第19話 終結

「セブルスさん! 盗まれていた金が全て戻ってきました!」


 一週間後、ハンスさんはホクホク顔で店にやって来た。

 彼のその顔を見て、ようやく全て解決したのだと実感できる。


「それはよかった。こちらも色々と動いた甲斐があるってものです」

「ほんとうにセブルスさんには何とお礼を申したらいいのやら……。あっ、こちらお礼です!」


 ハンスさんは硬貨が入った布袋を手渡してきた。しかしこの袋、妙に軽いような……?

 そんなことを考えながら袋の封を解くと、そこには――。

 

「ちょっ、こんな大金受け取れませんよ!」


 布袋の中に入っていたのは10万ギルに相当する大金貨だ。

 とてもじゃないが初仕事の初報酬で受けとるような金額じゃない。


「いえ、受け取ってください。というか受け取ってもらわないと私どもも申し訳が立ちませんよ」

「で、ですがそちらは今回の件で出費ばかり……」

「――ああ、それでしたらおきになさらず」


 ハンスさんは鞄の中から書類の束を取り出す。その表紙には『王宮指定御用処への指定書』と書かれてある。


「例の件で私共の商品が王都の貴族様やお役人の方々の目に触れたようでして。おかげさまで王宮御用達の仕立て屋の肩書を得られました! ですのでその金はそちらのお礼も含めてのものです」


 例の件――禁欲派カテドラルが起こした一連の事件でこの人も精神的にかなり参っていたはずだ。にも関わらず大口顧客を獲得してくるとは……。

 流石は商人というべきか、転んでもただでは起きないその姿勢は是非とも見習いたいものだ。


「わかりました。では、ありがたく受け取らせてもらいます」


 これ以上遠慮することはむしろ失礼なことだろう。そう考えて俺は、初めての依頼達成、そして初めての報酬に確かな高揚感を感じながら布袋をしっかりと両手で掴んだ。

 

「今回は本当にありがとうございました。今度うちの店に遊びに来てください。何かサービスしますんで」


 そう言ってハンスさんはホクホク顔で店を出ていく。

 それを見送ると俺は椅子に深く座ると、紅茶を呷る。


「はー、上手くいって良かったあ」


 そしてこれまでのことを吐き出すかのように大きく安堵のため息を漏らす。

 何はともあれこれで依頼は完遂だ。後は新しい依頼が来るのをのんびり待つとしよう。

 そんなことを考えながら、俺は自治議会のローザから先日手渡された一連の事件の経過報告書を読み直す。




 俺が禁欲派カテドラルへ「おはなし」をしに行った数日後、アーヴァル辺境領衛兵隊はカテドラルへ大規模な立ち入り調査を行った。

 この調査でカテドラルが違法な薬物・人身の売買を行っていたことが判明、大司教バグラムをはじめとしたカテドラル幹部は衛兵隊本部へ連行されることとなる。

 この突然の事態に禁欲派カテドラルは混乱状態に陥っていたらしく、裏事情を知っていた何人かの聖職者は暴力沙汰を起こしてしまい現行犯逮捕されてしまったそうだ。


「知らん! それは全て不届きものの冒険者崩れがやったことだ!」

「儂は騙されたんだ! あのろくでもない屑に!」


 しかしバグラムは様々な物的証拠を突きつけられてなお一連の事件への関与を否定。全責任はカテドラルに出入りしていた冒険者と逮捕された幹部にあると主張した。

 証拠は出揃っているのだが、一応は国教である禁欲派の大司教を逮捕するには当人の自白が必要となる。だがバグラムは一向に罪を認める気配がない。

 そうこうしている間に拘束期限は刻々と迫り、バグラムの態度は余裕綽々なものとなっていく。

 もうダメなのか、衛兵たちが諦めかけたその時、奴は現れた。


「バグラムに……会わせてくれ……」


 失踪状態にあったアルベルトが配下としていた冒険者崩れを伴い突如衛兵隊詰所に現れ、バグラムとの面会を求めたのだ。

 面会が認められるとアルベルトはバグラムは少し言葉を交わすとその場で部下共々自首を表明、翌日にはバグラムも関与を認めた。


「罪を認めなければアレが来る。光り輝くあの御仁が……」


 なぜ罪を認めたのか、という衛兵からの問いに2人は憔悴しきった顔でそう答えたという。

 ともあれバグラムとアルベルトは罪を認めた。その事実に変わりはない。

 禁欲派総本山はバグラムを初めとした辺境領カテドラルの高位聖職者の破門を表明。被害者らはただちに見つけ出され王都で保護されたそうだ。


 これにて一連の事件は終結、アーヴァル辺境領には平穏が戻ってきたのだ。



「ただいまー」

「おう、おかえり。……って、また貰ってきたのか」


 報告書を読み終え、それを戸棚にしまっているとラウラが大量の野菜や果物が入った紙袋を抱えて帰って来た。


「これ? ギルドから帰る途中にお裾分けされちゃって……あはは」


 彼女もかなりこの街に溶け込めたようで、今では一部の冒険者や衛兵が親衛隊なるものを作ろうとしているとかなんとか。またおじ様やおば様からの人気も凄まじく、こうしてお裾分けを持たされて帰ってくることが多い。

 食費が浮くので非常にありがたいことではあるのだが……。


「……まあいっか。スープ温めなおしてくるからそこにかけていてくれ」

「はーい」


 そう言って俺は台所へと向かう。

 何はともあれ、これで一件落着。ようやく平穏なスローライフを満喫できるようになるのだ。今はその喜びを噛み締めることにしよう。


「あ、この前採った魔猪のベーコンも出してー」

「あいよ」


 この愛おしい同居人と共に――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る