第十五話 模擬練習

 昨日、今日と御神石への調査隊が傷を負って帰ってくることが多くなった。

 心配にはなるものの、小春たちできることはまだひとつとしてない。今日も今日とて、訓練に励むのみである。


「今日からは治癒の訓練も一日の予定に組み込んでいく。退治屋には専門的な治療班もいるが、傷は自分で治せる様にしておいて損はない。これも得意不得意の分かれる分野になるが、しっかり身につけてくれ」


 そして小春たちの目の前には、各自一つずつ枯草の生えた植木鉢が並べられている。


「あの、先輩これは?」


「これをその癒やしの力で花を咲かせろってことか」

 小春の疑問に錦が推測を唱える。


「さすが良い判断力だ。可愛げがない」

 鶴彦は褒めながらも自分の素直な感想を伝える。


「生気を戻すための力は、自分で練ってもいいし、自然の力を借りてもいい。その枯れた草を生き返らせて花を咲かせるのが今回の課題だ。だいたい言霊の使い方はわかってきていると思うが、癒やしの力は攻撃や防御の時以上に心を込めることが重要になってくる。そして、そのものが治った時のことを想像すると力を反映させやすいから、しっかり意識するんだぞ」


 鶴彦が説明を終えると、牡丹がずいっと前に出てくる。


「あと、これは実践の時の話なんだけどね。出血多量で意識を飛ばした仲間を助けようと治療しようとした人がいたの。でもその人、その時に気が動転してしまってね。血まみれの仲間を目の前にして、もう助からないのではないかと思ってしまったのよ。出血はなんとか止められたものの、それ以上の治療ができなかった。色々方法を試して回復させようとしたんだけど、どれも上手く言霊は効かなかった。余計に慌てたその人は、自分の残りの力配分も忘れて治療に力を注いでしまった。その場合の最悪の結末はわかるかしら?」


 小春たちはその結末を予想し、一瞬黙った。


「二人共死んでしまう」

 琴音が周りを伺うように答える。


「その通り。一方は止血できたものの、出血多量のまま死んでしまう。死ぬことはなかったはずのもう一人も、力を使い果たして死んでしまうこともあるの」


 深刻な話の割に、牡丹からは何やら少し含み笑いを感じる。それに比べ、銀次は明後日の方向を見つめ、 鶴彦は苦笑いをしていた。


「言霊でも力を使いすぎると死ぬんですか?」


「そりゃね、ただ長話するだけでも、しゃべりすぎたって疲れることもあるでしょう? 言霊を意識して使うのは、それ以上に疲弊も伴うものよ。無理に力を使おうとすれば、底尽いた力を無理やり引き出そうと、命を削って力を引き出すことになる。命を削り続ければもちろん死ぬ」


 話を聞いていた六人に緊張が走る。


「結局、その二人はどうなったんですか?」

 おずおずと秋穂が口を開いた。


「ま、実際その現場にいたのは三人なんだけど、無事に皆助かったわよ。運よく通りかかった先輩に見つけてもらってね」


「よかった」


「種明かしをすると、出血多量で死にかけたのが俺で、力使いすぎて死にかけたの銀次な。あれは本当に皆で死んだと思ったね」


 鶴彦が照れ笑いしながら言うと、銀次は恥ずかしそうに頭をかいたが、咳払いをしてその場の空気を正した。


「つまり、そういうことだ。治癒には強い意志が必要になる。動揺しない精神共にな。普段、治癒能力に長けていたとしても、実戦で気が動転したら使いもんにならん。実践は少しずつ慣れも必要になってくるから、心構えだけは忘れるなよ」


「少し気になったんですけど、その時は牡丹さんも動けない状況だったんですか?」

 琴音の質問に鶴彦が笑う。


「牡丹がはじめに瘴気にかかっちまって、動けなくなったんだよ。それを守りながら強行突破しようとしたら、俺が妖怪の爪にばっさりやられちまった。そんで銀次が慌てちゃったわけなんだ。いい教訓になったよ」


 確かに身近な人の経験談が聞けるのはいい教訓だ。そんな場面が訪れないことが第一だが、しっかりと覚えておこうと思った。


 そして六人は各々植木鉢に向き合う。


 小春と琴音は神社で冬哉に教えてもらったことも思い出していた。こういう時は、優しい気持ちを送ることが大切。

 


