第41話 自分の任務に誇りを
那覇基地は市内へのアクセスがとても便利だった。向かいには陸上自衛隊の駐屯地があり、那覇空港とも隣り合わせになっている。管制業務は航空自衛隊が行っているのもあって、民間旅客機の離発着の中でスクランブル発進するのは当たり前の光景となりつつあった。
私たちはゆいレールに揺られて国際通りへとやって来た。真っ直ぐに伸びた通りにはたくさんの店が並んでいる。ここは観光客なら誰しもが必ずやってくる場所らしい。私は初めての沖縄にワクワクしていた。
「見て、お土産屋さんがいっぱい! 沖縄限定だって。あ、これ可愛い。珊瑚の上ににシーサーが座ってるっ」
「すっかり天衣も観光客だな」
「だって、明日の午後からは山に篭もらなきゃならないんだよ。ここは別世界だよ。あっ、ねえこの柄、素敵」
私が所属するのは糸満市にある航空自衛隊与座岳分屯基地にある警戒群だ。少し離れた場所に陸上自衛隊の与座分屯地と八重瀬分屯地がある。周りは緑に囲まれた山の上。
いわゆる、ちょっと、いや。かなり不便な場所なのだ。だから、禁欲前の修行者のように浮ついてしまうのは仕方がないと思う。
「しょうがないな。まだ時間あるから好きな店に入ったらいいいよ。って、いねえし!」
私は沖縄自体が初めてで、本土とは違う異国の雰囲気が心を弾ませた。アジアンな匂いとアメリカンな空気。とても不思議な場所だと思った。
人の顔立ちもちょっと濃くて、本当に外国みたい!
「おい! 天衣、フラフラいなくなるなよな」
「あ、ごめん。つい……」
とにかく時間がないのが残念。このあたりには、沖縄の伝統工芸品や伝統工房での体験がたくさんある。特に気になったサンゴ染め体験は、次の休みには絶対にやってみたいと思った。
「どれか好きなの買ってやるから、今日は我慢してくれな」
「いいの!?」
「おう」
「嬉しいっ。じゃあ、これ!」
私は伝統柄で染められたコースターとテーブルセンターを買ってもらった。
千斗星はてっきり自分用の小物を想像していたみたいだけど、私は二人で使うものが欲しかった。殺風景なあの部屋に千斗星を一人で帰したくないの。少しづつ、温かな環境を作りたい。
それから私たちは、琉球ガラスの鮮やかなグラスを八神さんへのお祝いとして購入した。
「八神さんの奥さんて、どんな人だろうね」
「うん。あの人の事だから美人さんなんじゃないのかな」
「私もそう思う!」
そんな事を話しながら、時間までデートをした。
◇
「それでは皆さん、これからよろしくお願いします! そして八神さん。ご結婚おめでとうございます。乾杯!」
「「乾杯!」」
国際通りにある、沖縄料理のお店に来ている。ここは夜の部になると沖縄舞踊を踊ってくれるらしい。みんな初めての沖縄勤務になるので、気分は本当に観光客だった。
「さすが、元ブルーインパルスの広報だ。爽やかに仕切ったな」
「え! 君がウイングマーク取ろうとして、だめでブルーインパルスの広報になった女の子?」
「青井、知ってたのか」
「浜松で噂になってたよ。一年目でパイロット試験に挑んだ女性隊員がいるって。いつ来るのかなって話してたら来ないからさ」
「うわっ……お恥ずかしい」
すっかり忘れていたのだけれど、やはり私は噂になっていたらしい。あまりにも無謀なチャレンジだったと今なら思える。
千斗星の顔を見たら苦笑いをしていた。八神さんは笑っている。
「浜松に行く前に、沖田が奪っていったってわけだ。くそー、俺、沖田に負けたんだよ。なあ、天衣ちゃん?」
「ええっ。沖田が阻止したのかよ!。大胆だな」
「ちょ、八神さん! 勝つとか負けるとかっ、違いますからっ」
私がダシになったけれど、それで楽しく飲めるならよしとする。千斗星はあまり会話に入らないけど、機嫌は悪くなさそうだ。
八神さんは相変わらずで、大人の色気をプンプン匂わせている。店員のお姉さんが、八神さんが手を上げると競争するようにやって来る。愛想のいいイケメンさんだ。
この人が妻帯者とは誰が思うだろうか。
青井さんは千斗星と同期だそうだ。気さくな人で、にこにこ笑顔でとても話しやすい。戦闘機を降りて、今は整備士として活躍している。
