドを輝かせる眠った少女のその姿に、警部補とリサは別々の場所から同時に強い怒りと焦燥を込めてトオルを睨みつける。

 フッと余裕そうなトオルの微笑が、やけに印象的に映った。

 警部補の隣にいた男性がすぐさま情報を耳打ちする。


「彼女はキャシーさん。確か、この豪邸の所有者である富永栄司氏が、二年前に児童養護施設から引き取って養子に迎えたという、十二歳の少女です」

「なぜそんな少女を……⁉︎」


「トオルー!︎ 人攫いなんて見損なったわ! すぐさまその女の子を返して!」

 リサが握り拳を掲げながら精一杯の声で訴える。

 トオルは、いつもの軽快さをまるで捨てたように今日ばかりはリサの正義感を相手にすることはなかった。


「私は彼女を救うんだ」

 手元の彼女へと視線を落とす。大人しく眠る可憐なお姫さまの、震える瞼を見つめながら。


「トオル――っ‼︎」


 誰にも聞こえないトオルのその一言は、騒がしい夜の喧騒に揉まれて消えた。


 ――話は一週間前に遡る。

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