第3話 心の折れた私についに癒しがやってきた

 仕事から帰ってきたノアさんは昼間、あんなヤッベェ自室を私に見られたというのに全く気にする様子もなくウキウキと料理を作っている。な、何やら鼻歌まで!!


「フン♪フン♪フーン♪」

 なんだこいつ!?ほんとヤバイな!!


「上機嫌ですね…」

 と後ろから声を掛けてやると


「あっ!お嬢様キッチンに入ってはダメです!」


「何でよ?私だってお皿くらい出せるわよ」

 暇だし。


「そ、そんな!私がやりますから!!私は貴方に奉仕するのが役目なんですから私から仕事を取り上げないでくださー…」

 と切なそうに言う変態執事を無視して


「これ運ぶね」

 とトレイに乗せて出来た料理を二人分運ぼうとしたら…


「お嬢様!そんなか細い腕で料理を運ぶなんて!!私におまかせを!」

 とトレイを押さえてくる!


 お互いにグググと攻防が続くのだがもちろん力じゃ叶わないので早々に手放した。

 くっそー!!


 彼はささっと運んで行きテーブルに料理を並べた。心なしかソースがハートマークだ!

 そういうのいいからやめて。


 ようやく夕食にありつける。相変わらず絶品だし、美形が目の前にいるし不味いわけはないけど…カチャリとフォークを置くと…私は涙を溜めた。


「お、お嬢様!?」


 さあ!ショータイムよ!!

【泣き落とし作戦】スタートである!!


 なんだかんだ男は女の涙に弱い!!

 そして私は魔力操作で地味に涙を流すことが可能だ!!なんて地味な魔力の使い方かと思ったか!?

 仕方ないでしょ!この美形の超絶魔力と比べて蚊みたいな魔力なんだから!!


「な、何故泣くのですか!、まさか…私の料理が不味くて!?ならば直ぐに捨てて…」


 えええええ、そっちいいい!?

 そっちと取るの!?いや、だめ!料理はクソ美味しいからああ!


 咄嗟に皿をグググっと押さえて


「ち、違うの!料理は美味しいわ、でも違うのよ!!お父様やお母様や弟達と家族団欒でお食事していたのを思い出して辛いのよ!!」


 と口撃開始だ!!

 流石にノアさんはそれに反応した。


「あ…わ、私も誰かとこんな風に食卓を囲うのは久しぶりです…両親は火事で亡くなりましてそれからルンドステーン家で働くことになりましたが主人と食事はせず、寝静まった頃一人与えられた一人部屋で黙々と食べていました。


 えっ!火事で両親亡くなったの!?やだ!可哀想………って私が同情してどうすんのよ!?こっちは誘拐された寂しさを伝えようとしてんのに逆に?逆にもっと不幸な環境知らされるなんて!こいつ、やるわね!


「ですから…こ、こうしてヴィオラお嬢様とお食事を共にできるなんてとても嬉しくてほんと夢を見ているようです…」

 と照れながら幸せそうに笑うノアさん。


 だああああ!!だからっ!その食事ができるのはお前が誘拐してきたからだろうがあああ!!


 くうううう!負けるかっ!


「お母様…私が居なくて気を落としていないかしら?猫のミラも…。私によく懐いていたから。あのフワフワの毛を思い出すと辛いの…」


「お嬢様…大変に言いにくいことですが…私はお嬢様をここへお連れする前に何度かお屋敷周辺を見ていましたが…」


 おい!それ!誘拐計画の下見かよ!?


「…木陰から妙な声が聞こえたと思ったら奥様と使用人の方がその…逢引をして淫らな関係になっておりました……」


 ……………………!?

 は?

 ちょっ…お、おまっ、えっっ!!?


「そ、そそそれってお、お母様が…使用人と浮気していたという事なのかしら!?」

 ノアさんは真剣な顔で嘘はついていないようだ。ご愁傷様ですとでも言いたげな顔で目を伏せたのだ。


 ひっひいいいい!!な、なんですとおおおおお!?お母様っ!!お父様や私達を裏切りなんて事をしでかしてんのっ!!


