6. 好きなものを山ほど食えるぞ

(SE:上演開始のブザー)

アナ「本日は、当劇場にお越しいただき誠にありがとうございます。大変長らくお待たせ

いたしました。これより『私と先輩が結婚すべき理由』第6話、【好きなものを山ほど食えるぞ】を上演いたします。最後まで、ごゆっくりご鑑賞下さい」



正嗣N:戦慄の佛跳牆(ファッテューチョン)プレゼンから半年ほど過ぎた、ある日のことである。この日も俺は午前中は資料作成で暇をつぶし、午後は午後で同じく資料作成でヒマを潰すつもりだった。一方で、この頃になると非凡な才能を見せつけていた設楽は、俺からパワポ職人の座を奪い去り、今では社内で必要な資料のほぼすべてを手がけるようになっていた。その結果、会社全体の成績が目に見えて向上しているという話だ。営業のやつらが持っていく会社概要の資料を、設楽が新たに作り直した結果、会社全体の売上が5割増でアップした。先日行われた大企業のコンペでは、設楽が作ったプレゼン資料で見事採用を勝ち取ったとも聞く。……とにかく最近、設楽の評価がうなぎのぼりだ。おかげで設楽は、暇で時間つぶしに勤しむ俺の隣の席で、とても充実した忙しい日々を送っているようだ。今日も今日とて、今から昼休みだと言うのに、まだ午前中の仕事が終わらないらしく、忙しそうにパソコンのキーボードを叩いている。

 


正嗣「おい設楽」


薫「はい」


正嗣「昼飯だぞ」


薫「分かっています。このテキストを打ち終えたら、お昼にします」

 


正嗣N:俺は自分の弁当の包みを開きながら、隣でパチパチとせわしなくキーボードを叩く設楽にも声をかけてやった。最近のこいつ、ホント忙しそうだからなぁ。手伝おうかと思って声をかけても……。

 


薫「大丈夫です 私におまかせ下さい」



正嗣N:と、手伝わせてくれないし……。まぁあれか。こいつはすでにひよっこから若鳥へと成長したのだろう。親鳥である俺としてはいささか残念ではあるが、これからぜひとも俺の代わりに頑張っていただきたい。

ほどなくして、設楽は目標のテキストをすべて打ち終わったのか、パソコンのキーボードを自分の目の前からどかして、コロッケパンとカレーパンを一つずつ、机の上に自分のバッグの中から取り出した。この包みは……会社の前のコンビニで買ったやつか。

 


正嗣「また今日も惣菜パンか」


薫「はい」


正嗣「自分で作ったりはしないのか?」


薫「料理しませんので」


正嗣「・・・」


薫「なんですか先輩」


正嗣「いや、そのタンブラーの中身は何かなぁと思って」


薫「みかんジュースですが」

 

正嗣N:意外だ……でもこいつのことだ。ジュースといってもただのジュースではなく、有機栽培された国産みかんだけで作った、100%の濃縮果汁還元とかではない、しぼりたてジュースみたいな……。



薫「いえ、みかんジュースとは名ばかりの無果汁飲料『フレッシュみかん聖歌隊』ですが」


正嗣「俺が思った以上にお前はジャンクな人間なようだ。なんだその個性以外のすべてを切り捨てた名前のジュースは」


薫「初耳ですか?」


正嗣「初耳だ」



正嗣N:意外だ……なんかこいつから常に意識高い系のオーラが発せられているように見えていたから、そんなジャンクな感じのものを好むとは……。



薫「別に好きではありませんが」


正嗣「なぜ好きでもないものをわざわざタンブラーに移し替えて持ってくるのか……」



正嗣N:なんだか頭が痛くなってきた……こいつと話をする時はいつもこんな感じだ。仏頂面で思考が読みづらいから、こいつが次に何を言ってくるのか、全く想像がつかん……おかげで普通の人との会話の何倍も疲れる……予想外の言葉が返ってくるから、楽しいといえば楽しいが。そんな風に設楽との会話に頭を抱えつつ弁当の蓋を開けたら……何か気になることがあるのか何なのか、設楽が俺の弁当を覗き込んできていることに気付いた。



