第13話 空戦機動
その巨大な翼により天高く舞い上がったカジモドは、中空で静止し、その槍をくるり、と一回転させた。
先程までの小手調べとは違う、本気の攻撃を仕掛ける――そういう合図だと、文鬼は見た。
「行くぜ!」
カジモドは一瞬、翼を大きく広げた後、次に小さく折り畳んだ。
と同時に、頭を下にして垂直に落下を始める。
下へ向かって十分な加速を得てから、今度は翼をゆっくりと広げ始めた。
カジモドの身体が空中を滑り、二次曲線を描くように地面と水平の角度へ近づいてゆく。
落下のエネルギーを、速度へと変換したのである。
重力をそのまま利用しているため、地上で助走するよりも少ないエネルギーで、大きな加速度を得られる。
空中に切れ目を残すかと思うほどの速度で、カジモドの槍が文鬼を襲った。
文鬼が、その感覚の全てを動員してその攻撃に対応する。
しかしそれをしてなお、速い。
先のクラウスの騎兵突撃よりも、更に疾かった。
そして、鋭い。
文鬼は全力を以て回避した――が、その回避を上回る速度と正確さで、槍は文鬼の左肩に突き刺さった。
と同時に、上へ斬り裂いた。
槍を繰り出した者自身が、高速で動いているのである。
つまりどうなるかというと、刺突はそのまま斬撃へと変じるのである。
所謂"斬り抜け"を、容易かつ安全に行う事ができるのだ。
見かけ上は、大型の猛禽がその爪で飛び抜けざまに地上の獲物を掴まえる様に似ている。正に狩りの動作であった。
肩への裂傷。
それも、かなり深い。
――だが、
文鬼は、相手の動きを、視る。
その動作を。
その速さを。
視て、それを見切る。
一度見切ってしまえば、もう視てから動く必要はない。
相手の動きに対応して動くのではなく、その動きの先を読んで、前もってその軌道から外れればよいのである。
――次は、躱せる。
躱せれば、その次には反撃ができる。
文鬼は、このようにして一歩ずつ、戦闘を詰めていく。
将棋のように、相手の動きの先を読み、一歩ずつ、着実に、王手へ――
決定的な一打へと近づいてゆく。
文鬼の後方へと飛び去ったカジモドが、再度、急降下を始める。
その姿に文鬼が脳裏に思い描いたのは、
文鬼の長い研鑽の日々の半分以上は、深い山中での生活であった。
自然に在るものは全て、その武の糧となる。
水の流れも、動物の動きも、そうである。
文鬼がかつて見た、隼の動き――いま相対する相手に、それを重ねる。
隼はあらゆる動物の中でも最も速く動く生き物である。
――――今ッ!
文鬼の足は、カジモドの槍が繰り出されるより一瞬早く、地面を蹴っていた。
早すぎても、遅すぎてもいけない。
相手が攻撃を繰り出すと決めたその瞬間から、実際に攻撃が自身に到達するまで。
そのたったコンマ数秒の間隙のみが、回避の為に使える時間である。
文鬼は、その刹那を捉えていた。
カジモドの槍が、空を切って、抜ける。
見切りは完了していた。
もう躱せる。
詰ませるまで、あと1手。
次は、躱しざま、一撃を入れる――
文鬼は後方を振り向き、再び構えた。
だが。
カジモドの姿が、視界に無かった。
次の瞬間、怖気が背を走る。
文鬼は殆ど反射的に頭を屈め、前方へと転がるようにして身を投げた。
かぶっていた
それは、前にあの"暴食"と闘った時にも感じた、死が目前を走る時の感覚であった。
転がりざまに投げ出した身体は、瞬時に構えの型へと戻る。
身体は自然と、一瞬前まで自分が立っていた場所へと向いていた。
そこには、地面に突き立った自身の
「……大した奴だ。こいつまで躱したのは、お前が初めてだぜ。クトウブンキ」
有り得ない動きであった。
恐るべきスピードで急降下したはずのカジモドが、攻撃の直後、瞬時に頭上に移動していたのである。
あれ程のスピードを殺すには相当な距離と時間が必要なはずである。
まして、急降下した方向とは逆の方向へ移動しているのだ。
しかし、傍から眺めるカティとクラウスは、見ていた。
急降下から曲線を描いて文鬼を攻撃した後、その勢いを殺さずにカジモドが高速で宙返りし、文鬼が振り向くよりも速くその頭上に移動していたのを、だ。
急降下の勢いを殺さず、弧を描いて頭上に移動し、その速度を保ったまま槍もろとも垂直落下して串刺しにせんとしたのが、今の攻撃であった。
一瞬遅れて、文鬼もまたその動きのイメージを経験則的にに描いた。
これまで生きてきた中で見聞きしたあらゆる戦いの動き。
その中で、こういうものを見た事が、あったからだ。
――
戦闘機などが主にドッグファイト中に行う、戦闘の為の空中での特殊な動きである。
そのひとつ、"インメルマン・ターン"と呼ばれる機動――水平飛行から縦方向に高速でターンする機動――を、カジモドはやったのである。
生身の人間を相手に空戦機動が使われたことは、文鬼の世界においても、およそ有りり得なかったであろう。
ここが、異世界だから仕掛けられた技である。
「面白い……」
思わず、口を突いて出た言葉と共に笑みが溢れた。
元の世界では、体ひとつに受けられる、およそ全ての武を見、経験したと思っていた。それ故、武の果ての死に場所を求めるように、かの白熊"暴食"へと挑んだのだ。
しかし、この世界にはまだ、先の武がある。
それが、嬉しかったのである。
「この局面で笑顔とは、余裕だな」
先程の攻撃で、
それで、笑みを浮かべているのがカジモドからも見えたのである。
「……言っとくが、俺にできる動きはあれだけじゃねえんだぜ?」
――他の空戦機動も可能、ということか。
攻撃に選択肢があるということは、それだけ脅威が格段に上がる事を意味する。
単純に、その攻撃の手の数だけ、相手にも対応を強いるからだ。
例えば予備動作が同じ2種類の攻撃手段があれば、受ける側はどちらの攻撃への対応姿勢を取るか、二者択一を迫られる事になる。
そして、その対応の判断の遅れは、闘いが達人同士であればあるほど致命的なものとなる。
「次で決めてやるよ……」
そう言ってカジモドが再び空中へ舞い上がる。
そして、急降下を開始した。
その動きは先程の動きと同じである。
言った通り、先程とは別の機動で攻撃して来るのか。
或いはあの言葉はブラフで、先程と同じ機動で来るかもしれない。
技の起こりを見切り対応する。
確実に躱すには、それしか無い。
元の身体ならいざ知らず、この小鬼の身体で、それが出来るか。
文鬼はその脳裏に、再び隼を思い描く。
全ての空戦機動は、鳥の動きから着想を得たものであるという。
意思と思考を持ち、こちらを狩ろうとする巨大な隼が、今の相手だ。
――あれを、やる。
文鬼の狙いは既に定まっていた。
或いは賭けであるが、迷えば確実に死ぬ。
一瞬の迷いこそが最大の悪手。
これは、そういう速度の中での戦いである。
そして、その刹那が訪れた――――。
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