9. 私が生まれた理由
(SE:上演開始のブザー)
アナ「本日は、当劇場にお越しいただき誠にありがとうございます。大変長らくお待たせ
いたしました。これより『私と先輩が結婚すべき理由』、第9話【私が生まれた理由】、を上演いたします。最後まで、ごゆっくりご鑑賞下さい」
正嗣N: ボタン談義とアップリケストリームがひとしきり終わり、俺と設楽は、新しく届いた酒と、軟骨の唐揚げとおぼろ豆腐、そしてホッケの塩焼きに舌鼓(したつづみ)をうっていた。
正嗣「ホッケうまっ」
薫「おいしいですね」
正嗣「……いつからだよ」
薫「何がですか?」
正嗣「俺のことを……そのー……」
薫「結婚相手として、意識したこと……ですか?」
正嗣「……おう」
薫「……」
正嗣「……なんだよ。言えないのか?」
薫「……」
薫「……以前から、です」
正嗣「(……こいつ、キッカケをしっかり覚えてるな?)」
正嗣「ほう。以前からか」
薫「はい……以前から、です」
正嗣「それは、将来の旦那になるかもしれない俺にも、言うことは出来んものなのか」
薫「?!」
正嗣N: 設楽の眉毛がピクッと動いた。この困惑のプロポーズが始まってから今まで、はじめて設楽が狼狽(ろうばい)している。
【しばらく考えた後、設楽は黒霧島をグビッと煽り、テーブルに勢い良くタンッとグラスを置いた】
薫「……お弁当、作ってくれたときです」
正嗣「……すまん設楽」
薫「はい」
正嗣「いつの弁当のことだ。思い返そうにもまったく記憶にない」
薫「……はじめて、作ってきてくれたときです」
正嗣N: 幾分、設楽の仏頂面に余裕が戻ったようだった。いつもの仏頂面に戻った設楽にそう言われて、俺は思い出した。
正嗣「……あれか。あの、2人で屋上の喫煙所で食べた時の、あの弁当か」
薫「はい。あのときです」
正嗣「あの時は確か……」
薫「私が仕事で失敗をしでかして、お昼休みに屋上に行ったときのことです」
正嗣N: そういやそんなこともあったなぁ……その頃から、こいつは俺に狙いを定めていたのか。
薫「あの時、私は確信しました」
正嗣「何をだよ」
薫「(遠い昔に別れた知り合いを思い出すかのような口調で)『あぁ……私は、この人にお世話されるために生まれてきたんだなー……』って」
正嗣「えらく壮大な勘違いだなー……それにしょぼい。自分が生まれた理由が、そんなにしょぼくていいのかお前は」
正嗣N: 初めて聞いたぞ……こんなダメ社員に世話されるのが運命だなんて……思い込みもここまで来ると清々しい。
薫「つまり、私が先輩を相手に選んだのは、いわゆる責任でもあるのです」
正嗣「せき……にん……?」
薫「ええ。あなたにお世話される星の下に生まれたのだから、その運命に従い、あなたにお世話してもらうことが、私なりの、先輩への責任のとり方です」
正嗣「その、気持ちいいほど全てが間違っている責任の取り方、どこかでもう一度考え直した方がいいと思うぞ」
正嗣N: はて……責任のとり方って、そんなんだっけ? 俺、間違えてないよね? 設楽のほうが間違えてるよね? 俺はこの時ほど、人生相談をネット上のSNSで不特定多数に行いたがる、ネット民の気持ちを理解した瞬間はなかった。
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