9月 横長の夜の窓

 今回は、子どものころの記憶の一つについて。


 わたしは幼いころに何度か引っ越ししたので、小さいころの記憶が場所とあまり結びついていません。どの家、どの街でのことだったのか分からない記憶もいくつかあります。


 できるだけ思い出して、書いてみます。でも想像力を働かせすぎて、記憶を上書きしちゃうのもいやだから、あんまり細部を思い出そうとしないことにします。


   ◆ ◆ ◆


 その家の二階には、あまり使われていない部屋がありました。

 ひとむかし前の日本の家によくあったような、カーペットが床全体に敷き込んである洋間です。壁は木の板張りだったと思います。物置みたいになっていたのだと思いますが、物は少なく、がらんとして、たしか窓ぎわにソファがおいてありました。


 その窓というのは、横に細長い1枚ガラスで、深い出窓みたいになっていて、花瓶くらいなら置けそうなスペースがあるのです。


 この窓からは、ずいぶん遠くまでひろびろとした景色が見えていた、と思うのですが、記憶にあるのは夜の光景だけです。幼いわたしはソファの上に乗って、少し無理をして出窓にからだを乗り出し、ガラスに顔を近づけて外を眺めていました。

 明かりひとつ無いまっくらな外の風景の向こうに、ずっと向こうに、電飾を灯した観覧車が見えました。たぶんわたしはそれを見たかったのです。


 その観覧車のある場所に行ったとか、乗ったとかいう記憶はありません。ただ真っ暗な、横長の窓の向こう、ずっと遠くに見えただけ。


 ただそれだけの記憶で、他のどんな記憶とも結びついていないので、それが何歳ごろのことかも、どの街のどの家でのことだったのかも曖昧です。そもそも本当に観覧車なんて見えたのか、そもそも本当にそんな部屋が存在したのか、それも分かりません。たしかめる方法もなさそうです。


 面白くもなんともない話ですね。山もオチも意味もありません。だからこのまま小説のネタにもなりません(そのうち形を変えてネタにするかもしれませんけど)。ただ思い出すと、不安なような、怖いような、孤独なような、懐かしいような、そんな気持ちになる、それだけです。

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