「しかも…聞いてしまいました…。


『貴方の子ができたから私と逃げて?お願い旦那と娘や息子達にはもちらん内緒で…どこか遠くで暮らしましょう?大丈夫資金なら私がいろいろ日頃から準備して宝石類から家のお金も少し持ち出すわ』


『奥様…ああ、私達の子ですか!嬉しい!!直ぐに準備しましょう!』


 という会話でした。それからここ数日私がお嬢様をこちらにお連れした後、混乱に乗じて奥様とその使用人の方は逃げました。旦那様はもはや怒りと意気消沈で…


『く、くそ!あの女!!俺を騙してまだ若いコンラードなんかと!!どうせ娘のヴィオラも婚約が嫌で何処ぞの男と駆け落ちしたに違いない!!女なんて最低な生き物だ!!』


『お父様…僕たちお母様とお姉様に裏切られて捨てられたの!?』


『スヴェン!!くっ!!すまん!お前だけはお父様を裏切らないでくれ!』


『はい!お父様!僕立派な後継になります!あんな穢らわしい女達は家族ではありません!忘れましょう!!これからはお父様を支えて生きていきます!僕のお嫁さんになる方も誠実な方を選びます!…裏切ったら殺します…』


 と言っていたのをここ数日様子見していました」


 うわあああ!!何それ!!

 お母様私のこと探して泣いてるかもしれないと思ったのに若い男と子供作って逃亡って!!何なの!?私の誘拐に混乱してるのをいい事に愛の逃避行!?


 そのせいで私まで駆け落ちみたいな事にされてんの!?いや誤解ですそれ!!私は誘拐です!


 スヴェン気付いてよ!!何決心しちゃってるの!?これだから女はすぐ浮気するみたいなやめてよおおお!私内面はお父様似で絶対浮気とか許さないタイプじゃないのおおお!!


 ふざけんなーー!!


 ガクリと私は頭を抱えた。

 泣き落とし作戦は失敗し、もはや逃げ出しても帰る所がないことをノアさんに告げられた。


「あ…アクセル様は?どうですか?」

 会ったこともない婚約者の反応はどうだ!?と言ってもヤリまくってる婚約者に助けを求めるのはお角違いだろうか!?


 すると…ノアさんは言った。少しだけ怒りを含ませている。


「お嬢様のことふしだらな卑しい女だと。駆け落ちしたとの噂を聞き、疑うことなく


『何という尻軽女だ!!流石あの母親ありの娘だな!婚約者と会う前に逃げ出すとはな!あの女の姿絵は私の好みの顔だし妻にしてもいいと思っていたが飛んだアバズレだったようだ!婚約話は破棄し俺は別の令嬢と結婚するとしよう』


 との事です!お嬢様のことを酷く言うので殺してやろうかと思いましたが何とか抑えましたよ」


 おーおおおお!!アクセル!!お前っ!お前こそ婚約前に女といろいろヤッてる奴にだけは言われたくねーよっ!お前こそ不誠実の塊じゃねえか!?

 最悪だわ!婚約しなくて良かったわ!!

 いや、女けしかけたのこの変態だけど、意思が強けりゃ断る事だってできたのに、何人もとしてんだろ?無理っ!!


 私はついにテーブルにゴンっと頭から沈んだ。

 撃沈だ。家族も婚約者もダメだ!助けなど何処にもない!!駆け落ちなどと言う噂が広まっているなら友人知人にも知れ渡り私の評判は地の底に落ちてしまっているだろう!!


 もはや…打つ手なーし!!


「お嬢様…心配しなくとも貴方はあんなヤリ●●野郎の所にお嫁に行かなくとも私がここでお世話致しますから!愛されなくとも尽くす犬として!こうして会話できてお食事できることが何より私の幸せなのです!私の生きる力です!」

 と…何ともキラキラな笑顔になったノアさん。


 私は絶望した。

 その笑顔を見るだけで心がボキボキ折れていく。


「み…ミラは??」

 もはや何言ってるか解んなくなってきた。猫が助けに来るわけない!!

 それでもあのモフモフに癒されたいよおおおお!


「お嬢様……ミラちゃんにお会いしたいのですね?」


「うっ!!な、何よ!?どうせ無理に決まって…」


 と言うとノアさんは転移魔法で消えた!

 はっ!?あいつどこ行った!?


 すると、しばらくして戻ってきたノアさんの左手に猫用の籠のケースと玩具等を持って現れた。籠の中から私のミラの声がした!!


 ノアさんは籠を開けると白い毛のミラが現れた!!


「ミラ!!」

 か、感動の再会である!!数日ぶりなんだけどね?

 しかしミラは慣れない匂いの家にさっと物陰に隠れた!


「匂いに慣れたら出てきますし、お嬢様もいますから大丈夫です。ミラちゃんはこの騒動で誰からも忘れられており、この3日くらい放っておかれたようです。お水は何とか飲んでいましたが…餌を与えられていなかったのです。基本お嬢様のベッドにいました。ここに連れてきて良かったです」

 とノアさんはにこりと綺麗に笑むからドキリとした。餌を取ってないこととか何で判るんだよ!?


