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「いてて」
ベッドから落ちた。
「なんだ夢か」
同人さえあれば、他に何もいらないのに。なんか神様、変なこと言ってたな。
「おっ」
ダンジョンに誰か入ってきた。同人運搬業者(勇者)かな。
扉が開く。
「はいどうも」
勇者。
行動不能。
「おっ。お?」
行動不能に抗っている。
「おお。すごいすごい。抗ってる人は初めてだ。どうぞどうぞこちらへ」
ソファのほうに招き入れた。
「同人読みます?」
ダンジョンの表示を、敗北から勝利に切り替えた。BGMがいつものリラクゼーション音楽に切り替わる。
「初クリアおめでとうございます」
この人は同人取らなくていいや。この世界の神様もなんか言ってたし。
「何飲みます?」
最近は急須とお茶とかもあるんだよね。沼最強だわ。
「あのっ」
「はい」
「あなたが、沼の姫君」
「ああ」
そういえば、神様もそんなこと言ってたな。
「そうみたいですね。どうも。同人まみれの沼の姫君です」
「ようやく。わが一族の悲願が」
「悲願?」
勇者。
泣き崩れる。
「ちょ、ちょっと」
同人に書けそうなイケメンの顔が台無しですよ。泣かないで。
「申し遅れました。わたくし。この沼を攻略している勇者の一族、第56794代目当主です」
「あ、はあ」
56794て。すごいな。長生きじゃん。
「我々一族には、代々受け継がれる伝説がありまして」
「はい」
「初恋を経験する前の人間は、男も女も、同人誌を持って、このダンジョンに挑むのです」
「はあ」
あ、もしかして。
「同人運搬のかたですか?」
「運搬?」
「あ、ああいえ。こちらの話です。どうぞ。お続けください」
「はい」
顔を真っ赤にした勇者。よく見たらイケメン過ぎて男か女かわかんねえな。BもGもいけんじゃん。同人はかどりそうだな。
「我々は、まずこのダンジョンで。初恋を経験するのです」
「初恋」
なにそれ。
「この沼の姫君を、絶世の美女を。いつか、誰かが見初めるために」
「え、ごめんよくわかんない」
「いままで数十万もの初恋を知らぬ男や女が、勇者としてこの沼に突撃し、初恋破れて同人誌だけを残し帰還してきました」
「ごめんもっとよくわかんない。どゆこと?」
「あなたは、沼の底で、ひとりきりだと。誰かが、いつか、見初めねばならないと。それが、同人と共に神より授かった天啓です」
「いみわかんない」
「わたくしが。56794代目当主が。遂に任を果たします。沼の姫君。付き合ってください」
「え、無理」
「え」
「いや、だってさ、知らんもの。恋愛とか。生まれてこのかた現実世界でもひとりだったし」
「うそつけえ。こんなに同人並べておいて色恋が分からないなんてことないでしょうが」
「わからないのっ」
「うわ」
「わからないってことにしてよっ。わたしはずっとひとりだったの。同人だけが。誰かが欲望を満たすために描いた物語だけが。わたしのひとりぼっちの気持ちをやわらげてくれたの。だから」
だから。
「わたしは。ひとりぼっちなのよ。異世界転生しても。だからもう、ほっといてよ。わたしは。ひとりなの」
ひとりだから。ひとりにしてよ。
「いや、ふたりで読みましょうよ」
「ばかいうなよ。同人誌をふたりで読んでどうすんだよ」
「そうだ。いきなり付き合うって言ってごめんなさい。まずはお友達からはじめましょう。うん。そうしましょう」
「おいこら。出てけよ」
「行動不能効かないでぇす」
「あっこの。おい。同人にさわるなっ」
「どれから読もうかな」
「やめろ。ほんとに。やめろ」
たすけて。
「これにしようかな。あ、同人描いたことあります?」
もうむり。
「読むのと同じぐらい、描くのもたのしいですよ。わたくし。こう見えて、けっこう描けるんです」
「やめてよ。やめて」
涙が止まらなくなった。
「もうひとりじゃないですから。読みましょ。同人」
「うん」
「おつかれさまでした。ここまで。ひとりで、よくがんばりました」
「うん」
「よい同人異世界ライフを。どこまでも、わたくしがお供しますから」
「うん」
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