第十八話 蔵

 小春は強く腕を引かれ、外の蔵へと連れてこられていた。

 重たい扉が開かれ、暗い蔵の中に外の光が差し込む。


「おじいちゃん!」


 その光の差し込んだ先には、両手を後ろ手に荒縄で縛られた郷長の姿があった。


「お主ら、孫までも連れてきおったか」

「あんたが裏で手を引いてるなら、こいつも共犯者だ。そして一番怪しいこの二匹もな」


 若葉と双葉は無理やり竹かごの中へ押し込まれるのに抵抗していた。

 郷長がため息をつく。


「若葉、双葉。悪いが今は大人しくこやつらに従っておくれ」

 その言葉に二匹は抵抗をやめ、すんなりと竹かごへ入った。


「このすんなり従わせるところが、奇妙だって言ってんだよな。ほら、お前も入れ」

 男は小春を乱暴に蔵へ突き飛ばした。


 小春は小さく驚きの声を上げ、蔵の石床に膝まづいた。その瞬間、大人しくしていた二匹が竹かごを壊しそうな勢いで男を威嚇する。


「おー、怖い怖い。もう引っかかれるのは御免だぜ。それじゃ、会議の結果をそこで楽しみにしていてくださいね」


 男はゆっくりと蔵の扉を閉めると、外から鍵をかけた。蔵の暗さに目が慣れず、自分の手足でさえもどこにあるかわからなかった。


「悪いなあ、小春。お前をこんなことに巻き込んでしまって」

 祖父の声が少し離れた位置から聞こえ、なんとなくそちらを向く。


「あたしは大丈夫だけど、一体何が起こっているの?」


「いやはや、一部の人間に御神石の封印を解いたのは、わしではないかと疑われておってな。特に若葉や双葉を遣って、妖怪を手引きしたりしてるのではと噂されておる」


「そんな、あたしがおじいちゃんに二匹を預けていたから」


「なに、気にするな。小春は訓練に集中しなさい。預かるといってなかば放し飼いにしてたのも、わしの責任だしな」


 はっはっは、と場違いな笑い声をあげる。


「そうだそうだ、ところで訓練の調子はどうだ? 銀次達とは上手くやっておるか?」


「うん、色々教えていただいてるよ。昨日は癒しの言霊を習ったの。午後は模擬訓練でしごかれたけど」


 そうかそうか、と祖父は楽しそうに話を聞いている。こんな形でお互いの顔も見えないが、祖父と面と向かってゆっくり話せるのは久々だったので、小春もなんだか安心し、嬉しくなった。


「でも、まだ実践となると体がすくんじゃって。ついさっきもね、備品室に妖怪が来たの。その時も錦が助けてくれたんだけど、このままじゃあたし駄目だと思って」


 良い機会だと思い、小春は退治屋に来てから身に起こった事を祖父にたくさん話して聞かせた。


 話しているうちに暗さに目が慣れてきたので、二匹の入れられた竹かごを自分の傍に引き寄せる。竹かごの隙間に人差し指を突っ込むと、どちらかの鼻が触れた。


「ごめんね、こんな時に撫でてやれなくて」


「まあな、錦も琴音も根は思いやってるんだが、昔からどうも言い合いがなくならなくてな。仕舞いには琴音が錦に言い負かされて、いつもしょんぼりしていたもんさ。それを夏月が慰めてたなあ。秋穂はお姉さん気質だから、よく錦を叱っていた。大きくなってもかわいいやつらだよ」


 祖父はしみじみと語る。


「ねえ。もし、おじいちゃんが裏切り者だってそのまま都送りになったとしたら、郷はどうなるの? 元通りになる?」


「どうだろうなぁ、そもそもわしは都に送られるのか。この瘴気の中に放り出される可能性もあるからなあ。まあ、ちとこのままだと郷を元に戻すのは難しいかもしれんな」


 その言葉に言葉がつまる。


「だがな、難しいってだけで無理とは言っとらんぞ。元に戻る希望もある。それがお前たちさ」


「そっか。でもおじいちゃんは本当に封印解いたりなんかしてないんだよね?」


「わしはしておらん。ただ、他の何者かによって手を加えられ始めたのを感じて、気にはしていた」


「他の何者か。でもそれなら、おじいちゃんは妖怪の中に放り込まれたり、ひどいことはされないはずだよね」


「小春、これだけは覚えておいて欲しいんだが、妖怪はなにも悪い奴らばかりではないんだよ。良い妖怪もたくさんいる。それに、その郷に祀られている猫神様だって、元々は妖怪だぞ」


「あ、そうか。ずっと妖怪から逃げてばかりだったから、悪いものって考えちゃってた。楓からも少し聞いたんだけど、封印されてた猫姫様と祀られている猫神様はなんか繋がりがあるの? 少し紛らわしいというか」


「猫姫様は猫神様のお姉さんだよ。正確には義姉だがね」


 ということは、楓の話を思い出す限り、姉の猫姫様の悲しい恋の末路を見た妹の猫神様が、恋の神様になったということか。


「猫神様も妖怪なら、まだどこかで生きてるってことだよね?」


「生きてはいるんじゃないかな。現に我々は加護を受けているのだから。ただ、生きている世界が違うのかもしれんがな」


 しばらく沈黙が続き、考え事をしていた小春はいつの間にか眠気に舟を漕いでいた。

 祖父も瞑想をしているのか、寝ているのか、話し出す気配はない。

 ふと、静寂の中で話し声が聞こえた気がした。外ではない、蔵の中でたしかに話す声が聞こえる。


 ニンゲンダ、ニンゲン。ヒサシイナ。

 ニンゲンダケド、チガウ。

 イヤ、ニンゲンダ。


 話し声に耳を研ぎ澄ませると、やはり複数の何者かが話しているようだ。


「どなたかいるんですか?」

 暗くて見えない空間を見上げ、小春は声をかけてみる。

 

 オラタチ、キヅイタ?