 くっ!ミラを連れてくるなんて反則!!ていうかミラも拐われたんじゃないの!!


 こうなる様に仕向けたのはこいつだろうし。お母様のことだってもしかしたらこいつが何らかの手で使用人をけしかけたのかもしれないわ。そうまでして私を監禁したかったのか!!


 とは言え…もはや逃げる手段など無い。

 後は色仕掛けとやはり酒を飲ますことだけど、まだ雪の中、更にミラを連れて逃げるという過酷な未来があり、遭難してどの道死ぬ運命しか見えない!!


 するとミラのご飯を用意してくれたノアさんがミラを呼んでみた。

 そろそろと匂いに釣られてミラは餌の元にきた。そして美味しそうに食べ始めた。


「味はどうですか?………そうですか、良かった。お気に召しましたね。ふふっ」

 と言ってる。


「ちょっと…何?ノアさん…ミラの言葉判るとか言わないわよね?」


「ああ…判りますよ?私魔力高いので」


 なっ!!何だとおおおお!?

 さらっと私のミラと会話できること言いよった!!くうううう!私は低すぎて無理なのに!!


「先程もミラちゃんはご主人のとこに行きたいと泣いていたから丁度いいので連れて来ました。お嬢様も会いたがっていたから」


 何いいい!?ミラは誘拐じゃないのか!!いや、誘拐!?どっちよ!!


「……お嬢様とも会話出来る様にしてみましょう。そうしたら昼間も少しは寂しくないかもしれません」


「えっ!」

 ……やだ、優しい…。

 って騙されんなああ!こいつのせいで監禁されてることには変わらないんだよおおお!!


 ノアさんはミラに魔法をかけるとミラはこちらを見て


「ご主人…ミラを捨ててどこかに消えたと思ったにゃ」

 とミラが喋った!!


「ミラ!貴方と喋れるわ!!凄い!!」


「ご主人…番にお礼を言うにゃ、ご主人はあんな家にはそぐわなかったにゃ」


「は?つ、番?」

 何のことかしらミラ…?


「ん?こいつでしょ?ご主人の番は…?こいつミラがあの家に来た時からちょろちょろ木に登ったりたまに侵入したりしてご主人のことずっと見ていたにゃ。天井裏に潜んでいたりもしたにゃ」

 とミラが暴露してノアさんはちょっと焦った。


「ノアさん…どういうこと?うちにも侵入していたの?天井裏?貴方暗殺者か間者なの?」


「逆にゃ。ご主人を拐おうとしていた間者を逆に捕らえていたみたいにゃ」


「えっ!??私を!?」


「お嬢様を拐おうとする不届き者は多かったのですよ?夜会で知り合ってよく口説かれていたりしたでしょう?ああいう者に雇われた奴を私が捕らえて捨ておきました」


 ていうか何で夜会のことまで知ってるのよ!!?後、捨てたってどこに捨てて来たのよおおお!?


「え、まぁそ、そうなの…まぁありがと」

 微妙なお礼を言いつつも複雑な思いだ。


「で、でも番じゃないわよ?ミラ!私誘拐されたのよ!この人に!この人も間者という事になるわよ!?」


「でも…悪い奴に見えないにゃ。猫はいい人間か悪い人間か見れば判るにゃ。こいつはそんなに悪い人間じゃなく、むしろご主人を崇拝しているにゃ。あの家の人間よりよほどマシにゃ」

 とミラは言うと3日ご飯くれなかったことを愚痴り出した。


「もうご主人に会えないかと思ったにゃ…ミラはここにずっといるにゃ!ここ気に入ったにゃ!」

 と喜んでゴロゴロ喉を鳴らした!!


 えっ…ミラ…ちょっとー!逃げなきゃダメよ!!こいつから!!こいつ変態なのよ!?


 とノアさんを見るとにこりと笑っていた。

 …なんてことだ…こ、これは猫好きの私に対するニャンコトラップだわ!!

 加えて猫は寒い所が苦手だから外には出たがらない!!


 策士!!

 変態のくせに!!

 流石長年私をつけ回し覗き見していた変態だ!

 好みから何から何まで知り尽くしてやがる!!

 くっそおおお!!

 私がモフモフのミラに弱いことも見抜いてこんな手に出るとはね!!


 私はノアさんを睨めつけながら膝に乗るミラのモフモフな毛を撫でていた。

 くっ!目の前に憎い美形がいるのに手は毛を撫でている!癒される!!ミラの毛は最高よ!!


 この撫で撫でがないと私生きていけないもの!!くっ!!

 どうしてくれようかしら!?

 と悪役みたいな思考に至る私だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る