「花よ、咲き給え」


 枯草に手をかざし念じながら呟く。花が咲く想像をしたが、かざした手をどけても蕾すらついていない。干からびていた葉に少しだけ、生気が戻っただけだった。


 参考をもらおうと皆を見渡してみると、錦と秋穂は小さな蕾をつけていた。夏月は苦手な分野なのか、枯草を見つめたまま首をかしげている。


 琴音は小春と似たような結果だったようで、小春の視線に気づき照れ笑いを浮かべた。その流れで冬哉を見ると満足気な顔をしていた。手元には橙色の花を二つ咲かせている。


「今回は冬哉が一番乗りみたいだな」

 鶴彦が冬哉の頭をくしゃりとなでた。


「ここで助言をひとつ。花を咲かすことだけを考えちゃいけないよ。枯草が潤って、新芽を生やし、蕾をつける。その蕾が膨らんで、花が咲く。さあ、やってみよう!」


 その後、何度かの挑戦を繰り返し、昼前にはなんとかみんな花を咲かすことはできた。


「上出来上出来。あとは臨機応変な対応と慣れかな。それじゃ、お昼ご飯を食べて休憩したらまたこの裏庭に集合ね。午後はいつもの基礎訓練」


「つまりは走り込みかぁ」

 琴音が目に見えてだるそうな顔をする。走ることは苦手なようだ。


 本部の調理場からお昼ご飯を受け取ると、また皆で裏庭に戻って来た。隅の紅葉の木のそばに腰を下ろす。いつの間にか、ここが小春たちのお昼休憩の場所となっていた。


 裏庭は他の先輩方もちらほら使っているが、隅にいれば邪魔になることもない。また、新人訓練場と立札があるわけではないが、いつも訓練に使っている敷地にはあまり他の先輩方は入ってこないので都合がよかった。


「気のせいかも知れないんだけどさ」


 ふと話し始めた小春に視線が集まったが、小春が上を見ているので皆も上を見る。


「この紅葉赤く色づいてきたなって思ってたんだけど、最近色が黒ずんできたっていうか、くすんできてない?」


「あ、それ私も少し感じてた。紅葉じゃなくて、空の色とかだけど。この時期なら秋晴れで毎年綺麗な青空が見れてたと思うんだけど、空もくすんだ色をしてる気がして。琴音とも昨日そんな話をしていたのよね」


 秋穂の言葉に、ご飯を頬張った琴音が首を縦にふる。


「きっと瘴気の影響だろうな」

「え、つーことは結界の中まで瘴気が来てるってことか? 結界の意味がねぇじゃねえか」

 夏月が驚いた顔を錦に向ける。


「意味がないことはないさ。常に瘴気を吸い続けていたら、いくら加護を受けていたって何日もつかわからないだろ。見廻り組の先輩の話だと、外はもっと腐食が始まっているって話だぞ」


「腐食……」


 でもよー、と不安がりながらご飯を食べ始める夏月に対し、琴音は食べるのを止めた。小春も体をこわばらせていた。


 今まで暮らしていた場所が腐食していってるなんて話がすんなりと飲み込めなかったのだ。絵空事を聞いているようで、実感が湧かない。


 そのまま口数も減って、休憩中は皆思い思いの考え事をして過ぎていった。




 午後の訓練はいつも以上に厳しいものだった。

 普段から体を動かすことが好きだった小春だが、想像以上の厳しさで目が回っていた。


 今日は猫神様の力の感覚にも慣れてきただろう、という理由から模擬練習とまではいかないが、小春たちの役割となる備品の調達訓練をしていた。


 備品の調達訓練、つまりは重たい荷物を背負って駆け回ったり、備品を必要としている者へ正しい備品を届けられるか、など実践を予想した訓練だった。もちろん駆け回っているところに牡丹の式神が妖怪役として現れて、逃げるという場面もあった。


 そんなわけで、陽が落ち始めようとする頃にはみんな足がもつれて上手く走れなくなっていた。


「今日のところはこんなもんで勘弁しておいてやる。夜のうちに筋肉をほぐしておけよ」


 先輩たちはそう言い残すと立ち去り、いつもの六人が裏庭に取り残される。

 六人は返事にもならない声を漏らすと、誰ともなくよろよろと芝生のある隅へ歩いていき崩れ落ちた。


「だめだ、もう歩けねえ」

「私も無理。もう動けない」


 夏月と琴音が音を上げ、小春と冬哉は言葉にもならずうめき声をあげた。錦と秋穂も座り込んで黙っている。


 小春はごろんと仰向けになって空を見上げた。


 夜へ移り変わる空。夕陽に染められた雲が薄紫色に色づいている。ただ、どこか色落ちしたような夕焼け空だった。


 隣で琴音も同じように仰向けになる。


「いつもなら赤とんぼが気持ち悪いくらいに飛び回っている時期だよね。一匹もいないのは、少し寂しくも感じちゃうもんだね」


「琴ちゃんは虫嫌い?」


「嫌いも何も、琴音は小さい頃から虫を見つけてはぎゃあぎゃあうるさかったんだぜ? 今年はコオロギも見ないから静かなもんだぜ」


「ちょっとかづ君! そんな風に思っていたなんて」


「昔さ、こいつの袴にコオロギが張り付いたことがあって、コオロギが取れるまでびいびい泣いてたんだぜ。あれは腹抱えて笑ったな」


「もう! 忘れてよ、そんな小さい頃の話。恥ずかしいじゃん」


 夏月はまた思い出して笑い、琴音も楽しいよりも恥ずかしいのか真っ赤な顔をしている。


「お前らよくそんな騒げるな……見直すぜ」

 呆れたように言う錦の言葉に皆で笑った。


 他にはこんな思い出もあるぞ、と夏月たちは体を伸ばしたまま盛り上がっている。


「今回ばかりは錦もつらそうだね」

 怠そうに立ち上がった錦に、冬哉は寝転がったまま話しかけた。秋穂も錦を見つめ微笑んだ。


「あれはさすがに無理だろ」

 気の抜けた様な苦笑いを浮かべて、錦は先に本部へと戻っていった。

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