第69話 6番機を探しています
平日は離れ離れの家族も、週末はそれを補うようにどちらかの自宅で過ごした。私が行けなくても星羽だけでも千斗星に会わせたくて、あの手この手で家族団らんを頑張っていた。
そんなある日の星羽がお泊り保育で不在の夜。千斗星が困った顔して私にこう言った。
「新たに一人、ライダー連れてこなくちゃならないんだけど、見つからなくてさ」
「任期の延長はしないの?」
「あちこち空が騒がしいから、6番機の隊員を早く返してくれって、三沢から催促が来た。延長は難しいな」
「一人抜けたら早めにもう一人入れないと、あとがどんどん大変になるよね。どんなに腕が良くても、すぐに展示飛行できるわけないもんね」
「そうなんだよなぁ……まいったな」
普段は仕事の話はしない千斗星が星羽がいないこともあってか、少し愚痴をこぼしている。とても珍しいことだった。
そんな千斗星を見られたのが嬉しくて、私は不謹慎にもにやにやしてしまう。
「おい。なに笑ってるんだよ」
「笑ってません」
「笑っているだろ。俺をごまかせるとでも思ってるのか」
千斗星が距離を詰めて私の顔を覗き込んできた。悟られてはならないと、私は顔を逸らす。
「天衣」
「ひっ!」
私の耳朶に唇が当たるほど近づいて、とびきりの低い声で私の名前を呼んだ。
(ズルい!)
「俺が困ってるのが、そんなに楽しいのか。天衣はひどいやつだな」
「違っ。ちょっと、珍しいなって思っ……」
意地悪な笑みを浮かべた千斗星は私を抱き上げると、何食わぬ顔で寝室に向かった。抵抗する間もなく私はベッドに放られた。
イーグルドライバー改めドルフィンライダーが上から舌なめずりをしながら私を見おろしている。
(パイロットって! どうしてこう無駄に体力があるんだろ! もうぅぅ)
そんな私の心の叫びは音もなく闇に消えていく。
「天衣ってば、なあ。怒るなよ」
「別に怒ってないよ」
「だったら、俺の顔を見て笑えって」
「やだ。恥ずかしいもん」
◇
千斗星は今までと違って、隊の全体を見るようになったから悩みが増えるのは仕方がない。私が気にしても仕方のない6番機後継者問題だけど、心の端っこに引っ掛かったままだった。
私もかつては、ブルーインパルスの広報だったから。
「お疲れ様でした」
「あっ、沖田二尉ちょっとよろしいか」
「はい」
要撃管制の白石隊長から呼ばれ、手招きされるがまま休憩室に入った。促されるまま向かい合わせになるように椅子に座る。
隊長は周りを確認すると小さな声で話し始めた。
「沖田は以前、那覇にいたよな」
「はい」
「唐突な質問で申し訳ないが、
「葛城翔二等空尉、ですか。私が所属していたときには居なかったと思いますが」
「じゃあその後か……」
「あの?」
「いや、松島基地の塚田司令からちょっと頼まれていてね」
白石隊長は塚田司令の高校の後輩にあたるらしく、頼まれたら断れない、何としてでも応えなけばならないと目を吊り上げていた。
「あ、6番機後継者問題ですか」
「ああ、それだ。うちには関係のないことなんだが沖田もご主人が困っていただろ」
「ええ、まあ」
「そこでだ」
白石隊長が言うには部隊編成で人員的にも今のところ足りている那覇から、一人若くて優秀な人材を探せと言われたのだとか。
目をつけたのがすぐにライダーとして育ってくれそうな、葛城二尉だったらしい。
「なんでしょう。なんだか嫌な予感がします」
「沖田は横田にいる葛城一馬一佐を知っているな」
「知っているも何も訓練では大変お世話に……え! もしかして、葛城二尉って、葛城一佐のご子息ですか⁉︎」
「そういう事だ。いやぁ、血は争えんな。那覇の連中が言うには若手のイーグルドライバーの中じゃ群を抜くらしい。しかもだ!」
ぐっと白石隊長の迫力ある顔をが迫ってきた。慌てて体を引いたせいで椅子がカタンと音を出す。
「顔は母親譲りで愛嬌もあって、声もなかなかいいらしい」
「声?」
「那覇管制隊のお嬢さん方が競って無線を握りたがるくらいだ」
「そ、そうですか」
「その息子をブルーインパルスに引っ張ってこれたら、ものすごい効果があると思わんか沖田」
「え、ええ」
だから私に横田基地にいらっしゃる葛城一佐に口利きをしろと、白石隊長は言っているのだ。自衛隊の縦社会も厳しいけれど、それが高校からの繋がりとなると無理ですとは言えないご様子。
「頼むよ沖田。ご主人のためにもなるだろ。それに葛城一佐と接触できるのは君ぐらいなんだよ。俺は恐れ多くて目も合わせられない」
「白石隊長……」
詳しくは聞かなかったけれど、若き頃の葛城一佐のさまざまな伝説が蘇るのだそうだ。
米空軍相手に笑いながらキルコールできるのは、後にも先にも葛城一佐くらいだと引き攣った顔で言う。当時、管制官として参加した白石隊長は無線から聞こえてくるそれらのやり取りに、自分は彼らをコントロールできないと悟ったらしい。
そのサラブレッドの血を引き継いだ葛城翔二尉なら、きっと素晴らしいパフォーマンスで応えてくれるに違いない。
でも、
「どうやって葛城一佐に接触するんですか。私なんてまだまだ下っ端ですよ」
「だーかーらー。榎本司令の奥様と交流があるだろっ。借りは必ず返してやるから、な!」
「えぇ……」
私は、とんでもない任務を授かった。
◇
千斗星に言うと怒られそうなので、榎本ご夫妻に連絡したのは伏せている。だって、千斗星の榎本司令を好き過ぎるから。勝手に夫人を頼っただなんて知ったら、きっとおもしろくないはず。