 イヤ、マサカ。


「彼らは付喪神だよ。この蔵には古くから郷の祭りで使われる道具も仕舞ってあるからね」

 付喪神、小春は小さく呟くとまた空間を見渡した。

 

 オイラタチノコト、シッテイル?

 ダレダ、シリアイ? ダレダ。


「アレ、誰かと思えば郷長のゲンじゃないカ」

「なんだ、ゲンか。ひさしいナ」

「なんだとは悲しいじゃないか」


 今まで衣擦れや葉音のようにしか聞こえなかった声が、はっきりとした口調でどこからか降ってくる。

 祖父も言葉とは裏腹に嬉しそうに笑う。


「悪いコトでもしたのカ?」

「わしはしていないんだがな、悪いことをした犯人だと思われている」


 付喪神たちはなにがおもしろいのか、ユカイ、ユカイ、と自身を震わせカタカタと音をたてている。聞いているこちらまで愉快な気持ちになってしまいそうだ。


「ソウダ、今年の収穫祭はマダなのカ?そろそろ練習が始まる頃ダロウ」

「ううむ、今年は出来んだろうなあ」

「ナゼだ? 心待ちにしておったのニ」

「放っとかれるとサビちまうヨ」

 付喪神は寂しそうな声をだす。


「ちと、郷全体が立て込んでてな。祭りどころじゃないんだよ」

「ソウカ、今年は稲穂神には会えなんだカ。こりゃこりゃ、残念」


 またしばらく会話が途切れ、時間の感覚もなくなり、うつらうつらとしはじめたときだった。


 重たい音を立てて、蔵の扉が開かれる。

 外も陽が落ちており、目がくらむことはなかった。


「わしの処分は決まりましたかな?」

 何の感情もとれない声で郷長は聞く。


「いや、話を聞かせてもらうために、郷長殿も会議に参加してもらう事になった。出てきてくれ」


 話し方や態度から、今回の会議には中立派の人間のようだった。まだ若い印象だが、手練の風格がある。


「孫も一緒にか?」

「お孫さんは可愛そうだが、もう少しここにいてもらう」


「そうか、なら一つだけ頼みがあるんだが、猫を竹かごから出してやってくれんかの。蔵から出ることはせんから」


 郷長を迎えに来た人たちはお互いに顔を見合わせる。


「いやあ、少しばかり蔵の中は冷えてな。せめて猫の温みで暖を取らせてやりたいんだ」


「ああ、この時期じゃ石床は冷えるか。女の子にはかわいそうだ。誰か、敷物と毛布をもってきてやれ。猫は……そうだな。まあ、出してやるか。狭いのはかわいそうだし」


 男が蔵に入ってきて、優しい手付きで二匹の猫を竹かごから出してくれる。


「さすがにこの中に二匹は狭かっただろうに、ごめんな」


 双葉は礼を言うように喉を鳴らして短く鳴いた。一瞬男に体を擦り寄せてから、若葉と一緒に小春に寄り添う。小春も小さくお礼を言った。


「本当に賢い猫ちゃんだ。郷長殿は冷えて腰を悪くはしてないですか?」


「なにを言うておる若造が。老体をいたわるなら、ふっかふかの座布団くらい用意しておいてほしかったわい」


「まさか蔵に入れられてるだなんて、僕は思ってもいませんでしたよ。知ってたら火鉢でも置いといて差し上げたのに」


「それは無知の優しさなのか? 優しいふりしてお前はわしを殺す気だな?」

 わかっていて冗談を言ったようで二人は仲良く笑っている。


 火鉢の暖かみは嬉しいが、蔵の中で使ったら間違いなく一酸化炭素中毒になって死んでしまうだろう。 

 笑って話をしている郷長を見ると、どうやら元々仲の良い間柄で上層部の仲間のようだ。

 そこへ敷物を取りに行っていた先輩が走って戻ってきた。


「燐道さん、敷物を持ってきました」


「おう、ありがとう。えっと、小春ちゃんだったかな。少し寒いかもしれないけど、もうちょっと我慢しててな」


 燐道は敷物と毛布を受け取ると、蔵の中に戻り小春に手渡してくれた。お礼を言うと、燐道は若葉と双葉をなでてから蔵を出ていった。


 一人蔵に残された小春は、なんとなく閉められた扉を見つめていた。


 敷物と毛布があるだけで先程よりだいぶ暖かい。若葉が膝の上に乗ってきて喉を鳴らす。双葉は足のそばにぴったりと座っている。


「暖かくて嬉しいね。燐道さんだっけ? 良い人だったね」

 双葉が短く鳴いて返事をすると、小春は猫を撫でながらまぶたを閉じた。

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