第5話 実力

「まずは貴女が落ち着いてください。ほらこの水を飲んで」

「は、はい。……もう、大丈夫です」


 錯乱しかけていたシスターを何とか落ち着かせ、子供たちが失踪したことの事情を聞く。


 あの教会は事故や野盗により親を失った孤児を預かっている。これ自体は他の街の教会も行っていることだ。といっても保護されている子供の数は相当少ないけど。

 しかし非主流派のため支給される保護金も少ないため、ここで生活している孤児は同年代の子供と比べると少し貧しい生活を送っていた。

 そんな彼女らがお小遣いを稼ぐために行っていたのが《薬草採取》だ。薬草は子供が気楽にピクニックへ行ける場所にも生えているので、この教会でも安全だから問題ないと判断されていた。


 しかし狂暴な一角狼が現れた現状、子供たちだけで外に出るのは余りにも危険な行為だ。加えて今日は毎週行われているボランティアの日でもあるため孤児は奥の居住施設で大人しくしているよう伝えられていたのだが。


「いなくなったのはシーナとアリス。二人ともかなりやんちゃで、けどとても優しい子なんです。それで……」


 そう言ってシスターは一枚の置き手紙を見せた。それには子供特有の拙い文字で「山に薬草採取をしに行ってくる。おやつはいらない」とだけ書かれてある。


「立ち入り制限が出ているのを知らないのか……!」


 俺がそのことを知ったのはギルドで受付嬢に聞かされてからだ。朝からずっと教会にいた子供たちが知る由もない。さらに人目につかず逃げ出すことが得意ともなれば。


「神父さんたちは衛兵隊にこのことを伝えてくれ。俺は子供たちを探してくる」

「そんな、危険です! 相手はEランク冒険者に重傷を負わせた凶悪な魔獣なんですよ!?」


 確かにまだ冒険者登録したばかりで魔獣ともロクに戦ったことが無いFランク冒険者では危険極まりない行為だろう。だけど。


「大丈夫です。自分そこそこ戦えるんで」


 そう言い残して俺は山に向けて走り出す。さて、ここからは時間との勝負だ。



―――――



 息を殺して木陰に隠れた二人の幼い子供たちは、外で起きている惨劇に恐怖しその目に涙を浮かべていた。

 こんなことなら薬草採取に来なければよかった――、そんな後悔が胸の奥底から止めどなく溢れてくる。

 彼女らが言い付けを破って山に薬草採取しにきた理由は、孤児院で一番小さい子の誕生日プレゼントを買ってあげたいというささやかな善意だ。


 彼女らにとって山はいつも遊びに来ている裏庭だった。それこそ大人ですら知らないような獣道も知っているほどにはこの山を熟知している。だからこそ異変を容易に察することが出来たのだろう。


 子供たちが最初に気付いた異変は、いつも見るや小鳥やリスを見かけないという事だ。山の近くには人を襲うような凶悪な魔獣は生息しておらず、一番大きい動物が小柄な鹿で見かける魔獣も一般的に弱小モンスターとして知られるノーマルスライムだけ。そのためここに住む動物たちは人を恐れることなく自由に野原を駆けまわっているのだが、この日に限っては息を潜めて洞穴などに隠れている。


 しかしシーナとアリスはそれを「薬草採取が邪魔されないで済む」と子供の感性でポジティブに捉えてしまい、そのまま山に留まることを選んでしまった。

 その結果がこれだ。


 シーナとアリスが隠れている茂みから僅か10数メートル離れた所に倒れ伏す何人もの血まみれの冒険者たち。そして品定めするように冒険者の匂いを嗅ぐ返り血で体毛が赤く染まった赤目の一角狼。

 ここで物音を立ててしまったら間違いなくあの魔獣は自分たちをその大きな牙で真っ二つに割いてしまうだろう。

 いつ終わるか分からない悪夢に耐えながら、シーナとアリスは必死に魔獣がこの場を去るよう祈っていた。


 だが。


「!!!」


 一角狼と視線が合ってしまう。慌てて伏してその場をやり過ごそうとするが時すでに遅し。

 柔らかく新鮮な子供の肉を求め、一角狼はゆっくりとシーナとアリスが隠れる茂みに近づいていく。


 ――こんなことになるならシスターの言いつけをちゃんと守るべきだった。


 そんな余りにも遅すぎる後悔を抱きながらシーナはアリスを庇うように抱きしめる。そして瞼を閉じて激痛が走るその瞬間を待つ。

 しかし一角狼の牙がシーナのその小さい背に突き立てられることはなかった。

 二人は恐る恐る一角狼へと視線を向ける。


「……なに、これ?」

「わかんないよ。なんで」


 何とシーナとアリスが隠れる茂みからあと数歩という所で、一角狼が痙攣をし口から泡をふきながらその場で仰向けになっているではないか。

 事態が呑み込めず困惑していたシーナだったが、一角狼の背中に数枚の奇妙な模様が書き記された紙が貼りつけられているのを発見する。

 

 だが今は他にしないといけないことがあるではないか。シーナはアリスの手を引っ張り茂みから飛び出すと、急いで人里に向けて走り出した。

 

「まだうごけるのか……!」

「そんな、うそでしょ?」


 だが獲物をむざむざ見過ごすほど一角狼は甘くない。死に体といってもいいくらいボロボロのはずなのに、一角狼はゆっくりと起き上がり興奮状態でシーナとアリスへと飛び掛かる――。


 けれどその牙が彼女らに届くことは決してなかった。


「これで終わりだ」


 少女らの前に立ちふさがったその青年は、ポケットから取り出した紙を一角狼の頭に貼り付ける。


 一角狼はその体をビクンと痙攣させ、ゆっくりと倒れ伏す。その眼からもう生気は感じられなくなっていた。

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