ピエロは今日も仮面を被る

銀髪ウルフ  

   ピエロは今日も仮面を被る

「きゃはは、ねえお父さん見てみて。あのピエロ!」


小さな女の子が隣に立つお父さんの手を握りながら楽しそうに笑っている。

もう片方の手にはそこらの売店で買ったのだろう、ピンクの風船が握られていた。

そして風船を挟んだ隣には母親らしき女性がそんな女の子をほほえましく見つめている。

日曜日の遊園地にはよくある光景だ。

どこを見渡しても家族やカップルなど幸せそうな顔であふれている

私はそんな行く人達の幸せそうな顔を見ているのが好きだ。

だからこうしてピエロという道化を演じている。

みんなはピエロをただの道化と馬鹿にするけどほんとはこんなにもすごい職業はきっと他にはない。

だってどんな時でも自分をピエロというマスクの下に隠して道化を演じきる。

そこに私という個は存在しないし見せてはいけない。

あるのは人々を笑顔にするという使命だけだ。

そして自分という存在を完璧に消し去ったときにだけ使える唯一の魔法。

それが笑顔と笑いだ。

人々を笑顔にできる、それがピエロ。

こんなに尊い仕事はきっと他にはない。



数日前から気になっていたことがある。

ここ最近毎日のようにピエロの公演を見に来る青年がいるのだが、いまだにその青年が笑ったところを見たことがない。

いつも思いつめたような顔でただピエロを見つめている。

そして公演が終わればほかのアトラクションには目もくれずに帰路に就く。

ピエロ以外にその青年を気に留める者などいない。

むしろ青年の存在を感じているかすら怪しい。

それほどまでに青年の影は薄く、生気を含んでいない。

そうした光景を何度も見るたびにピエロは青年に興味がわいてきた。

明日も来るなら。

明日こそは笑わせてやる。

そう意気込んでいつにもまして道化を演じる。

だが青年の顔は次第に曇っていく一方。

そしてついには公演にすら来なくなった。


心に靄を抱えたまましばらくの時を過ごす。

そしてある時、青年を見つけた。

彼はベンチに腰掛けながら物思いにふけっている様子だった。

そんな青年のことなど気にも留めず、街行く人々は足早に彼の前を通りすぎていく。

ピエロは風船を配っている途中だったがこの機を逃すすべはないと思い意を決して青年に話しかける。


「やあ、こんなところでなにをしているんだい?僕と一緒に楽しいことをしよう。」


ピエロらしくおどけた調子で尋ねる。

青年は話しかけられるとは思っていなかったらしく驚いた様子でただ見つめ返すばかりだった。


「どうしたんだい、そんな驚いて。僕の顔に何かついているのかい?あっ、ほんとだこんなところに赤いものがついていたんだね。」


ピエロはそう言いながら自分の鼻のあたりを触っている。


「あれ、取れないぞ。いて、いてて。なんだこれは僕の鼻じゃないか。そうだ僕の鼻は赤かったんだ。」


などとおどけて見せる。

周囲の人たちはなにが面白いのか道化を始めたピエロの周りでゲラゲラと笑っている。

青年にとってはなにも面白くもなんともない。

不愉快極まりない場面でしかない。

そんな青年の気持ちを代弁するかのように彼の表情はどんどん陰りを見せる。


「さあさあ、次は何をしようかな。おっこんなところに瓶があるぞ。」


そういいながらピエロはジャグリングを始める。

だが失敗、初めてやったであろうことは一目でわかるほどにへたくそだ。

周囲からも野次が飛ぶ。


「おいおいどうした、全然じゃねーか!」


「ピエロのくせにそんなんもできないのかよ。」


「だっせーな。」


そんな野次馬たちの横やりに周囲の人たちはますます盛り上がる。

みんなピエロを指さしては馬鹿にしたように笑っている。

ついに青年は我慢できなくなって叫んだ。


「あんたはそれでいいのかよ。みんなから馬鹿にされて笑いものにされて、あんたはそれでいいのかよ。見ろよ、この状況を。こんだけ笑いものにされて、それなのにあんたはまだ笑われ者になろうとする。それでいいのかよ」


