花に焦がれる、朝日に唄う

双瀬桔梗

花に焦がれる、朝日に唄う

花に焦がれる

第1話 花との出会い

 夕焼け空と同じ色のギターをかき鳴らし、少女は綺麗な声で、叫ぶように歌っていた。






 いつもなら絶対に家から出ない、太陽が痛いくらい照り付ける日。

 あまりの眩しさに引き寄せられるように、私は外へ飛び出した。

 持ち物は財布とタオルだけ。それを白色のポシェットに入れて、自販機でお茶を買い、特に行き先を決めずに、電車に乗り込んだ。


 自分の行動に、深い理由も、意味もない。

 でも、この意味のない行動が、一つの出会いを生んだ。


 なんとなく下車した駅の周辺をのんびり歩いて、偶然見つけた図書館で本を一冊読む。

 夕方になってもまだまだ暑くて、少しでも場所を求め、山が見える方へ足を向けた。しかし、駅の方から楽器の音が聴こえてきて、無意識に方向転換する。

 そして私は駅前で、一人の女の子に釘付けになった。


 乗車する人も下車する人も少ない、山に囲まれた自然豊かなで、その女の子はウタを歌っていた。

 歳は高校生くらいだろうか? 少し大きめの白いTシャツ、黒のジーンズにスニーカー。水晶みたいに透き通った茶色い瞳と、手入れの行き届いている長い黒髪。とても美人さんなのに、どこか近寄り難い尖った雰囲気をまとっている。

 それでも私は女の子の歌う姿に、どうしようもなく惹かれた。


 汗をかきながらオレンジ色のアコースティックギターをかき鳴らし、何かを訴えるように叫ぶ、荒々しくも、力強くて美しい声。決して明るくはない、歌詞とメロディー。

 いつか手の平からすり抜ける愛ならいらない、消えてしまう愛を受け取るくらいなら敵になった方がマシ、そうすれば何も失わずに済む、また何かを失うかもしれないという恐怖は消える……だけど、本当は誰かの温もりが欲しい――何となく、そんなイメージが浮かぶ、孤独なうた

 わずかでも、光を追い求めたいのに、怖くて前に進めないと言いたげな歌詞と、歌声に胸が締め付けられると同時に、じわりと温かくなった。

 私は暑さも忘れて、今にも泣き出しそうな彼女から、目が離せないでいる。


 歌が止んで、アコースティックギターも静かになる。


 私は自然と手を叩いていた。

 すると、少し驚いたような顔で、女の子がこっちを見る。

「大好きです。歌詞もメロディーも声もギターの音も……なにより、あなたが歌に込めた、あなた自身の想いが、……大好きです」

 私は自分が感じたことを、口に出さずにはいられなかった。目の前にいる女の子のすべてに、ひどく惹かれたから。

「ありがとう、ございます……」

 女の子は戸惑っているようだった。そこでようやく我に返り、自分の発言を思い出し、顔が熱くなる。

「あ、えっと……突然ごめんなさい……」

「いえ、その……誰かに、あたしの声が届いたのは初めてだったから……驚いたけど、すごくうれしい、です」

 女の子は目を細め、ふわりと微笑む。その表情もたまらなく愛おしい。

「あの、またここに来たら、あなたの歌を聴けますか?」

「え……あ、はい。隔週……第二と第四 金曜日に、ここで歌ってます。あと……ワンチューブに曲を投稿しているので、もし良ければ聴いてください」

 女の子は遠慮気味にそう言うと、ペコリとお辞儀をした。

「わんちゅーぶって、ネットでいろんな映像が見れるっていうあれですよね? すごい……ネットでも曲が聴けるんだ……」

 正直、私は同年代の子達の間で流行っているモノに疎い、と思う。だから、ワンチューブがどんなものなのか、詳しくは知らない。

 確か、スマホ携帯からでも見れると、友人のちゃんが言っていた気がする。

「はい。三ヶ月程前から、オリジナル曲を投稿しています……名前はなし はな。咲か無い、香ら無い、華で、なし はなです」

なしはなさん……あの、私、ネットとか詳しくないけど、友人に教えてもらって、絶対に華さんの曲を聴きます。また、ここにも来ます」

「……ありがとうございます」

 私は華さんと約束した。この、久しぶりに感じた……いや、温かさを、離さないように。華さんの目をまっすぐ見て、誓った。






「真夜ちゃん……これが、“推し”のいる生活ってやつなんだね……私が今 抱いてる感情が、“尊い”ってことなんだね……」

「う~ん……まぁ、大体は合ってると思うわよ?」


 夏休みが終わり、秋の訪れを感じ始めた頃。

 大学の講義終わりに私は、食堂でサンドイッチを食べながら、華さんの曲を聴いていた。そこに別の授業を受けていた、もり ちゃんがやってきたので、思わず感動を口にしてしまう。

