草木ふかし

@take156

第1話 実りの時

草木は地面に根を生やし、草はおい茂り、樹木は幹を、枝を、葉を、花を、実を育てる。

剣にも同じことが言える。「心」が実や花だとすると、「技術」は幹や枝だ。「体」を幹、根だと教えられた。この三つをもって心技体と。



男は今のところ何もしないでいた。

老犬のまなざしが鬱陶しくこちらを窺っている。

「散歩の時間だ」

そう言いたげな目をしていた。

「へいへい。行きますか。」

外に出るのは久しぶりだ。リードをつなぎ外に出ると祖母が庭の手入れをしていた。

「やっと出てきたのかい。今日はいい天気だよ。」

外は本当にいい天気だった。二月だというのに春を思わせる陽気だった。日差しは暖かく、新芽があちらこちらから顔をのぞかせていた。

犬は

「さぁ、行くぞ!」と背伸びをしていた。

男は

「おい待て。ケガをしてはいけない。準備運動を…」

三十代前半、これといった運動はしていない。見るも哀れなこのお腹。

しかし老犬は

「待てるか!行くぞ!」

ぐいぐい引っ張っていく。こいつ何歳になったのだっけ?

そんなことを考えていると

「先生。」

聞きなれた女の声がした。俺のことを「先生」そう呼ぶ女は三軒隣の娘だ。顔は悪くないのにそれをかき消すくらいのぺりとした、能面女なのだ。

「先生はやめろ。何回言わせるんだ。」

「先生。今日の稽古は?」

「そんなのねぇよ。帰った。帰った。」

「先生…稽古を…」

このやり取りも何回、何十回、何百回、何千回、繰り返してきた。

その度に俺は

「なら走ってろ。」

女は頷き、そのまま走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る