それに千斗星の榎本司令好きの件に関しては、私だって妬いてしまうくらいだ。クールに振る舞っているつもりでも、そのうち星羽にはバレるんじゃないかなと思っている。それくらい態度に出ている。
そして、その大先輩の口添えのお陰で葛城翔二尉のブルーインパルス入りが確定となり、白石隊長は大喜びだった。休暇を優遇してやるからとご機嫌で、しばらくの間は管制隊は安泰だろう。
「ママー、パパ帰ってきたよ!」
「はーい。すぐに行きます」
今日は、千斗星のいる松島に星羽と二人で来ている。子どもと二人で動くのは大変だけど、乗り物好きな星羽のお陰で苦痛に思うことはなかった。
「おかえりなさい」
「ただいま」
先に玄関でお迎えした星羽はちゃっかり大好きなパパに抱っこされている。保育園でパパに似ていると言われるのが嬉しいみたいで、この頃は聞かれもしないのにパパと同じお顔だと言っているらしい。
「天衣、6番機見つかったよ」
「そうなんだ、よかったね」
「ああ。天衣のお陰でね」
「いえどういたし……えっ」
(バレている……)
千斗星は片方だけ頬をクイッと上げて意味有りげに笑った。そして星羽に分からないようにデブリーフィングで答え合わせだと言った。
(デブリーフィング……反省会、答え合わせ? やだぁぁ)
楽しい夕飯が終わると、千斗星は星羽とお風呂に入る。私は片付けを済まして寝室を整えると、二人と入れ替わりでお風呂に入った。
月に何度も会えないせいで、星羽は千斗星から離れない。本当は一緒に住むべきなんだと思うけれど、考えても仕方がない。
そうするためには私は自衛官であることを辞めなければならないから。それに辞めるという選択肢はない。
「ふぅ、気持ちよかったぁ。星羽、アイスクリーム食べる? せいっ」
「しぃぃ……」と千斗星が指を立てた。
いつもはパパに会えたことで興奮して寝ない星羽が、今日に限ってすやすや夢の中。歯磨きもさせたからと千斗星が星羽の頭を撫でながら言った。恐らく、早く眠るようにと魔法を掛けたに違いない! だって、デブリーフィングするって言ってたから……!
「今日は早いね、星羽」
「疲れてたんだろ。関東から東北はそれなりに距離がある」
「うん」
「さあ天衣。大人の時間だ」
「やだ、その言い方」
千斗星が星羽をそっとベッドに寝かせてリビングに戻ってくると、逃さないよと私の隣にドカッと座った。
「もうちょっと空けようよ。ソファー、こんなに広いのに」
「広い狭いの問題じゃない。さて、何から話そうか。そうだな、先ずはドルフィンライダーの補強にご協力頂きありがとうございます」
「違うのよ! 白石隊長が塚田司令に頼まれて、断れなくて困っているって言われてね。で、私も上司の頼みは断れないじゃない? 自衛官の縦社会、千斗星も分かるよね」
とにかく必死だった。余計なことをしちゃったなって、思っている。だけど、今言ったことは嘘ではない。
「でも、余計なことをしてごめんなさい!」
「天衣」
「はいっ」
「なに焦ってるんだよ。謝るなよ。それに本当に助かったって思ってるよ。ありがとう」
「えっ」
「天衣が釣ってきたライダーさ、葛城翔二等空尉。あの葛城一佐の息子さんだろ。まさか彼を引っ張って来れるなんて思ってなかったよ。知ってるか? 彼のタックネーム」
「私、入れ違いで彼のこと知らないの」
「あのさ……」
千斗星の目はキラキラ輝いていた。これからのブルーインパルスのことを想っているに違いない。
葛城翔二尉のタックネームはオールと言うそうだ。由来はフクロウからで、後ろにも目がついているくらい広角度において反応がよいということらしい。
「アラートレジデンス(領空侵犯処置)はクリアしてコンバットも可能だ。それに彼はまだ若い。ブルーに三年費やしてもすぐに取り戻せるだろ。まだ、2機編隊長までは至ってないが、6番機にはもってこいだ」
「なんだか、あの頃の千斗星に近いね。年齢も技量も」
「かもしれない。いや、俺より上かもしれないな。なんせ、ワンホースの血を継いでるからな」
「ワンホース……ふふっ、確かに」
若くて腕のいいパイロットがブルーインパルスにやってくる。しかもそれが尊敬する大先輩の息子さんだから期待も大きくなる。
(よかった、お礼の電話をしないと)
「で、答え合わせだ」
「ん? なんの?」
「天衣は葛城一佐と直接の繋がりはないよな。それに今回は八神さんが動いた形跡はない。オヤジも立場的に流石に口は出せない。となると……」
「な、に」
千斗星の顔がぐっと近くなった。
「榎本夫人に、頼んだよな」
「う、え?」
「怒ってないよ、正直にいってごらんよ」
「ちはるさんに、お願いした。で、ご主人から葛城一佐に頼んでもらったの。だから」
コツンと千斗星が額を私に押し当ててきた。そして、鼻先で弄ぶようにスリスリと私の顔を撫でる。どんな気持ちでそうしているのか全然わからなくて焦った。
「ち、ちとっ」
「ありがとう」
「うん?」
「大物を釣り上げてくれて、ありがとう」
ぎゅっと抱きしめられてキスされて、何度も何度もスリスリされた。千斗星が喜んでいるみたいで、よかった。
うん、本当によかった。
隊長、がんばってね!
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