第十話 先輩
昼頃になると集合がかかり、琴音と一緒に参集殿の裏にある訓練場に向かった。そこには、すでに錦と秋穂と夏月の他に郷長と冬哉、そしてはじめて見る男女三人の姿があった。
「おう、来たか」
石に腰をかけていた郷長が立ち上がる。それに合わせて、全員が深々と頭を下げ礼をした。
「全員集まったところで、新しい仲間の紹介だ。まず、こちらにいるお兄様お姉様方は、わしの昔の教え子で退治屋の達人だ。奥から牡丹、銀次、鶴彦だ。
これからお主等を育ててもらう先輩になる。言うことはちゃんと聞くように」
先輩方は小春たちよりも五歳から十歳ほど年上の印象で、一目見てかっこいい人達だと感じた。
服装は自由の様だが、共通して小物をたくさん入れられそうな腰布と厚手の深緑色の外套を身につけている。その装束服も相まって凛々しさを感じた。
銀次が一歩前に踏み出す。
「これからこの班の長となる堺銀次だ。ビシバシ鍛え上げる予定なので覚悟しておいてくれ。相談事やわからないこと、困ったこと、できないことは素直に言ってくれ。ビシバシ鍛えるが、誰一人置いてけぼりにさせるつもりはない。
これから命のやり取りもあるだろう。話しやすい方が良い。気負わず気さくに話しかけてくれ。これから基本的には常に一緒に行動することになる。よろしく」
銀次の見た目は真面目そうで体格がよく、がっしりとした雰囲気から頼りがいのある班長だと思わせる。笑みがないところを見ると、気難しい性格かもしれない。
「まぁ、わしが言うのもなんだが良い奴らだ。仲良くやってくれ。さて、次に新米組の紹介だ。
まず、飛び入り参加の冬哉。言魂の感覚は持っているが知識はない。
そして順に、わしの孫の小春だ。素質はあるが未経験者。
次に雨宮神社の娘の琴音。半年前から修行を受け始めているが、まだまだ初心者だ。
この三人は特にビシバシ鍛え上げてくれ。
そして、雨宮神社の息子の錦。その幼馴染の夏月と秋穂だ。
こっちの三人は二年程前から修行してるから基礎や知識はあるだろう。実践経験はないし、力もまだまだだ。とりあえず、みんなビシバシ鍛え上げてくれ」
一通り全員の紹介を終わらせて、お互いがお互いを見渡した。
「郷長さまも粋な人員を集めたものですね。春夏秋冬そして梅雨。ふふ、何も起こらないといいけど」
牡丹が何かを企むように妖艶に微笑む。
色っぽいかっこよさに加え、妖艶さも持ち合わせているようで、つい魅入ってしまう。ある意味で危険人物だ。
「確かに粋な人員だが、変なことを言うもんじゃないよ」
鶴彦がたしなめると、牡丹は口を尖らせる。
鶴彦は見るからに気さくで、面倒見のいいしっかり者の印象だ。くせっ毛の柔らかさの影響か、笑顔のおかげか見た目の印象はとてもやさしそうだった。
「悪かったわよ。昔話に何か影響があるのかと想像しただけ」
牡丹はふいっと顔をそむけ、短い髪をふわりと揺らせた。
「では、後はお前たちに任せたよ。早く戦力になってもらわねばならんからな。新米組も訓練に励むように。わしはこれにて失礼させてもらうよ」
郷長は銀次の肩を二、三度軽く叩いてから足早に境内の奥へと去っていった。郷長としてあちこちでやることも多いのだろう。
「さっそく訓練を始めようか。言霊についての説明は受けてる?」
銀次に変わって鶴彦が小春たちに向き直る。
「言霊は言葉に宿った力のことで、力の強い言霊師ほど、その者の発する言葉の影響力は強くなると聞いています」
小春が最近聞いた話をそのまま伝える。
「そうだね、言葉とは単純だが難しい。言霊は言葉を発する全員が使えるものと言っても過言ではない。少なからず影響力はあるからね。
しかし、言霊師はその言葉に込める気持ちの増幅具合で、相手の潜在意識に触れることができてしまう。潜在意識に触れるということは、相手の根本的な考えでさえも変えさせることができてしまうという事。
つまりは、相手の人格を壊してしまうこともできる。