このピエロを見ていると自分でもわからないがイライラする。

周囲の人間から馬鹿にされることは青年にとっては苦痛でしかない。

それなのにこのピエロは自ら笑われ役を買って出ている。

意味がわからない。

青年はピエロにひたすらにまっすぐな視線を向ける。

他の人々はそんな青年に目もくれない。

だがピエロは青年から目が離せないでいる。

彼と話したい。

そう思った。

ピエロは立ち尽くす。

すると周囲の人々はもう終わりかなどといいながら次第に散っていく。

周囲の人だかりがなくなったころを見計らってピエロが青年に語りかける。


「君は何をそんなにイラついているんだい?僕はピエロだ。笑われるのが仕事さ。だから君も笑ってくれよ。僕はまだ君の笑顔を一回も見ていないよ。」


そういうとピエロは青年と向き合うように彼の正面に立つ。


「どうしてそんな風にしていられるんだ。自分を殺して人に笑われてそんな人生になんの意味があるって言うんだ」


青年は俯きながらつぶやくようにピエロに問いかける。


「君は何か悩んでいるんだね。ピエロは確かに笑われものさ。けどねとても尊い仕事なんだよ。人は弱い生き物さ。誰もが口には出せない劣等感を持っている。だからね自分より下の人間を見て馬鹿にして安心したいんだ。そうしてそれが明日を、毎日を生きていく糧になる。みんなが幸せに生きていけるなら僕は笑われ者でいい」


ピエロは少し恥ずかしそうに話す。

だけどそこには確かな芯の強さと覚悟を感じた。


「あなたはどうなるんだ。あなたの幸せは。笑われて馬鹿にされて、あなたは何を糧に生きていくんだよ。道化に隠した貴方の心は。なくなっても、壊れてもいいのかよ。」


「あなたは、優しい子ですね」


「俺は優しくなんかない。ただ自分があなたのことが気にくわないだけだ。」


「いいえ、あなたはちゃんと優しい。私が笑いものになっていることが耐えられなかったんでしょう?けれどあなたが気にする必要なんてないよ。これは僕が選んだ道だ。それに僕の心はここにある。ピエロという道化とともに生き続ける。僕はピエロだ。みんなを笑顔にするそのためだけの存在。そこに僕という個は不要なんだ。」


「どうしてそこまで人に尽くせる。自分を犠牲にしてボロボロになりながらそれでもあなたは人のために生きるというんですか。」


「それが僕の使命です」


そういうと一瞬だけ悲しそうな表情を見せる。

だがそれはすぐに消えさり道化の仮面をかぶる。

ピエロは孤独だ。

一瞬の出来事だったが青年がピエロを理解するには充分だった。

これが彼の生き方なんだ。

なんて悲しく、つらい。

だけどとても尊い、ピエロの言っていた意味がわかった気がした。


「わかったよ、ピエロ。だけど一つだけ言わせてもらう。“ありがとう”」


その一言だけで充分だ、ほかに何も言わなくても彼の気持ちは伝わった。


(おれはあなたを見ている、ピエロという道化ではなくあなた自身を)


青年はまっすぐだ。

とても暖かく優しい心を持っている。

だからこそいくら他人とは言え人に笑われ続けているピエロに怒るんだ。

自分のことじゃないのに自分のことのように怒り、他人にぶつかっていく。

そして他人を理解してあげることができるやさしさと懐の深さも持ち合わせている。

人のために怒れる青年と人のために笑われるピエロ。

どちらの根源にあるのは人としてのやさしさかもしれない。


青年と別れた後ピエロは泣いた。

一人で。

笑いながら、その涙を人に見せることなく心の中で、大声で泣いた。

ああそうだ、自分はピエロなのだ。

人を笑顔にする、それが僕の仕事だ。

だから僕はここで踊り続ける。

僕を見て笑ってくれる人がいる限り。


青年はピエロの仮面をかぶり今日も舞台に上がる。

みんなを笑顔にする為に。




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ピエロは今日も仮面を被る 銀髪ウルフ   @loupdargent

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