松田さんは千斗星のひとつ上。話もハキハキしていて、意志の強さを感じる取っ付きにくそうなタイプ。プライドが高そうなイメージだ。
私が人間観察をしていると千斗星がふと八神さんい問いかける。
「八神さんの奥さんてどんな方ですか。結婚式したんでしょう?」
「ああ、したよ。お前の父ちゃ......えっと、先輩も来てくれたよ。俺の奥さんはさ、まあ会ったら分かるよ」
「「え?」」
八神さんの言い方に、千斗星と声が被ってしまった。会ったら分かるって誰だろう。しかも、八神さんが言うには奥様は私と千斗星に会いたがっているらしい。
「来月には合流するからさ、会ってやってよ」
「はい、楽しみにしています」
戦闘機パイロットには任務にあたるためにいくつもの資格がある。
TR:トレーニング・レディネス 訓練可能態勢
OR:オペレーショナル・レディネス 作戦可能態勢
AR:アラート・レディネス スクランブルの任務可能
CR:コンバット・レディネス 戦闘行為可能。
EL:エレメント・リーダー 二機編隊長
FL:フライト・リーダー 四機編隊長
ML:マスリーダー 複数編隊の先頭に担う。飛行隊長など。
各基地でみんなそれ相応の資格は取得済。通常の任務をしながら、更に上を目指していく。例えば千斗星はブルーインパルスで五番機にのっていた。EL(二機編隊長)はすでに取得済だから、さらにその上を目指すことになる。八神さんは飛行教導隊で隊長をしていたのでFL(四機編隊長)は取得済。
青井さんは千斗星たちが所属する飛行隊の中にある整備小隊で任務にあたるそうだ。より専門的な技術を身に着けて整備補給群へ行く事を目指している。
当たり前だけれど、みんな意識の高い所に居ると思った。私も負けてはいられない。彼らの命を預かる立場にあるのだから。
私はまだどのポジションに配置されるのか分からない。けれど、プロフェッショナルであると意識づけて挑みたい。同じ空を護るものとして恥じぬよにに励まなければならない。
「天衣、平気か」
「うん。大丈夫、お酒は飲んでないし」
「無理はするなよ」
「ありがと」
千斗星が私の事を心配しているのは、今でも薬は欠かせないからだ。
決められた時間に飲まなければならないし、半年毎に血液検査をしなければならない。でも、前みたいに急に脱力することはなくなった。きっと自分を上手くコントロールできるようになったのだと思う。
「そのうち本当に天衣ちゃんの命令で飛ぶようになるな」
「沖田の嫁さんすごいな」
「お手柔らかに頼みますよ」
「まだ、声はお聞かせできませんけど、その日が来たら任務に忠実に参りますので」
「おお! 頼もしいな」
今夜は来てよかった。
少し落ち込んでいたけれど、自分の仕事に誇りを持って挑もうと思えた。
「がんばります!」
解散した私たちは、少し通りを流してから帰ることにした。
夜の国際通りは活気を増していて「お兄さん! お店はお決まりですか」と、声を掛けられる。お土産店もこれからだと言うように元気に営業をしている。
「米兵は見かけないね」
「ああ、彼らはこっちじゃないからね。ここは観光客がメインだよ。アジア圏には沖縄は人気だそうだ」
「そうなんだ。だって市内に免税店もあるしね。それって、実家に帰る時なら入れるのかな」
「航空券さえあれば免税になるんじゃなかったっけ?」
「うふふ」
「民間機で帰る魂胆だな」
楽しいことをたくさん思い浮かべれば、明日からが楽しくなるじゃない?
幸い那覇基地と私が勤務する与座岳は同じ沖縄本島だ。休みのたびに帰って来る。
千斗星と休みが合わなくても妻としえ迎えることができる。たくさんの人に支えられながらここまでやって来たんだもの。
絶対にそれを無駄にしないようにやり遂げるから。
「千斗星」
「うん?」
「これからも宜しくお願いします」
「なんだよ。硬いな」
二人で手を繋いで並んで歩くことの幸せを、噛み締めた夜だった。
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