……できてしまった時代があったんだ。
今、我々が言霊師ではなく退治屋と名乗っているのは、その時代の影響だ。
言霊師とは詐欺師だ、そう認識されていたことがあってね。
詐欺だけならまだしも殺人まで起きて、それを規制するために我々言霊師は掟を定めた。
しかし、世間の言霊師への認識はすぐには変わらない。そこで我々は姿を変え、自然の穢れを浄化する者として、生活を脅かす妖怪を退治することを生業に、言霊師改め退治屋となった」
「とたんに名前がかっこ悪くなったわよね」
牡丹の言葉に鶴彦は苦笑する。
「言葉とは簡単に、癒しにも攻撃にもなりうるものだ。善人であろうと一時の感情で放った一言が、人を殺してしまう可能性もある。
使う者が危険人物であればあるほど、危険度は増してしまう。
では、なぜこんな力があるのか。
本来言霊師とは守る者であり、癒やす者。
人々や生き物を助けるためのものだったんだ。だから、攻撃として言霊を操るのは禁忌であり、禁忌を犯したものは喉を潰すという掟が定められた」
「喉を潰す……」
その言葉に小春たちは、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「退治屋というのも、ただ妖怪を攻撃して殺す意味ではない。悪さをする、その穢れのついてしまった魂を浄化させる。もしくは、浄化できなかった場合はその妖怪を封印し眠らせ、時の流れで穢を分散させて落とすというのが方法だ。
魂だけでなく土地の浄化などもしていてね。そのため、我々は自然界の力を借りることも多く、つながりが深い。どんな相手にも敬意を払うことが大切だ。
まぁ、これがこれから扱う言霊についてと、我々退治屋についてだ」
一通りの説明が終わったのか、鶴彦は一歩後ろに下がった。それに変わって銀次が前に出た。
「説明ご苦労。俺は説明ってのがどうも苦手でな。小難しそうな内容の質問は鶴彦に聞くといい。では、これから訓練をはじめる。まずは敵をひるませる訓練だ。何よりも自分の身を守れることが最も重要だからな。戦うすべがない時は、敵をひるませて逃げるべし!」
そうして私達はそれぞれ握りこぶし程の大きさのぬいぐるみを渡された。
猫か犬か狸かわからないが、手足が可動できるように作られており、目の刺繍がどこかぎこちなくて愛くるしい。
「そのぬいぐるみは牡丹の式神のようなもので、気が流し込まれている。言霊に反応しやすく作られているから、訓練の相棒として肌身離さず使ってくれ」
今回の訓練は、一定の距離から「下がれ」という言葉を使い、ぬいぐるみを倒すものらしい。
銀次がお手本を見せてくれたが、一言であっさりと遠くに置かれたぬいぐるみが、こてん、と転がった。
しかし、小春が真似してみても、ぬいぐるみはびくとも動かない。錦や秋穂を見ると、ぬいぐるみが揺れるくらいの動きは見せていた。
「戸惑っているみたいね」
ふいに後ろから牡丹に声を掛けられて、小春と琴音は同時に振り返った。
「心を落ち着かせて、ぶつけたい気持ちや言葉を固めるの。それから自分にあった言葉を見つける。命令口調の人もいればお願い口調の方が、すんなり言葉に気持ちを込めやすい人もいるからね。失敗を恐れず、恥ずかしがらずにやってみなさい」
その後、小春も琴音もいろんな言い方で試してみたが、動いたのはほんの数回だけだった。動いたと言っても数ミリ程度だ。
終いには喉の調子が悪くなり、集中力も落ちてしまった。
「集中力が切れた時は、体力づくりだ。集中力がいくらか戻るまで、走り込め」
その銀次の助言なのか指導のもと、小春たちは必死に一日目の訓練を終わらせた。
小春は、本当に自分には素質があるのか、また明日からの訓練は大丈夫だろうかと不安に駆られていた。
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