 うどんを食べ始めていた真夜ちゃんは若干、呆れつつも箸を止めて、返事をしてくれた。


 華さんに出会ったその日の晩。

 真夜ちゃんにメールでワンチューブのことを聞いたのだが、文面では理解しきれず……結局、次の日に真夜ちゃんのおうちにお邪魔して、いろいろと教えてもらった。

 アカウントを作り、華さんのチャンネルを探して、登録。そこで華さんが、ツブヤイッターもやっていることを知る。ツブヤイッターのアカウントの作り方も真夜ちゃんから教わり、私は本格的なSNSデビューというものを果たした。

 飲み込みの悪い私に根気よく付き合ってくれた真夜ちゃんには、感謝の気持ちでいっぱいだ。

 ちなみに、ハンドルネームは『朝の太陽』。一応、本名に由来している。真夜ちゃんも一緒に考えてくれた、お気に入りのHNだ。


 それから毎日、朝昼晩と欠かさず華さんの曲を聴いている。

 華さんは既に、三つの曲を投稿していた。勿論、三曲ともしっかり聴いている。

 一曲は出会ったあの時、聴いたものだった。

 動画で初めて聴いた二曲は、“大切な人の夢を引き継ぐことへの不安と決意”のうたと、“孤独を抱えたまま、暗闇の中を一人で歩いている”ような曲で……心がまた、

 チャンネル登録した五日後に新しく投稿された曲からは、“一筋の光が見えたのに、それがすぐに消えてしまうのではないかと、不安に思ってしまう自分の弱さを嘆いている”ような……そんな印象を受けた。

 華さんの歌う曲は、やはり明るいものではない。だけど、だからこそ、私のココロにスッと入ってきて、冷え切っていたところに温もりを与えてくれる。




 第二と第四 金曜日の夕方になると、私は華さんの路上ライブを見に、あの駅へと向かった。華さんはいつも凛とした、けれども、少し寂しそうな表情で歌う。

 ライブが終わっても、私は華さんに話しかけない。初対面の時は声をかけないと、二度と華さんの歌が聴けなくなる気がして、つい話しかけてしまったけど、もうその心配はないから。華さんも特に話しかけてくることはなく、私が拍手をするとお辞儀をした後、微笑むだけだった。


 月に二回、生で華さんの歌を聴いて、それ以外の日はワンチューブに投稿されている曲を聴く。

 そんな毎日が楽しくて、とても幸せだ。


 日を追うごとに、華さんの歌を立ち止まって聴く人が、徐々に増えていった。動画の再生回数もどんどん伸びて、新曲が投稿されると、華さんの曲が素敵だと、人がいて……その人達と語り合う訳ではないけど、推し仲間ができたこと自体が、なんだかうれしい。






 本格的な冬がやってきた頃。華さんはライブハウスで歌うようになった。

 いろんな歌手の人達が出演するライブでも、華さんは変わらず、アコースティックギターを弾きながら、凛とした立姿で歌う。だけども、はだんだん、柔らかくなっているように見える。


 華さんがステージに立つのは、路上ライブをしていた頃と変わらず、第二と第四 金曜日。

 私は彼女の歌を聴くために、必ずライブハウスに足を運んだ。


 きっと華さんはもっと人気になって、いつかはプロにもなって、もっと大きなステージで歌うようになるんだと思う。そうなれば、華さんの歌をずっと聴いていられる。この心の温もりだって、もう二度と消えることはない。

 そんな風に思っていた。そう、信じたかったのに……






 三月の第四 金曜日。

 ライブハウスに、華さんの姿はなかった。


 ワンチューブに投稿されていた曲は全て削除され、ツブヤイッターの更新もない。


 その後、どれだけ月日が経っても、華さんがライブハウスのステージに立って、歌うことはなかった。

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