請求書
神名 信
請求書
そう、手紙の宛先には書いてあった。見慣れた自分の名前だ。
ただ、差出人に見覚えがない。
株式会社と書いてあるが、社名は聞いたこともない。
中身を見ると 金 三,〇〇〇 円を請求致しますと書いてある。
明細なども入っていない。
麗は、新手の振り込め詐欺かと思って、そのままほったらかしにしておいた。
木崎 麗は中堅の商社に勤めていた。オフィスは東京の神田にある。
毎日朝9時に出勤して、帰るのは日付が変わるくらいになる。
もう、29歳になるが、仕事が忙しく恋人もできていない。
その日も、神田のオフィスで23時過ぎまでパソコンを打っていた。
社内には、もう麗しかいない。
画面に集中していて気づかなかったが、机にコーヒーが置いてある。おそらくは同僚が気を利かせて置いてくれたのだろう。
すっかりさめてしまったコーヒーを胃に流し込む。
大学を卒業してから7年、仕事、仕事で突き進んできた。
同期入社の女性陣は、ハードワークに耐えかねて辞めてしまったり、寿退社をしたり、もうあまり残っていない。
大きく息を吐く。
私、何のために頑張っているんだろう。
そこから、まだ残っている業務を手早くこなしていき、区切りのいい所まで進めて、その日は終わらせた。もう夜中の23時30分を回っていた。
メインゲートはもう閉まっているため、警備員のいる通用口から帰る。
「お疲れ様です」中年の警備員さんが話しかけてくれる。
軽く会釈をして、ビルを出て、駅に向かう。
勤め先の神田から、借りているマンションのある小竹向原までは、JRと地下鉄を乗り継いで30分くらいだ。
東京の電車はこの時間でも、まだ乗客が多い。
麗は、ブラウスにスカート、パンプスといった格好だが、長い髪の毛が色気を感じさせる。
酔った乗客が不躾な視線を送ってくるが、疲れきっていて、もう、そういう視線に対処する元気もない。
地下鉄の駅について、自分のマンションまでの帰り道、コンビニでパスタサラダだけを買った。
マンションの集合ポストを見ると、また、例の手紙が入っている。
なんだか、気味が悪い。自分の住所と名前をどこから手に入れたのだろうか。
宛名が書いてある手紙をさすがに捨てられず、バッグの中に入れて持ち帰る。
部屋に着くと、倒れ込みたくなるが、ぐっとこらえて、コンビニの袋をテーブルに置き、浴室へ。
シャワーを浴びる。
麗の体はまだ若々しく、胸や腰のくびれなどの色っぽさも兼ね備えている。
時間をかけてお風呂に入りたいところだが、20分くらいで切り上げて、キャミソールに着替える。
冷蔵庫からビールを出し、先ほど買ったパスタサラダと一緒に食べる。
今日はまだ水曜日、明後日まではこんな生活だ。
そこまでは、本当にいつもと変わらない日常だったが、手紙が気になる。
封を破り、中を見ると、やはり3000円の請求書だ、期限は明後日。
こんな、ばかばかしい架空請求にひっかかる人なんているのだろうか?
そう、思って、手紙は机の奥にしまっておいた。
とにかく、疲れている。
スマホを見ると、数少ない男友達からのLINEも着ているが、返事をする気力もない。
全ては明日以降に日送りだ。
そう、思ってキャミソールのままベッドに飛び込み。数分も経たずに眠ってしまった。
木曜日の朝。
木曜日は本当に救いようがない曜日だ。などと麗は考えながら、地下鉄に乗り込む。
朝のラッシュ、これに乗るだけで、相当体力が削られる。
四方からの圧力に逆らいながら、神田のオフィスまでたどり着く。
朝は課長が形だけのミーティングをする。
くだらないことをするなと思いながら、出席し話を聞く。こんなものはオンラインでどうにでもなると思っていた。
昨日、先送りにしていた書類の処理に没頭していると、お昼を食べるのも忘れていた。
2時過ぎに、ようやくサンドイッチを食べて、また仕事に戻る。
書類を処理しながら、他部署との調整も行い、気づけばもう夜の8時になっていた。
与えられた仕事はまだまだ終わりそうにない。
そのまま、夜中まで仕事をして、帰りは昨日と同じ時間になっていた。
マンションに帰ると、また、例の手紙。
これは、いたずらにしても詐欺にしても悪質すぎると、土曜日になったらなにか対応しようと考えた。
それでも、もう疲れ切って、シャワーを浴びて、軽い夜食を取ると、寝入ってしまった。
金曜日の仕事が終わり、帰ると、もう手紙は着ていなかった。
そう言えば、金曜日が請求の締め切りだった。
土曜日、麗は手紙の差出人の所へ行ってみようと思った。手紙には電話番号は書いていない。
住所は栃木県矢板市。
小学校の頃住んでいたことがある。
宇都宮線に乗れば各駅停車でも3時間かからない。
これといった趣味もない麗にとってはちょっとした小旅行も兼ねていた。
池袋へ出て、そこから赤羽、そこで宇都宮線に乗る。
あとは、黙っても着く。お気に入りの推理小説を読みながら時間を潰す。
10月の栃木は少し涼しかった。
電車に乗りながら矢板には何か、忘れてはいけないことがあったように思えた。
麗はいつの間にか眠っていた。
そして、目が覚めると、もう矢板は目の前だった。
今日はニットのセーターにジーンズ、スニーカーといった軽装だった。
駅から、アプリの地図を見ながら場所を探す。
1人でこんなところに着て事件にでも巻き込まれたらどうしようかとも思った。
それでも、いい。今の生活から解放されるなら、そんな風にも思えた。
駅から歩くこと30分。
とうとう、場所に着いた。
そこには、会社などはなく、鬱蒼とした木々が生い茂っている。
ただ、そこに、小さな社があった。
遠くからでも分かるような赤い社。
ここなんだ、そう直観して社へ近づいてみる。
近づいてみると何十年も経っているような、風雨にさらされてあちこち傷んでいる。
そして、その社の中央まで行って、
麗は青ざめた。
そこには、小学校のクラスメートの名前が書いてあった。
その女の子は、クラスのみんながいじめて、夏休み、自殺した女の子。
その子は見た目が良くなかったから、麗もいじめに加わっていた。
麗はヒステリックに叫ぶ。
「もう学校がその時に何千万円も払ったはずよ?」
「なんで?今さら?もう二十年でしょ??時効よ?時効」
「ねえ、なんで・・・・」
麗は持っていた5万円を全て社に置き、その場を立ち去った。
一か月後、麗の机には花瓶だけが置かれていた。
請求書 神名 信 @Sinkamina
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