薫「……先輩」


正嗣「……お、ああ、どうした?」


薫「先輩はいつもお弁当なんですね」


正嗣「ああ。そだな。外出することもあるが、基本的には弁当だ」


薫「作ってくれる方がいらっしゃるのですか。ご家族とか」



正嗣「いや、俺が作った」


薫「へー」



正嗣N:……ほう。やるなこいつ。自分から質問しといて、ここまで興味ゼロな返事を返してくるとは。



薫「いや私、料理に関してはホント何も知らないので」


正嗣「にしてももうちょっと言い方ってのがあるだろう」


薫「すみません」


正嗣「いや責めてるわけじゃないけどな」


薫「いご……気をつけ……もっきゅもっきゅ……ごぎゅっ……ます」


正嗣「ものを食いながら反省の弁を述べるな」



正嗣N:口では謝罪をするが反省の雰囲気ゼロな設楽は、再び口いっぱいにコロッケパンを頬張りつつも、俺の弁当から視線を外さない。返事こそ興味ゼロだったが、本当は俺の弁当に興味津々なのか?もう少し弁当談義を続けてみるか。俺は弁当の中のぶりの照焼を頬張りつつ、設楽に問いかける。



正嗣「お前は、たまには弁当作ったりしないのか?」


薫「さっきも言いましたが、料理しませんので」


正嗣「そうか。……だけどな。自分で作る弁当はいいぞー。自分が好きなものを好きなだけ入れられるからな。

たとえば『今日は唐揚げがいっぱい食べたいなぁ』と思った時は、近所のコンビニで唐揚げ弁当を買うよりも、自分で山のように大量に唐揚げを作ってそれを弁当にしたほうが、心の満足度が違う。市販のものよりも、唐揚げが大量に食べられるからだ」

 

薫「だとしたら……先輩は卵焼きが大好物なんですか?」



正嗣N:突然変化球な質問をしてきやがった。確かに卵焼きは大好物だが、なぜそれがわかったというのか。



薫「なぜなら、先輩のお弁当には、毎日卵焼きが欠かさず入っているからです」



正嗣N:……こいつ、意外なことに、俺の弁当の中身を毎日チェックしていたのか……?確かに俺の弁当には、毎日欠かさず卵焼きを入れているし、俺は卵焼きが大好物だ。だし巻きや醤油……時には甘い卵焼きを入れることもあるが、基本はしょっぱい系を入れることが多い。

 


正嗣「そうだな。卵焼きは好きだな」


薫「ほー」

 


正嗣N:……またか。また興味ゼロな返事か。包装から出したカレーパンを無表情で頬張るこいつが、段々腹立たしく思えてきた。何か話題を振ってくるからこっちは誠実に答えているというのに……なんなんだこの興味ゼロさ加減は。



薫「もっきゅもっきゅ……先輩」


正嗣「なんだよ」

 

薫「その、先輩自慢の卵焼き」


正嗣「おう」


薫「一ついただいても、よろしいですか」

 

正嗣「いいぞ。ほれ食べろ」

 

薫「あーんってやってくれないんですか」


正嗣「お前は俺にあーんってやってほしいのか」


薫「全力で拒否させていただきますが」


正嗣「だったら最初から言うな」


薫「では……いただきます」


正嗣「めしあがれ」


薫「あーん……」



正嗣N:俺の卵焼きを口に放り込み、丁寧に味わっていた。


 

薫「んー……」


正嗣「どうだ」


薫「…………」


正嗣「……」


薫「……めちゃくちゃ美味しいです」

 


正嗣N:最上級の賛辞だった。ただ、その賛辞を俺に送っている設楽自身が、最高に無愛想な仏頂面のため、その賛辞のありがたみも嬉しさも、九割近く失われていた。


 

正嗣「……お前、本気でうまいと思ってる?」


薫「私は常に本気ですが」



正嗣N:俺の疑念に対し弁明をする設楽の鼻が、ほんの少し、ピクッと動いた気がした。

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